僕らの秘密基地

小学5年生の夏休み。仲良しグループのリーダー佐々木翔は友達を集めてこう言った。
「ねぇ、みんなで秘密基地つくらない?」
佐々木ら仲良しグループは、5人グループで、いつも集まって、工作やおにごっこ、悪戯、悪巧み、など小学生のする遊びを片っ端から堪能していた。佐々木はみんなを取りまとめ、計画の発案、組織の最終責任者として、いつも、5人の前を歩いていた。彼は、小学5年生にしては情が厚く、同年代と比べても利発な方であることは間違いなかった。
「あとさ、俺たちのマークつくらない?そして、秘密基地が完成したら、それを旗に書いて、立てようよ。」
すると、メンバーの伊藤楓が、提案した。
「マークつくるなら、池田がいいんじゃない?池田、絵うまいしさ。」
すると、それを聞いた池田勝(まさる)は、小学5年生らしい、素直になれない男であったから、照れくささを隠し、たいそうにカッコつけ、ぶっきらぼうに言った。
「そんなうまくないよ。でも、みんな描かないなら、やってもいい。」
佐々木は、他のメンバーでマークを描きたい人がいるか尋ね、誰もいないことを確認した。
「じゃあ、勝、頼んだ。他のメンバーは、みんなで木とか、秘密基地制作にそれぞれ必要なものを持ってこよう。俺はロープを持ってくる。」
「じゃあ俺、木持ってくる!」
「俺も俺も!」
バカ田とブタ島(グループの中での愛称である)はそう言うと、近くの工務店の、端材が無料配布されている場所へとすっ飛んで行った。池田も、
「じゃあ俺、家で描いてくっから。」
と言い、家へ戻った。楓と佐々木は、二人きりになった。
「私も、ロープ取りに行くの手伝うよ。」
「ほんとに?じゃあ、行くか、俺の家の物置にロープがあったはず。」
楓と佐々木は、家へ向かった。楓はどこか足取りが重そうだった。物置は駐車場の裏にあり、隣家の、管理の行き届いていない雑草がこちらに侵入している。繁茂している草木を掻き分け、二人は物置の前に立った。すると、楓は、今まで我慢してきたものが、思わず出てしまったかのように、口を振るわせながら、言葉を漏らした。
「あのさ、私さ、みんなに言ってなかったんだけど、引っ越しするんだ」
「え!?」
佐々木は驚きを隠せなかった。
「親が転勤になっちゃったんだ。」
佐々木は少し黙ったあと、
「そっか…」
と言った。
「みんなにも、今日言う予定なんだけどさ、佐々木に先に言っとこうと思って、でさ、私さ、、実は、佐々木のことが…」
楓が、そう言いかけると、その言葉に被せて、佐々木は言った。
「じゃあ、引っ越しまでに秘密基地作らないとな!」
「え、あ…うん」
佐々木は、メンバーがいなくなる悲しさを、物置のドアにぶつけるかのように、音を立てて開いた。佐々木の父親が最近、物置を掃除したこともあり、ロープと、少しの工具しかそこには入っておらず、伽藍としていた。
「ロープあった!急いで作ろうぜ!多分1週間後には、できるよ!」
すると、楓は俯きながら言った。
「引っ越し、明後日なの。」
「え、、、」
佐々木はロープを落とした。
「そうだったんだ…」
佐々木は下を向いていた。リーダーとして、今日すべきことは何か。メンバーが遠い地へ旅立つという、惜別の事態において、我々がすべきこととは!佐々木は小5の小さい脳をよく回した。彼の10年の人生において、これほど、頭を回したことはなかったであろう。それは、彼ほど情に溢れた人物はこの世にいなかったからだ。
「だから、佐々木くん、私、佐々木くんのことが…」
すると、彼はアイデアを閃いた。再び楓の言葉に被せ、佐々木は言った。
「一瞬で、秘密基地を作る方法を思いついた。」
すると、佐々木は楓にロープを持たせ言った。
「そのロープで俺を縛ってくれ。」
楓は何が何だかわからなかった。とりあえず彼の指示通り、佐々木の手足を縛った。
「楓、物置に一緒に入ろう」
楓は、頬を赤らめた。
「じゃあ、扉、閉めるよ」
縛られた両手で扉を閉めると、部屋は、真っ暗になり、楓の赤面も漆黒の中へと消えていった。息遣いと、体温と、微かな工具と人の匂いだけがそこにはあった。すると、佐々木は寝っ転がり、雷が落ちた。佐々木が大声で叫んだのだった。
「アーアーアーアアアアアッッッッ////」
暗がりでよく見えないが、目を上に向け、白目になりながら、打ち上げられた魚のようにピチピチと体をうねらせていた。楓はただただ困惑した。いつも凛として、隊員を扇動し、情が深く、優しい彼からは全くもって想像できかねる醜態。謎の儀式が終わると、縛られ、横になったままの佐々木が、凛とした顔で、楓に声をかけた。
「ここが僕らの秘密基地さ」
楓は、もう、この街に未練はなかった。

-終わり-

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