蜘蛛を赦して水曜日

 寝苦しくて目が覚めたので、キッチンに水を飲みに行った。コンロの脇の小窓を空けて風を入れると、朝日が既に差し込んできていた。時計は午前四時半を指している。起きるにはあまりにも早い時間だった。
 氷を二、三個入れてからコップに水を注ぐ。冷凍庫の中には凍らせたライチが残っていたから、そっちを氷代わりにしても良かったのだが、思い出した時には既に一杯を飲み干してしまっていた。
 ふと窓の方に目を遣ると、窓枠に人差し指の先ほどの蜘蛛が這っているのが見えた。俊月はこう見えても、虫が得意な方じゃなかった。歳華が居る時は率先して相手をするけれど、こうして一人の時に相対するのは恐ろしい。
 潰してしまおうかと思ったのだけれど、少しだけ考えてから逃がすことにした。考えた、というのもおかしいかもしれない。そこには別段理由が無いからだ。近くにあったチラシを使って蜘蛛を掬い、窓の外に誘導する。蜘蛛は大人しく朝日の中に戻って行った。
 チラシをゴミ箱に捨てつつ、窓を閉める。そして、冷凍庫を開けた。コップに残っていた氷を捨てて、代わりにライチを四粒放り込んで水を注ぐ。
 しゃりしゃりを音を立てるライチは明け方の舌に優しかった。凍らせたライチは、そのまま食べるよりずっと甘いのだ。

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