賢愚経巻十一 無悩指鬘品第四十五

※殺人鬼アングリマーラの話です。残酷描写や、今の道徳観に合わないだろう記述があります。心の清浄を保ちたい方は、読まない方がいいでしょう。

 このように聞いた。
 仏が舎衛国の祇樹給孤独園にいたときのこと。ハシノク王の大臣に聡明にして巨富を持つ者がいて、その妻が男児を生んだ。
 顔は端正で容姿すぐれており、大臣は喜んで占い師を召して占わしめた。
 占い師は赤子を見ると喜んで言った。「この子は福相です。人にぬきんでて聡明で、人の徳を軽く凌駕します」
 父はこれを聞いて喜び名をつけさせた。
 占い師は受胎以来のかわった出来事をたずねた。
大臣「これの母は元々良い人ではない。 妊娠してからは、異彩を放つようになった。心性は従順で、他人の徳を喧伝することを喜びとし、苦悩することを良しとしなくなった。過ちを言うことを嫌がるようになったのだ」 
占い師「では、この子の名は阿舋賊奇(アキンゾクキ/漢語では無悩)といたしましょう」
 子は大きくなり、雄壮にして人にぬきんでるようになった。力士としては千人力、跳んでは飛ぶ鳥に触れ、走っては奔馬に並ぶ。大臣ははなはだその子を愛した。
 国には聡明にして博達のバラモンがおり、とても物知りで、五百人の弟子がいた。大臣は無悩を預け学問を学ばせた。 バラモンは無悩に朝から晩まで学ばせ、一日にして一年学んでするような質問をするほどの理解を示した。
 バラモンは異常なほどの待遇でいつも無悩を連れ歩き、無悩は同門の者からも尊敬されていた。
 バラモンの夫人は、弟子が端正にして才気も人に優れているのを見て色情をあらわにし、愛の念を払えなかった。 しかし、弟子達がともにいるので言葉がかけられない。心が遂げられず悶々としていた。
 あるとき壇越が、三ヶ月間、師と弟子たちを招いた。
 バラモンは夫人と相談した。「三ヶ月の招聘を受けた。一人残して後をまかせようと思う」
 夫人は内心喜び、バラモンに言った。「家の事は大切です。才能ある者にまかせたいものです。無悩に頼みましょう」
 そこでバラモンは無悩に、後の様々な事をうまく処理せよと言って託した。
 無悩は家に残り、師と衆徒は去った。
 夫人は大喜びで自らを飾り、様々な媚態を見せて誘惑しようと話しかけた。しかし無悩の志は固く、無心で仕事をした。
 夫人の欲心はますます盛んになり、ついに本心を語った。 「私はあなたを愛しています。もとより衆人環視の状態では思いは打ち明けられませんでした。そなたの師が去るので、私は留まったのです。今は独りで静かな環境。私のものにおなりなさい」
 無悩は謝りながら言った。「私にはバラモンの法があります。師の夫人とは不倫はできません。もしその法を犯せばバラモンではなくなります。むしろ首をしめて殺して下さい」
 結局、事には及ばなかった。
 夫人は思惑が違ってくやしく、怒りを抱いた。夫が帰ってきた時に服を破り、顔に傷をつけ、全身に泥をつけて地に憔悴したふりをして黙って倒れ伏した。
 バラモンの弟子達はかけより、バラモンは中に入って妻の姿を見て何があったのかをたずねた。
 妻は泣きながら言った。「聞かないで下さい」
 バラモンは更に問い詰めた。「何があったのだ。話しなさい。なぜ言わないのだ」
 妻は涙ながらに語った。 「あなたの愛弟子のアキンゾクキは、あなたが去ったあと、日々襲ってきたのです。私が従わないといつも衣を裂き、私を痛めつけました。全く、畜生のような弟子です」
 バラモンはそれを聞いて怒った。しかし、無悩は千人力で大臣の子、一族も強盛、ただしようがない。しばらく様子を見てはかりごとをめぐらすことにした。
 バラモンは無悩のところに行き慰労するふりをして言った。 「私が出かけた後、はなはだご苦労だった。ずっとよく仕えてくれている。いつも感謝しているのだよ。そこでお礼として今まで明かしていない秘法を授けよう。もし成し遂げたらすぐに梵天に生まれ変われる法だ」
 無悩はひれ伏してその法をたずねた。
バラモン「もし、七日のうちに千人の首を斬り、一本の指を切って千指の鬘飾(かつら)を作れば、梵天が自ら来て命終の後に必ず梵天にうまれかわるのだ」
 無悩はこれを聞いてためらった。 「師よ、それは信ずべきことではありません。衆生を殺害して梵天に生まれかわるなどとは」
「弟子よ、どうして我が至要の言を信じないのか。もし信じなければ、絶縁する。もはや我が門下には帰れないと思え」
 そして呪文をとなえ地に刀を突き立てた。
 呪文を唱え終えると弟子に悪心が生じた。師はその心を知り、刀を与えた。無悩は刀を持って外に走り出て人を殺し指を取ってかつらとした。
 人はそれを見て「鴦仇魔羅(アングリマーラ)だと言った。漢語では指で作ったかつらのことだ。
 あちこちで斬りまくり七日目になった。頭には九百九十九本の指が乗り、残りは一本。あと一人殺せば指がそろうのだ。
 人々は皆、引きこもり、あえて外を行く者はいなかった。あちこちまわったが誰もいない。七日の間は飲食もできない。アキンゾクキの母は哀れみ、人をやって連れ戻そうとしたが、使者として立つ者もいない。母は自ら食を持って進み出た。
 息子ははるか遠くから母を見て、殺そうと駆け寄った。
 母は言った。「この親不孝者め! 何を思ってこの母を害そうとするのです」
「我が師の教えによって、七日の間に千本の指をそろえなくてはならない。そうすれば梵天に生れかわるという我が願いがかなうのです。日はすでに期限になり、もう獲物がいないのです」
 そして母を殺そうとした。
母「他に道がないのなら、私の指は取ってもいい。でも、殺してはいけません」
 この時、世尊が遥かかなたからこれを見て、その救うべき事を知り、比丘の姿で近くへ行った。
 アングリマーラは比丘を見て、母を捨てて比丘を殺そうととびかかった。
 仏はそれを見て、ゆっくりと遠ざかった。
 アングリマーラは全力で走ったが追いつけない。そこで言った。「比丘よ、止まれ!」
 仏は遠くから答えた。「私は動いていない。そなたが動いているのだ」
アングリマーラ「お前が止まって私か動いている、だと!」
仏「私の諸根は寂にして定まり自在である。そなたは悪い師につき邪悪で間違ったことを教えられた。そなたの心は定まらず、昼夜に殺害を繰り返し、無辺の罪をつくっている」
 アングリマーラはこれを聞くとたちまち開悟し、刀を遠くに捨てた。そして遥かに礼をし自ら帰依した。
 如来は近くによって仏身を現した。光明日輪の如く、三十二相あって神々しいこと限りがない。
 アングリマーラは仏の光の相と威儀を見て身を地に投げ出し、悔過して自らを責めた。
 仏は大まかな説法をし、アングリマーラは法眼の浄きを得た。
 心から信じ出家を求め、仏はその場でそれを許した。 「善く来た比丘よ」
 すると髭と髪が自ら落ち、法衣が身にまとわれた。
 そして求めに応じ重ねて説法した。心の垢がみな尽き、羅漢道を得た。
 仏はアングリマーラを伴いジェータ林へと還った。
 国中の民はアングリマーラの声を怖れ、恐怖から人畜ともに懐妊しても赤子が生れなかった。一匹の象もまた子が産めなかった。仏はアングリマーラに誠をもって語るように命じた。「私は生れて以来、一人も殺していない」と。
アングリマーラ「私はもとより多くの人を殺してきました。どうして殺していないと言えるでしょう」
仏「聖法では、今はじめて生れたことになるのだ」
※出家すると生れかわったとみなします。

