賢愚経巻七 設頭羅健寧品第三十三

 このように聞いた。
 仏がラージャグリハの竹園にいたときの事。賢者阿難は座より起ち、衣服を整え、ひれ伏して叉手し、仏に言った。 「阿若憍陳如(アンニャーシ・コンダンニャ)らの最初に出家し悟ったお仲間の五人には、どのような前世の福徳があってどういう因縁で如来の世に出る時に立ち会えたのでしょう。法鼓が最初に震えるところをまず聞けて、甘露の法味を先に味わえたのでしょう。哀れんで具体的にお説きください」
世尊「この五人は、先の世でまず私の肉を食べて安穏を得た者達だ。それゆえ今日、先に法食を得られ、解脱できたのだ」
阿難「先の世で肉を食べたとはどういう因縁なのでしょう。詳しくお教えください」
仏「はるか昔、とてもとても遠い昔、この世界に設頭羅健寧(セツズラケンネイ)という大王がいて、この世界の八万四千の国を領有し、六万の山川、八十億の集落、二万の夫人に采女を従えていた。
 王は慈悲深く、一切の者を憐れみ、人民たちで頼りにしない者はいなかった。
 そのとき火星が現れ、占い師にたずねると王に言った。「もし火星が現れれば、旱魃となって十二年の間、雨が降らないでしょう。今、その異変が現れております。打つ手はありません」
 王はこれを聞いてはなはだ憂えた。〈そんな災害に遭ったら、民は蓄えがなくなり死んでしまう。国土も回復しない〉
 そこで群臣を集め、会議を開いた。臣下たちはみな言った。 「今いる国民の数を数え、倉にある穀物を数え、十二年の間を乗り切る量を決めるのです」
 王はその案に従って命令を出した。その結果、全ての民に日に一升を割り当ててもなお不足し、その後に民の多くが飢え死にするとわかった。王は思った。〈何とか民を生かす方法を考えなくては〉
 そこで、夫人や采女と園に遊びに行き、そこで休息した。王は臣下が眠りについたところで座より起き、四方に礼をして誓いを立てた。
「今、国民は飢えて食がありません。この身を捨てて大魚となしたまえ。我が身肉にて一切に行き渡らせたまえ」
 そこで樹の端に行くと地に飛び降りて亡くなった。そして大河中に身長五百由旬の大魚として生れかかわった。
 その時、国に五人の木こりがいた。斧を持って河辺に行き材木を切ろうとして巨大魚を見つけた。魚は人語をもって語りかけた。
「そなたら、もし飢えているのなら、食べたい者はみな来て我が肉を取れ。もし満腹になったなら、分けて持ち去るがよい。そなたらがまず我が肉を食べ、腹を満たせ。後の世で成仏した時に、法食をもって汝らを済度しよう。国中の皆に告げるのだ。食べたい者はみな来て取るようにと」
 五人は喜び、各々切り取り、飽きるまで食べて帰った。そしてその事を国の人に語った。民に噂は広まり、皆が集まってきてその肉を食べた。片側を食べ尽くすとひっくり返して反対側も食べ、みな食べつくした。すると反対側から肉が生え、いつも身に肉があった。
 一切の人々に肉を与えて十二年、肉を食べた衆生には慈心が生れ、亡くなった後は天上に生れた。

仏「阿難よ、知るがよい、その時の設頭羅健寧王とは私である。五人の木こりでまず私の肉を食べた者とは、今のコンダンニャら五比丘である。民で肉を食べた者は、今の八万の諸天と弟子の得度した者である。私が先に身肉をもって彼ら五人を生かしたがゆえに、今日、最初に説法して済度したのが彼ら五人なのだ。我が法身の少しの肉は、彼らの三毒と飢乏の苦しみを解いたのである」
 賢者阿難と会衆は、仏の説くところを聞いて、あるいは悲しみあるいは喜んで、おしいただいて教えをうけたまわったのだった。

賢愚経巻第七、おしまい。


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