賢愚経巻十 須達起精舎品第四十一

 このように聞いた。
 仏が王舎城の竹園にいたときのこと。舎衛国の波斯匿(ハシノク)王の大臣、須達(スダッタ)は、家に巨富を蓄え、財宝が無限にあった。布施を好み、貧乏に人や孤児、老人に施しをした。
 時に人は成し遂げたことが呼び名となる。スダッタは給孤独長者と呼ばれた。
 七人の男子がおり、結婚することになって六人目までは決まった。七人目は外見が人とは違っていて、妻として極めて容姿端麗で美貌の女を求めていた。スダッタ長者はこの子のためにバラモンたちに言った。「誰か息子のために美女を探しに行ってはくれまいか」
 バラモンたちはてんでに行乞に行き、王舎城についた。
 城中には護弥(ゴミ)という大臣がいて、財富かぎりなく三宝を信じ敬っていた。バラモンが行乞に来ると、国法によって施さなくてはならない。童女に布施を持って行かせた。ゴミ長者の娘は、端正にして美形、人並み優れた美貌の持ち主だった。
 娘が食を持って出、バラモンに施すと、バラモンはそれを見て心中大いに喜んだ。 〈探していた者が今日見つかるとは!〉
 そこで娘に言った。「お前さん、さぞかし求婚者が多いじゃろう」
娘「まだいませんよ」
 そこでお父さんはいるかとたずねるといると言う。
バラモン「ちょっと呼んできてくれんかの。お話ししたいことがあるんじゃ」
 娘は父親を呼んできた。
 バラモンは挨拶から入り、舎衛国王のスダッタ大臣とは知り合いかとたずねた。
「会ったことはありませんが名は知っています」
「この方は舎衛国で一番の富貴のお方じゃ。その息子で容姿端麗で頭も良い方が、そなたの娘さんを求めている。いかがかな」
「よろしいですなあ。舎衛国との取引のきっかけにもなりますからね」
 そこでバラモンは事情を説明する手紙をスダッタに送った。スダッタは喜び、王の所に行き、息子の嫁取りの許可を求めた。王はこれを許した。
 沢山の珍宝を車に載せて王舎城に向かうと、その道筋にはたくさんの貧乏人が喜捨を求めて集まった。王舎城につくと、ゴミ家に行き、嫁を求めた。
 ゴミ長者は喜んで歓迎した。敷具を敷き宿を整えて、家の中は飲食物を整えるのに大わらわだ。
 スダッタは思った。〈今、この長者は大出費をして準備を整えている。何を求めているのだろう。国王、太子、大臣と婚姻を結び親戚となるレベルの物ではないか〉
 いくら考えてもわからなかった。そこでたずねてみた。「長者は今、てんやわんやの奔走をして経理と事務をなし、準備を進めている。王の太子や大臣を呼ぶのか。親戚中を呼んで大宴会をしたいのか。何がしたいのだ」
答えはこうだった。「仏と比丘僧を招くのです」
 ここにおいてスダッタは忽然として毛が逆立つように感じ、心中おおいに悦びを得た。「何という仏を呼ぶのか。その意義を説いてほしい」
長者「ご存知ありませんか。浄飯王の子、シッダルタです。生れた日に天が三十二の瑞応を降らせ、一万の神が衛った方です。七歩歩んで手を上げ『天上天下、唯我為尊』と述べ、体は黄金色にして、三十二相八十種随形好を具え、王の威光は四天下を照らすというのに、老病死の苦を見て在家生活を楽しまず出家修道した方です。六年の苦行ののち一切智を得、煩悩が尽きて成仏されました。諸魔衆十八億万を下し、号して曰く『能仁』と。十の智力ありて畏れず、十八の仏だけの徳があり、光明で照らし、過去現在未来を見通すがゆえに仏と号されたのです」
スダッタ「僧とは何ですか」
ゴミ「仏が成道なしとげ、梵天が法を説きたまえと転法輪をお願いし、仏はバラナシの鹿野苑で五人の同志のために並んで四真諦を説き、煩悩がなくなった沙門たちは六神通をそなえ、四意七覚八道みな練りあげて虚空に飛翔し、八万の諸天は須陀洹果(初果)を得て、数限りない天人が無上正真道意を発しました。次に迦葉三兄弟はじめ千人を済度し、彼らは煩悩なく理解すること最初の五人と同じ。次に舎利弗、目連の衆徒五百人に真実に目ざめさせます。彼らは神足自在でよく衆生のために良きことをなし、福田となります。そこで僧伽と名づけたのです」
※仏教入門講座等で説かれている通りの説明です。

 スダッタはこれを聞いて素晴しいことだと思い、歓喜踊躍して信敬の心を起こし、思った。〈早く夜が明けないものか、まことに尊い仏に会いに行こう〉
