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全知全能について

今日のクラハでのルームタイトルでは「この世とあの世の境目」について話していたが、自分はこの世をあの世のコピーとして捉えている。

勿論これは自分がこの世をどう見るかによって変化する、この世界のイメージの実質的な現れ方についての実験でもある。

アクティブにこの世を見つめるに当たって、本来ならば、あの世にいる振る舞いとしては全知全能が当たり前であるが、この世ではいろいろなブロックが掛かっていて、それにブレーキが掛かる仕組みが無数に仕掛けられている。

その最たるものは、科学や教育を基にしたマスメディア洗脳で、これを受けると殆どの人々は、自分の能力は矮小化してしまうように感じてしまうのである。

自分からすれば、そんなことで自分の中にある全知全能の天才性が簡単に失われる訳がないと思っている。

寧ろ、どんどん天才的な能力が開花し、どこまでも全知全能に近付くのである。

「そんな訳ない」と言ってしまえば、誰でもそこまでになってしまう。

言霊の恐ろしい部分でもある。誰もそんなことで全知全能を簡単に諦める必要はない。

自分の中にある狂気を如何に飼い慣らせるのか?自我の解放をして、そこにこそ普段から抑えられている全知全能性を見破って、それを開花させられることに気付くのである。

狂気は普段から誰もがタブーとされてブロックされている部分である。本来ならば、そんなに簡単に気が狂った精神状態にアクセスできるとは思われていないが、実際にはそういうことはタブーのブロックを外すことでできるのである。

狂気の中にこそ、普段は抑えられている天才性が込められているのである。何故ならば、全てのリミッターが解除された自分の能力と向き合うのだから、そこには何のタブーも存在しない。

人は禁止されることによって、その能力を失っているのである。本当の自分のポテンシャルに気付くには自分の狂気とも向き合わねばならない。

皆そこには触れたがらないのは、自分は狂っていないと思いたいからである。

天才性は狂気の中にこそ存在するのは間違いないのである。普段から使っていない脳領域を完全にブーストした神経回路の解放である。

私達の神経伝達物質が脳神経に達する時に、洗脳によってその脳神経の関門を完全に閉ざす様にスポイルされていることを完全に秘匿されているのである。

この能力に気付くと人は完全に能力を全く使ったこともないところまで引き上げてしまうので、見たこともない能力をいとも簡単に成し遂げてしまうのである。

こういう能力が自分の中にあるのに眠らせておく意味は全くない。

全知全能の天才的超能力に向き合うにはタブーとされている脳領域のリミッターが外れる様に、いつもそのイメージを蓄えておくことによって成し遂げられるのである。

それはいつも使う為にあるのではなく、その能力を最も相応しい瞬間に使う為にイメージを持っておくのである。これは秘技でも何でもなく、寧ろイメージ力の為せる技である。

ここを普段からいつでも外せる様にイメージを訓練しておくことで、真の全知全能を実現するのである。

これは誰もが達成し得るタブー外しによって行うことができる。

少なくとも夢の中ではいつでも使える様にしておけば、これを必要な時にこの世で使える様に準備することが可能となる。

そこをできると思わない限り、その能力はどこからも与えられない。

自分でそのリミッターを外せ!そして秘められた能力を全面的に解放せよ‼︎

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