 アングリマーラは衣服を整え、教えを奉じてその通りに語った。
 皆はほっとし、精舎に還って一房中に坐した。
 時にハシノク王は大軍を率いて自らアングリマーラを討とうとした。道はジェータ林に続き、まさに攻撃しようとしたとき、一人の比丘がいるのを見た。姿形はみすぼらしく、声はかわっていて、声をふるわせて高らかに唄っている。音はきわめて伸びやかで、軍のみなは耳を傾けて足が止まり、 象と馬は耳を立ててあえて進もうとしない。
 王は怪しみ御者にたずねた。「何が起きている」
「唄声が聞こえて、象や馬が足を立めて聴いているのです」
「畜生ですら尚、聞法を楽しむ。我ら人類が聴きに行かぬということがあろうか」
 そこで群衆とともにしばし祇園精舎に立ち寄った。
 象を降り剣をはずしてあずけ、まっすぐに仏の所に行っき、敬いの礼をなしてたずねた。
王「あの唄う比丘は、何者なのです。清妙にしておだやか、情あって慕わしい。紹介していただけるのなら十万銭払いましょう」
仏「まずその銭をお出しなさい。その後に引き合わせよう。なぜなら、先に会わせたら一銭も出す気がなくなるだろうからだ」
 そして引き合わせると、遠目に見た以上にみすぼらしく、見るにしのびないほどで、一銭も払う気が起きなかった。
 王は座より起ち、ひれ伏して仏に言った。「今、この比丘はチビで醜くく、その唄は深遠でよく通るというだけです。どういう修行をしてきたのか教えてもらいたいものです」
仏「よく聴き心に止めるのです。過去に迦葉(カッサパ)という仏がいて、あまねく人を救い涅槃に入った」