 明け方になりラージャグリハの城門についた。門は夜の三時(初夜、中夜、後夜)に開くのだ。中夜に門を出ると祠があり、礼拝した。たちまち仏のことを忘れ、心は闇に還った。〈今夜は闇夜だ。もしこのまま行けば、悪鬼や猛獣に害されるだろう〉
 そこで城内に引き返し日の出を待った。
 さて、親友で命終ののち四天に生れかわった者がいて、これを見て後悔の念を抱かせようとして言った。「居士よ、悔いはないか。仏を見に行けば利は無量。百車にのせた珍宝を得るようなものだ。きびすを返して一歩でも世尊の所に向かえば、得られる利は限りないぞ。進んでいくのだ。居士よ、汝悔いるなかれ。今、白象と珍宝を得るとしても、足を上げて一歩、世尊の所に向かう方が利は大きい。閻浮提世界の総ての珍宝を得るよりも、一四天下のすべての珍宝を得るよりも、仏のところに向かう利は百千万倍も大きいのだ」
 スダッタはこの天の声を聞くと、ますます歓喜し世尊への信敬の念が起きた。
 やがて暁をむかえ、道をたどって世尊の所についた。
 世尊はスダッタが来たと知り、外で経行(きんひん:心身を整えるために一定の場所をゆっくり歩くこと)をした。スダッタははるかに世尊を見て思った。〈姿は金山のごとく、顔にはよい威厳があり、堂々たるものだ。ゴミが言った万倍も素晴しく、見るだけで嬉しくなる〉
 礼法を知らなかったので、直に世尊にたずねた。「ゴータマよ、ごきげんはいかが」
 世尊は坐につくよう命じた。時に遥か遠くから首陀会天(しゅだえてん)がスダッタが世尊への礼拝・供養の法を知らないのを見て、四人の人になって行列をなして来た。彼らは足に触れて礼をなし、ひれ伏してたずねた。「ごきげんはいかかですか」
 右周りに三回まわって一面に控えた。スダッタはこれを見て愕然とした。〈恭敬の法はこうしなくてはならなかったのか〉
 そこで坐を離れ、礼の仕方をまねてごきげんをうかがい、三度めぐって礼をし、一面に引きさがった。そこで世尊は説法をした。四諦の奥深い話。苦、空、無常について。
 聞法してスダッタ長者は歓喜し、聖法に染まって須陀洹果(初果)を得た。それは綺麗な白い布がたやすく色に染まるようだった。
 ひれ伏して合掌し、世尊にたずねた。「舎衛城中に、私のようにたやすく聞法して染まった者はいたでしょうか」
仏「そなたのような者は、舎衛城中で他にはいない。。人の多くは邪説を信じている。聖教に染まりにくいのだ。」
スダッタ「願わくば、如来よ。舎衛城の中で衆生の邪をのぞき正しきにつかせるためにうつり住んでいただけないでしょうか」
世尊「出家の法は俗とはことなる。住むところもおのずと違う。そこには精舎がないので住めないのだ」
スダッタ「弟子の私が建てましょう。お聞き届け下さい」
 世尊は黙って肯定した。
※信心から信解への移行がすみやかになされています。よく釈尊は黙ることで肯定しますが、日本人にはわかりにくい感覚です。

 スダッタは、子のために妻をめとらなくてはならず、仏の所を辞して家に帰ることにした。そこで仏に言った。「本国に還ったら精舎を建てます。しかしどのように建てればいいのかがわかりません。世尊、弟子を一人、一緒に来させて下さい」
 世尊は思った。〈舎衛城内にはバラモンの衆徒がいて邪倒の見を信じている。ただ舎利弗のみが弁舌で対抗できよう。舎利弗はバラモン種で、幼いときから聡明、神足通も具えている。必ずや有益であろう〉
 そこで舎利弗に命じスダッタとともに行かせた。
 スダッタは舎利弗にたずねた。「世尊が歩けば、日に何里行けますか」
舎利弗「日に半由旬は。転輪王の歩行法のようなものがあるのです。世尊も使えます」
 スダッタは二十里ごとに客舎を建てていて、銭を出して人を雇い、安らかに泊まれるように飲食物と敷具を用意していた。
 王舎城から舎衛国への帰り道、舎利弗とともにあちこちを見て回った。どこか平坦で広い土地があれば精舎を建てようと思ったのだ。
 あちこち見て回ったが、意にかなう土地はなかった。ただ、王太子の祇陀(ジェータ)の園だけが平らで樹木がうっそうと茂り、それ以外によさそうな土地はなかった。
 舎利弗はスダッタに言った。「この園中に精舎を建てるのがいいでしょう。ここより遠いと乞食が難しくなります。近すぎると憤懣を抱いた者に修行を邪魔されるかもしれません」
 スダッタは喜び、太子の所に行った。「私は如来のために精舎を建てたいのです。太子の園がぴったりなのです。今すぐ、これを買いましょう」
