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折坂悠太「呪文」(2024)

ヨーロッパの音楽ブログbeehypeに寄稿した記事(https://beehy.pe/yuta-orisaka-jyumon-japan/)の日本語版です。

かつてトム・ヨークは「マーヴィン・ゲイのように歌いたいんだ」とSNOOZER誌のインタビューで語っていました。

4枚目のアルバム「呪文」で、折坂悠太も、Radioheadを連想させるアレンジの曲で、同時にマーヴィン・ゲイへオマージュを捧げたのかもしれません。

その、アルバム最終曲「ハチス」で、折坂悠太は、日本の伝統的なフォーク・ミュージックのスタイルで、「What's Going On」を思わせる演奏をしています。曲の途中で語り出す言葉は、「しいて何かを望むなら、全ての子供を守ること」。

その前に配置された2曲、「正気」、「無言」は、厳かなポストロック風のアレンジ。歌詞においては、現在の納得できない社会情勢を連想せずにはいられません。

理不尽な行為が正当化される様々な言い訳、方便。「貴方にはわからないかもしれないが仕方ないことなんだ」

「正気」で、折坂悠太は静かに宣言します。「そんな話はしていない。私は本気です。戦争はしないです。」

「無言」では、「悪いことが、また起きるときのために、手紙を書いている」と歌います。


今回、作品を作りこむことよりも、直感を大切にしたといいます。前作「心理」では、まずステートメント在りきだったのが、今回は、無意識から生じる偶然の結果を、そのまま作品に落とし込んだ。自然な身体感覚を大切にしてレコーディングに取り組んだのだそうです。

「生活の中で感じたさまざまな事柄が、文脈も関係なく等しく混ざり合っている。自分自身を深く見つめて、おもちゃ箱を掘り漁ったように出てくるたくさんの言葉をそのまま曲に落とし込んでいる。」 ナタリーのインタビューで折坂悠太はこのように語っています。

本作「呪文」の製作過程は、例えば、EMDR(Eye movement desensitization and reprocessing)のような心理療法に似た、彼の自己治療の試みであり、さらには、外傷体験に満ち満ちた、この国を癒す「呪文」たりうるのではないでしょうか。

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