 時の国王の機里毘(キリビ)は、迦葉仏の舎利をとり仏塔を建てようとした。
 四人の竜王が人に化けて王に会いに来て塔を建てることについてたずねた。 「宝で作るのか土で作るのか」
 王は即答した。「塔を大きくしたいのだ。多くの宝物ではなく土で作ろうと思う。五里四方、高さ二十五里の高い塔にして、よく見えるようにしたい」
竜王「私は人ではない。我らは竜王なのだ。王が塔を作ると聞き、たずねてきた。宝で作ろうというのなら助けになれるだろう」
 王は喜んで言った。「とてもありがたい話だ」
竜「四つの城門の外に四つの大泉がある。城の東の泉をうがてば、その土は紺琉璃となろう。南は黄金に、西は銀に、北は白玉になるだろう」
 王はこれを聞いてさらに嬉しくなった。
 四人の監督官を置き、それぞれ一辺をまかせた。三人の監督官は意欲的に働いたが、一人が慢怠で工事をしなかった。 王が行ってこれを見つけ、監督官を責めた。「お前は働こうという誠意がない。罰するしかない」
 その役人は怨みをいだき王に言った。「この塔はとても大きく、完成するのは王がこの世を去ったあとになります」
 王は作業者に命じて昼夜ともに作業をさせ、すぐに工事はおわった。
 塔は極めて高く、衆宝は輝き、美しい彫刻で飾られ、きわめて見物になった。
 監督官はそれを見て歓喜し、過去の罪を懺悔して、一個の金鈴を塔の柱の頭につけた。そして自ら願を立てた。 「私が生れかわったら美声の極みにしてください。全ての衆生が聞いて楽しまない者がいないような。将来、釈迦牟尼と号する仏が現れ、私の生死を済度してくれますように」

仏「ハシノク大王よ、まさに知るべし。その時に作業を遅らせて塔の巨大さを怨んだ者がこの比丘なのだ。 彼は塔が大きいことを恨み嫌ったがゆえに、五百世にわたって極めてみすぼらしい姿となり、後に喜んで鈴を塔頭に布施したがゆえによい声を得て私に会えたのだ。五百世にわたって極めて美声で、今、私に会って解脱したのである」
 王はこれを聞いてさがろうとした。
 仏は大王に問うた。「何がしたくてここに来られたのか」
王「悪賊のアングリマーラというのがいて、縦横無尽にあばれまくり、民を殺傷しているのです。軍を率いてそれを討ち取ろうとしている所でした」
仏「アングリマーラはもはや蟻すらも殺せなくなっている」
 王は心の中で思った。〈世尊はすでに動いて降伏させたというのか〉
仏「アングリマーラは今では出家して道に入り、阿羅漢の位にある。諸悪は永久に尽きた。今、部屋にいる。見たいかね」
「はい」
 そこで部屋の外に来た。聞けば、指鬘比丘(アングリマーラ)は嗚咽の声を上げている。暴悪にして他人を傷つけたことがいよいよおそろしくなり、善良な人を殺し長の障碍を与え、蘇って仏のところに仕えるようになった事を思って泣いていたのだ。
 仏は王に告げた。「今日はじめて、アングリマーラの地崩れおちて絶望する声をきいたわけではない。過去世においての声もまたあのように絶望したものだった。善く聴くのです、大王。久遠の過去、この閻浮提にバラナという大国があった。

