賢愚經卷第一 二梵志受齋品第三

二梵志受齋品第三
(二人のバラモンが八斎戒を受ける話)

 このように聞いた。昔、仏が舎衛国の祇樹給孤独園にいたとき、宵の口に二人の天(神)が仏をおとずれた。天人の体は光り金色だった。仏は妙なる仏法をとき、悟りを開かせ道を得させた。天は頭を地に着けて礼をし天上に帰った。
 翌朝、阿難が仏に尋ねた。「昨日の二人の天は威儀あってあかあかと輝いていました。かつてどんな徳があってあのようになれたのですか」
仏「迦葉(かしょう)如来が滅度したのち、遺法が二人の八斎戒を守るバラモンに伝わった。一人は生天(神になること)をのぞみ一人は国王になりたいと願った。
 第一の者が家に帰り、妻が一緒に食事をしようと呼んだ。
夫「仏に戒を受けたから昼以後は食事はしない」
妻「あなたはバラモンですよ。自らの戒があるでしょう。どうして異道の斎戒を受けたのです。もし一緒にご飯を食べないのなら、他のバラモンに言いふらしますよ。あなたはバラモンの社会にいられなくなります」

※いつの時代も、他の宗派に学ぶことはいろいろと不具合を生ずるのですね。

 妻の言葉にバラモンは恐れおののき、非時(正午以降の食事は八斎戒で禁じられている)の食事をした。そして、夫婦は寿命の長短に従って亡くなった。
 王者になりたいと願ったバラモンは、八斎戒を守り王家に生れた。
 生天を願った者は八斎戒を破ったため龍に生れ変わった。

 時に王の庭園守がいた。守人は日々、種々の果物を王に送っていた。ある日、泉水の中を見ると、色も香りもすばらしいりんごの実が見えた。りんごは門番から宦官、夫人、王へと順に贈られた。王はこれを食べて、はなはだ甘美なのでどこで採れたのかをたずねた。
 守人が呼び出され、王はたずねた。
王「我が果樹園にこのような美果があったとは。どうして今まで奉らなかったのだ。他人にやっていたのか」
 守人は正直にみつけた経緯を話した。
王「今より以降、このリンゴを送れ。絶やすでないぞ」
守人「この実には種がなく、泉の中より得た物です。ずっと送れというのは無理でございます」
王「もし無理と言うのなら切り捨てるぞ!」
 守人は果樹園に帰って懊悩して嘆き泣いた。
 龍が泣き声を聞きつけ、人に変身して現れて言った。「何事があって泣いているのだ」
 守人が事情を話すと、龍は金盤にたくさんの美果を盛って来てこれをあげようと言った。

※アヴァロンの黄金のリンゴを思わせる話です。ティル・ナ・ノーグやヘスペリデスの園など、神話に共通したモチーフの一つですね。ということは、泉の底は黄泉の国!?

龍「私と王は元は親友だった。昔、ともにバラモンで八斎戒を受けたのだ。各自で願いがあり、彼は戒を守り通し王になった。私は戒を守り通せず龍になった。今、斎法を奉修してこの身を捨てたいと思う。願わくば八関斎法をもとめて我にのこせ。もしそれができなければ汝の国を大海に沈めよう」
 守人はこれを聞いて果実を王に奉り、龍が言った変事について述べた。王はこれを聞いてはなはだ不快そうだった。それは仏法が世になく、八関斎文も亡んで今は入手できなかったからだ。〈もし、となえられなければ危害を加えられるかもしれない〉そう思うと憂鬱だったのだ。
 王は最も尊敬される大臣に言った。「神龍は私に従うものだ。これに斎法を求めさよう」
大臣「今の世に法はないのです。どうして得られましょう」
王「お前が得られねば死刑にするぞ」
 これを聞いて大臣はひどく憂鬱になった。
 家に帰ると老いた父が出迎えた。いつもは父を喜ばせようとこにこして帰宅する大臣が、今日は顔色がかわって常と違う。問い詰めると大臣は全てを語った。

※龍は守人を、ひいては王を、王は大臣を追い詰めます。どうして人というのはこうも他人を傷つけたがるのでしょうね。ちなみに、八関斎法というのは八斎戒のことです。

 大臣の父は言った「我が家の堂柱にいつも光る物がある。試しにこれを壊してみよ」
 その言葉に従って柱を壊したところ、二巻の書があらわれた。『十二因縁経』と『八関斎文』である。大臣はさっそくこれを献上し、王は大喜びしてこれらの経を金盤の上に置き、みずから龍の元へ行った。
 龍はこの経を得て大いに喜び、宝物を王に贈り、八斎戒を受持した。命終の後は天宮に生れ、王もまた八斎戒を受持して寿命が尽きた後は天に生れかわって同じところで暮した。

※「光る柱」ときいてあやぶみましたが、『竹取物語』にならずにすみました。

仏「昨夜来た天人たちは、法による教化を相談に来たのだ。時ただしくたずねれば須陀洹果(四向四果のうちの初位)が得られる。永く三界に息づき人と天の世界に遊んでも、そこから出発すればついには涅槃を得られるのだよ」
 これを聞いて聴衆達は大喜びして、おおせを奉じ行った。

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