僕らはもっと気軽に「愛してる」と言ってもいいのかもしれない。
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僕らはもっと気軽に「愛してる」と言ってもいいのかもしれない。

ふるしょう


先日、男友達と遊んだ。
彼は女遊びがすごくて、僕はその女遊びの話を聞くのが好きだ。

毎回会うたびに、Tinderで出会った新しい女の子と寝た話を聞いている。



女遊びの話をしている時の彼はとても生き生きしていて、そのゲスさに思わずこちらも笑ってしまう。




彼には現在進行形で付き合ってる彼女がいる。どうやら浮気はバレていないらしい。



「彼女も浮気していたら嫌だ?」と聞いてみた。
「嫌じゃない?古屋は嫌じゃないの?」と返ってきた。




僕は彼女を愛している。
けど浮気されても、もしかしたら気にならないかもしれない。

まあもちろん他の男と関係を持ったと聞いたら、話を飲み込むのに時間はかかると思う。


性欲は人間の3大欲求の1つだ。
ハンバーガーを食べたい日だってあれば、干し芋を食べたい日だってあるかもしれない。
他の男と寝たい日だってあるかもしれない。




人生100年時代。面白いことに老人ホームの中でだって男女のゴタゴタはあるそうだ。

長い人生の中で、付き合ってる人以外の人を全くに気にならないというのも変な話だ。




彼女は僕の所有物ではないし、もちろん僕の欲求を満たすための道具でもない。正真正銘、僕から独立した1人の人だ。

他人の中から湧き出てくる感情を、自分がコントロールしたいというのは違うと思う。

愛は自然で自由であるべきだ。持ってちゃいけない感情なんてない。




誤解を恐れずにいうと、僕には愛してる人がたくさんいる。幸せになってほしいし、幸せになってほしいと思える人の数が多いほど、僕自身も幸せになれる。



だから好きな人に好きな人が増えることも喜ばしい。その人が幸せになるし、循環して僕の幸せにもなる。


きっと彼ら彼女らが絶望に陥った時、それでも愛する人のうちの誰かが人生の希望へ立ち直るきっかけになると思うから。

それが僕でなくたって別にいい。





「好き」、と感じる人はまだまだ少ない。僕は臆病者なので、初対面や大人数だとまだまだ人と壁を作ってしまう。
けど「愛してる」という力強い言葉を発すればをもっとたくさんの人を好きになれる気がする。

愛はいくつあったっていい。



全員に好きとは言えないけれど、周りにこれからも「愛してるぜ」と気軽に伝え続けたい。

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愛してるぜ!
ふるしょう