 その国には一羽の毒鳥がいていつも毒虫を食べていた。その外見はきわめて毒々しく、触ることも近づくこともできなかった。毒鳥が通り過ぎると生き物は皆死に、樹木は悉く枯れた。鳥は林の樹上に住んでいて、悲痛な鳴き声をあげていた。
 林の中には白象王がいて樹の下に来て、毒鳥の声を聞いた。地に崩れ落ちて絶望し、動くことすらできなくなった。

仏「大王よ、その時の毒鳥は今のアングリマーラで、白象は今の王である」
王「アングリマーラは殺人の暴虐を広めました。そして、世尊を頼り降化していただき、善をおさめているのですね」
仏「アングリマーラは、今日多人数を殺し私の降化を受けたわけではない。過去世にもまた同じ事があったのだ」
王「それはどういう事でしょう。解説してください」
仏「よく聴き心にとめるのです」

 はるか昔、この閻浮提世界にバラナという大国があった。国王は波羅摩達(パラマダッタ)といい、四種の兵を率いて山林に入り猟りをしていた。王は沢の上流に禽獣を追い、単騎で独り林の深いところに来てしまった。王の疲れは極まり、下馬してすこし休んだ。
 林の中には獅子がいて、発情して相手を求めていたが見つからない。そこで王が独り坐っているのを見つけた。婬意が昂ぶり王のそばに来ると尾を上げて背中を向けた。
 王はその意図を知ったが、これは猛獣で、もし従わねば力で私を殺すだろう、と思った。
 王は恐怖から獅子に従った。
 欲望が満たされると獅子は去っていった。
 兵と従者がようやく到着し、宮城に還った。この時獅子は懐胎し、日月満ちて子を生んだ。形は人に似て、ただ足にのみ縞模様があった。
 獅子は思った。〈これは王の物だ〉
 そこでくわえて王の前に行った。
 王は思った。〈身に覚えがある、これは我が子だ〉
 そこで受け取り養うことにした。
 足の縞模様から迦摩沙波陀(カマサパダ/漢語では駁足※)と名づけた。
※読みはハンゾク。まだら足の意。

 駁足は、大きくなると雄々しく猛々しい気質になった。
 父王が崩じ、駁足が後を継いだ。
 王には二人の夫人がおり、クシャトリアとバラモンの生れだった。
 ある日、駁足王は城を出て園に遊びに行くことにした。
 二人の夫人に命じてついて来させ、先についた者と一日を過ごすことにした。遅れた者は捨て置くというのだ。
 王が出立すると二人の夫人は念入りに着飾り、 車に乗った。途中までは一緒だったが、途中に神祠があって、バラモン出身の后は下車して礼をなした。礼がおわり急いで進んだが遅れてしまった。王の言葉通りで御前にも行けない。怒りで心が煮えたぎり、祠の神を責めた。 「私はお前に礼をしたのに王に冷たくあしらわれる。もし神の力があるのなら、どうして私を護らないのか」
 怒りを抱えたまま密かな計画を練った。
 王に後れて宮殿に還り、ねんごろに奉仕して扱いが元に戻るのを待った。そして王に一日の自由な日を願い出た。王はそれを許した。 外に出ると人に命じて祠を打ち壊させ、すっかり平らにして宮中に還った。
※全くの八つ当たりですね……

 祠を護る神は悲嘆懊悩し、宮中に行くと王宮の者を傷つけようとした。しかし天神が遮り入ることを許さない。
 仙人がいて仙山中に住んでいた。駁足王はいつも仙人に供養していて、日々食事時になると飛来して宮殿に入る。贅沢なご馳走ではなく粗食を食べていた。
 ある日たまたま仙人は来られず、神はこれを知り仙人に化けて宮殿に入ろうとした。宮殿の神も仙人は知り合いで顔パスにしている。はるか門の外から王に面会を求めた。王は仙人が外から声を上げるのをいぶかり、急いで中に入れさせた。 宮殿の神はそれを聞いて素通りさせた。仙人はいつもの坐処でいつもの食事の供養を受けた。
 仙人は食事をせず王に言った。 「この食事は粗食すぎて肉も魚もない。どうして食べられようか」
王「大仙はいつも清素な食事を望んでいるではないか。だから肉や魚の入ったご馳走は出さないのだ」
「これからは粗食はやめて肉だけを食べたい」
 そう言うと食事を終えて還った。
 翌日、本物の仙人が飛来して、種々の肉料理が並んでいるのを見て王に怒った。
王「大仙は昨日、こうしろと言ったではないか」
仙人「昨日は病気で、一日断食をしていた。来れない時に誰がそう言ったのか。私を試そうというのなら、報復するぞ。王は今後十二年間、いつも人肉を食うがいい」
 こう言い終えると山中に飛んで帰った。
 厨監(厨房の長)は肉の用意がなくあわてて外で肉を探した。肥えて白い小児が死んで地に倒れているのを見つけた。
 緊急のことだからと頭と足は捨てて残りを厨房に持ち帰り、諸々の美薬を加えて王に食事として出した。
 王はこれを食べるといつもの倍もおいしい。そこで厨監に肉の由来をたずねた。
王「こんなに美味いものは食べたことがない。これは何の肉か」
 厨監はおそれ、王の前で腹を打って本当のことを話した。
王「事実なら罪は問わぬ。この肉は尋常でないうまさだ。これよりそのような肉を求めよ」
厨監「たまたま小児が自死していたのです。求めても得られるものではありません。それに人肉を食すのは国法に触れます」
王「密かにとりはからえ。知る者がいれば、私が処断する」
 厨監は命令通り密かに子供を誘拐しては日々王に提供した。
 城中の民はみな、小児の失踪に嘆き悲しんだ。そして何が起きているのかと語りあった。臣下も集まって会議をし、密偵を街に放って警戒させた。 密偵は、王の厨監が小児をさらうのをみつけ、縛りあげて王のもとに連れてきた。失踪前後のこともつぶさに調べ上げて報告した。
 王はこれを聞いても沈黙して答えなかった。
 三たび王に報告した。 「今回、賊を捕まえて、罪状は明白です。どうかご決断を」
 王は答えた「これは余が命じたことだ」
 臣下達は王を恨み、みな去っていった。
 外で議論するには「王は賊だ。我等の子を食べたのだ。食人王とともに統治できようか。この禍害を除かねば」と。
 みな心を一つにして謀議をこらした。
 城外の園中によい池水があり、王は毎日、そこで水浴びをしていた。諸臣と兵たちは園中に隠れ、王が池に来るのを待った。伏兵で四方を取り囲み、殺そうというのだ。
 王は兵が集まっているのを見て驚き怖れ問うた。「お前らはどうして私を囲んでいるのだ」
諸臣「王者というものは民を養うものです。人の子を殺して食べることは、民衆に怨嗟の声を上げさせて、国民を蔑ろにする行為。国民は苦しむばかり。それゆえ王を殺すのです」
王「私にはそのような意図はない。今より以降、子供は食べない。どうか許してほしい。自らの謬りを改めよう」
 諸臣は語り合った「許すことは出来ない。たとえ今日、天から黒雪が降り、王の頭上に黒毒蛇が生じたとしても、許すことは出来ない」
 駁足王は臣下の話し合うのをを聞いて、死以外の逃れ道はないとさとった。
王「私を殺すとしても、少しだけ時間がほしい。少しだけ聞いてほしいことがあるのだ」
 諸臣はそれを許した。
 王は誓言して言った。「我が身は修善の行を積んでいる。王の正治のために仙人に供養したのだ。衆徳を集めて、わが身を飛行羅刹に変身させたまえ」
 この言葉が終るやいなや、王は変身して虚空に飛びあがった。
 諸臣に言う。 「お前らは力を合わせて余を殺そうとした。余は今までの功徳の大幸を用いて自ら脱出した。今より以降、お前らは忍ばなくてはならない。愛妻が、児が、食われるのを」
 言い終えると飛び去った。
 山林の間に住み、飛行しては人をさらい、食にした。
 民は恐怖し隠れた。こうして多くの人が殺され食われた。
 羅刹たちは輔翼の臣として従い、その徒は次第にふえていった。害は広がり、羅刹たちは駁足王に言った。 「我等は王に従っております。願わくばともに宴会を開きたまえ」
 駁足はこれを許して言った。「諸王を千人つかまえたら、皆と宴会をしよう」
 そこで一人一人つかまえては、深山に閉じ込めていった。九百九十九王をつかまえて、残すは一人のみ。
 諸王は思った。〈我らは崖っぷちにいるようなもの。何か手はないだろうか。もし須陀素弥(スダソミ)を捕まえてきてくれたらうまい手を考えて我らを救ってくれるだろう〉
 そこで、羅刹王(駁足)に言った。「王が宴会を開くというのなら、とりわけ素晴らしいものにする必要があるでしょう。ただ諸王を取るだけでなく、非凡な者をつかまえねばなりますまい。スダソミはとても高徳の王、もし連れてきたら王の宴会はことさらきわだつでしょう」
 羅刹は、そんな高徳の者がいるのかと言うと、飛翔して捕まえに行った。  スダソミは朝、采女達と共に城を出て園に水浴びに行く所だった。その道筋で、バラモンが乞食をしているのを見た。王はバラモンに言った。「自分が水浴びから還るのを待て、布施をしよう」
 王が園につき池に入っていると、羅刹王が来て山中にさらって行った。  スダソミは憂い悲しんで泣いた。
 駁足王がたずねた。「そなたはことさら徳に優れた大人物だと聞いている。窮地に立ったくらいでどうしてそう愁え、子供のように泣くのか」
スダソミ「私は身を惜しみ寿命が惜しくて泣いているではない。生れてこのかた一度も嘘をついたことがないのに、朝、バラモンに施与の約束をして、大王にここに連れてこられた。今、嘘をついたことになり、誠と信頼をなくした。だから悲しんでいるのだ。願わくば哀れみをもって七日の猶予を与えてほしい。かのバラモンに布施をしてから戻ってきて死のう」
 駁足「そなたは今去って自ら還って来て死のうというのか。ここから還ることはできまい。私が運ぼう」
 そして解き放つことにした。
※「走れメロス」の元ネタ!? ではないはず。

 王が国に還るとバラモンはまだいた。王は喜んでバラモンに供養した。バラモンは、しばらくしたら王が戻り死ぬのだと聞いて、国を恋し憂鬱になることいかばかりと思い、王のために偈を説いた。


 劫数終極 乾坤洞然  (時代の終り、世界の終り) 
 須弥巨海 都為灰煬  (須弥山も大海もみな焼けた灰となる)
 天竜人鬼 於中彫喪  (天も竜も人も鬼も、そこで死に絶え)
 二儀尚殞 国有何常  (男女ですらも亡ぶ、まして国など保てようか)
 生老病死 輪転無際  (生老病死の輪廻は限りなく)
 事与願違 憂悲為害  (事は願い通りには行かず、憂い悲しみは害となる)
 欲深禍重 瘡疣無外  (欲望はわざわい深く、イボは外にあるのではない)
 三界都苦 国有何頼  (三界はみな苦で、国が何の頼りになろう)
 有本自無 因縁成諸  (本来無一物にして、因縁がなしたるもの)
 盛者必衰 実者必虚  (さかえる者は必ず衰え、満たされた者は必ず虚しくなる)
 衆生蠢蠢 都如幻居  (衆生は走り回るが、みな幻に暮しているようなもの)
 三界皆空 国土亦如  (三界はみな空にして、国土もまたしかり)
 識神無形 仮乗四蛇  (心は形なく、仮に地・水・火・風の四匹の蛇の上に居るようなもの)
 無眼宝養 以為楽車  (宝を積む目があるでもなく、ただ車を楽しむがごとし)
 形無常主 神無常家  (肉体に恒久的な主人もいなければ、心に恒久的な家もない)
 形神尚離 豈有国耶  (肉体と精神が分離ていて、どうして国などあろう)

 スダソミはこの偈を聞いて意味を考え、大いに喜んだ。そして太子を即位させ王をかわらせた。諸臣と別れ、信のために還ろうとした。
 諸臣は口をそろえて王に言った。「願わくば王よ、とどまりたまえ。駁足のことは憂いなさいますな。臣らに防護設備の案があります。鍛鉄をもって家を作るのです。王がその中にいれば、駁足がいかに勇猛とはいっても入れはしますまい」
 王は諸臣と民に告げた。「人の世というものは誠信を基本としてできている。虚妄によって生き延びたとて、感情が許しはしない。むしろ信に従って死のう。 不妄語の人生は種々の誠信によって利があるのだ。いろいろと虚妄を使い分けていれば罪をえるのだ」
 諸臣は悲しみ嗚咽し、まったく無言であった。
 王は城を出発して、皆が見送った。道中人々は慕い、少し行ってはまた進む。王は暁の説諭を終えて道を進み去った。
 駁足王は思った。〈スダソミは今日、来るだろう〉
 山頂にすわって遥に見下ろすと王が来るのが見えた。顔色は悦びに満ち、得心がいって過去の悩みが解けたようだ。
羅刹王「よく急いで来た。人生は世間では惜しまれるものだというのに、そなたは今まさに死のうとして喜びが倍増したようだ。 国に還って何か善いことがあったのか」
スダソミ「大王が寛大にも余に七日の時を布施してくれたことで、ついに誠の言葉を得た。妙法が聞けて心から理解できた。今日、願いは全て満たされた。喜びを抱いたまま死に就こう」
駁足王「どんな法を聞いたというのか。試しに私に聞かせろ」
 スダソミは偈を説き、さらに色々と説法をした。殺しの罪をわきまえることと殺しの悪報について。慈心による不殺の福について。
 駁足は歓喜して敬い礼をなし、その教えを受け入れた。もはや害心はなくなり諸王を解き放ち国に還らせた。
 スダソミは将兵をおさめて駁足を元の国に居させた。先の仙人が言った十二年がおわり、これ以降人を食べなくなってついには王に戻り、元のように民を治めた。

仏「この時のスダソミ王が私で、駁足王がアングリマーラだ。十二年間にわたり駁足王に食べられた者がアングリマーラに殺された者で、彼らは世々いつもアングリマーラに殺されてきた。私もまた、世々善をもって降してきた。思うに、過去、凡夫のために教化して不殺を教えてきた。もちろん今日、如来となってもそうだ。衆徳そなえて諸悪は永遠にやんだ。どうして降し教化できぬことがあろう」
ハシノク王「これらの人々にはどのような宿縁があって世々殺されてきたのですか」
仏「よく聴くのです」

 はるかな昔、この閻浮提世界にバラナという大国があり、国王を波羅摩達(パラマダッタ)といった。王には二人の子があり、ともに雄々しく才能があり、 端正なこと人に優れていた。王は二人をはなはだ愛した。
 ある時、弟は思った。〈たとえ父が崩じたとて、兄が統治を引き継ぐだろう。自分はまだ小さく王位を望むこともできない。この世に生れてきたのに王になれないとは、何のための世なのか。仙道を求めて幽静を得る方がいい〉
 そこで父王に深山に入って仙道を求めたいと許しを乞うた。志をとげるために丁寧に何度も頼むと、王はその志が奪えないと知り許した。
 山に入って数年、父王が崩じ兄が位を継いだ。兄の治世は長くなく、病気で亡くなった。子もなく継承者もいない。諸臣が集まり後継を議論した。一人の臣下が弟に帰ってきてもらい継いでもらおうと言った。諸臣は喜び衆議一決、みなで山に入って弟を探し、事情を話して国を継いでほしいと言った。
 仙人は答えて言った。「まことに恐ろしい事だ。私は静けさを楽しんで憂い患いがない。世の人は兇悪で殺し合いを好む。 もし王となったらそれを目の当たりにするだろう。今がとても楽しいのだ。不可能なことだ」
 諸臣は重ねて言った。「王が崩じて子はなく後継者もいないのです。ただ大仙のみが王の種。国土人民に主が得られないのです。なにとぞ哀れみもって翻意したまえ」
 誠をつくして丁寧に頼んだ。
 仙人は忍びず、ついにともに国に帰った。
 さて、仙人は子供の時に出家したため淫欲については知らなかった。国を治めるうちに女色にも触れて夢中になり、はまってしまった。朝晩の荒淫がすぎて自制できず、ついには国中に勅令して、全ての女が淫欲をいだいたらまず自分に従い、その後に嫁ぐよう定めた。そして諸国の端正な婦女で気に入った者はみなことごとく凌辱した。
 一人の女が道路で衆人環視の中、裸で立ち小便をしていた。人々は驚き笑いとがめた。「お前には恥はないのか」「どうしてこうなった」
女「女は女の中では裸でも何ら羞恥を感じないもの。男は立ち小便をして全く羞ずかしくはない。そうでしょう。どうして恥ずかしがることがあるものか」
 みなは何でそんなことを言うのだとたずねた。
女「王ただ一人が男子で、国中の婦女はみな陵辱されている。お前らがもし男なら、そんなことはさせまい」
 そう言われて皆は恥じ入った。そして、この女の言うとおりだ、実に理にかなっている、と語り合った。
 女の言葉はこっそり広まっていった。
 そしてついに人々は心を合わせて謀議を図った。王はいつも、城外の園にある清涼池に行った。前後を臣下が囲み、池で洗浴するのだ。諸臣と民衆は園中に隠れ、王が洗浴に出るのを待った。伏兵がみな現れ、王を取り囲んで殺そうとした。
 王は驚いて言った。「何をしたいのだ」
諸臣「王は正治をなすもの。婬荒が過ぎて良俗を壊し、諸家を汚辱した。臣らはそれを見てたえられなくなったのだ。よって王を除き賢く能力ある者にかえる」
 王はそれを聞いて驚き、諸臣に言った。「実のところ、そなたたちの手をわずせわせることもない。自らあやまりを改めて、二度としないようにしよう。どうか寛大な心で許してほしい。民とともにまた国作りを始めようではないか」
諸臣「もし今日、天が黒い雪を降らせ、頭頂に毒蛇が生えようとも許しはしない。何度も言わなくともわかるだろう」
 王はこれを聞いて自らが必ず死ぬと知り、怒り憤った。
王「余は元々山にいた。世事にはかかわらなかったのだ。それを強いて連れてきて王とした。大きな失政はしていないし、余の方針にも従ってきたではないか。今、余一人が弱く無力な立場に置かれた。誓おう。のちの世ではお前らの得道を邪魔していつも殺すと。この誓いを立ててもなお殺そうというのか、この大王を」

仏「知るがよい。その時の仙人の王は今のアングリマーラで、その時の臣民でみなで王を殺そうとした者がアングリマーラに殺された者達だ。大王によってずっと殺されて、今日に至ってもやはり殺されたのだ」
 ハシノク王はひれ伏して仏に言った。「指鬘比丘はかくも多くの人を殺して、今すでに道を得ています。やはり報いを受けるのでしょうか」
仏「行いには必ず報いがある。今この比丘は房の中にあって地獄の火にさいなまれ、その火は毛孔からふき出して苦痛は極限にある。痛みのため言葉も発せられないのだ」
 如来は、悪行をなせば必ず罪報があると会衆に知らしめた。そして一人の比丘に鍵で指鬘の房の戸を開くよう命じた。
 比丘はおおせに従い戸内に入ったが、アングリマーラは融けて消えていた。
 比丘は驚き還って仏に報告した。
 仏は比丘に告げた。「行いの報いとはかくのごときものだ」
 王と会衆は、みな信じ理解した。
※普通は逃げたと思う所ですが……

この時、阿難はひれ伏して仏に言った。「アングリマーラにはどのような前世の慶福があって身力雄壮となり力士の力を得て、 健やかで身軽に走って飛鳥に届くようになったのですか。そして仏に会い、生死を越えたのですか。願わくば哀れみもて会衆に説きたまえ」
仏「みな、善く聴くのです。過去、迦葉仏の時、一人の比丘がいて寺の執事となった」

 寺の蓄えとなる穀米の運搬中に雨に降られた。雨宿りする所がなく穀米の袋はみな水浸しになった。その比丘は早く着きたいのだが、力が弱く歩みも遅い。手立てがなくうれえるばかり。 そこで誓言をした。「私は生れかわったら千人力になろう。身軽にして走っては飛鳥よりも速くありたい。将来、釈迦牟尼という仏に会って、永遠に生死をまぬがれさせられたい」

仏「阿難よ、この時の執事比丘が今のアングリマーラだ。かつて出家持戒し寺の運営をし、願を立てたがゆえに、自らここに来たのだ。世々、端正にして猛力、身軽で素早いのはみなその願の通りである。私に会って生死から済度を得たのもそうだ」
 阿難と諸比丘、王と臣民、一切の会衆は、仏の説く因縁と行いの報いを聞いて精進しようと思った。四諦について思惟し、各々須陀洹から阿羅漢になり、あるいは辟支仏となる善根を植え、あるいは無上正真道意を得、あるいは不退転の決意を抱いた。皆、身口を護り、心を克して善に従い、仏のおおせを歓喜してうけたまわった。

※私としては、裸で立ち小便をした女が今の誰か、を知りたいのですが……




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