 太子は笑って言った。「私には金は十分にある。この園は木が繁茂していて、遊んだり散歩で気分転換をする場所なのだ」
 スダッタは慇懃に、何度も頼んだ。
 太子は園が惜しくなり、高すぎる値を言えば買わないだろうと思った。「もし、黄金を地に隙間なく敷きつめたら与えよう」
スダッタ「その値をのみましょう」
太子「今のは冗談だ」
スダッタ「太子の法に妄語はふさわしくありません。妄語は欺詐です。どうして民をおさめ続けることができましょう。争いの元となります」
 首陀会天は、仏のために精舎を建てるというので、大臣たちが太子の味方をするのを怖れてその一人に化けて太子の言葉を評して言った。「太子の法では妄語をすることはありません。すでに値は決まっております。中途半端に悔いるのはよくありません」
 そこでついに園を与えることにした。
 喜んだスダッタは、使用人に命じて象に金を負わせて出させた。八十頃の広さの土地が、すぐに満ちて残りの地は少なくなった。
スダッタは思った。〈どの蔵の金が足りないのか。きっちり敷き詰められれば満足できるのだが〉
太子「高値すぎて金を置くのがいやになったか」
「いいえ。蔵の金にどうすれば足せるのか考えていたのです。あとは追加するのみです」
 ジェータは思った。〈仏は必ずや大徳に違いない、この人に宝を軽んじさせるほどに〉
 そこで止めるように言った。「園地はそなたの物だ。だが、樹木は私の物だ。私から仏に捧げよう。共に精舎を建てようではないか」
 スダッタは喜び、これを受けた。
 家に還り施功の準備を始めた。
 六師外道がそれを聞きつけ、国王に言った。 「長者スダッタは、ジェータ園を買いゴータマ沙門のために精舎を興そうとしています。我らの衆徒と術比べをすることをお許し下さい。沙門ゴータマが勝てば建てさせて下さい。もし負ければ禁止して下さい。ラージャグリハに住むゴータマの衆徒と我らの衆徒が証人です」
 王はスダッタを招いてたずねた。「今、六師が来て言うには、そなたがジェータ園を買うのはゴータマ沙門に精舎を建てるためだと言う。そこで、沙門の弟子と術比べをしたいと言う。勝ったら精舎を建てよ、負ければ建てさせないと」
 スダッタは家に帰り、汚れた服を着替えもせず憂鬱に沈んでいた。
 舎利弗は翌日、衣を着て鉢を持ち、スダッタの家に来た。その憂鬱そうな顔を見てたずねた。「どうして楽しそうじゃないのだね」
スダッタ「おそらく精舎は建てられないでしょう」
「何か事故があったのかね」
 スダッタはかくかくしかじかと話した。「六師たちは出家以来久しく、精勤にして誠あり素質もあります。学んだ技術は及ぶ者がいないでしょう。私は釈尊の伎芸がいかほどか知らず、比べうる物なのかも知りません」
「六師の弟子は閻浮提世界に満ちていて竹林の数ほどもいる。が、わが足の上の毛一本も動かすことはできない。技比べをしたいと言うのなら、受けてよろしい」
 スダッタは喜び、衣を新しくして香湯で沐浴した。そして王にその事を伝えた。国王は六師に告げ、 六師は国中の人に七日後に城市の広い所で沙門と技比べをすると伝えさせた。
 舎衛国には百八十万の人がいて、国法では太鼓を打つと集まる人数が決められていた。銅鼓で八十万人集、銀鼓で百四十万人、金鼓で全国民が集まるのだ。
 七日後の期日に金鼓が鳴らされ、全ての人が集まり、そうのうち六師の徒は三十万人だった。
 国王と六師は高座についた。スダッタは舎利弗のために高座を設けたが、舎利弗は一本の樹の下で寂然として禅定に入った。諸根は寂黙し、さまざまな禅定に遊び、通達無礙であった。そこで思った。〈この会の大衆は邪説を習って久しく、憍慢にして高慢な、とるにたらない人々だ〉
 そして、どのような徳で降伏させようかと考えた。 思惟した結果、二つの徳をもってすることにした。そこで立ちあがり、誓言した。「もし我が無数劫の父母への慈孝、沙門とバラモンを尊び敬ったことがまことなら、我が初入場にて一切の大衆が私に礼をなすであろう」
 この時六師は、観衆がすでに集まり舎利弗が一人で来たのを見て王に言った。「ゴータマの弟子は自から術のないことを知っていて、怖れをなして来ないのです」
 王はスダッタに言った。「そなたの師の弟子は時刻通りすでに来ている。呼んで談論させよう」
 スダッタは舎利弗の所に行き、ひれ伏して言った。 「大徳、大衆はすでに集まり、開始を待ち望んでいます」
 そこで舎利弗は禅定より起ち、衣服を整えて。尼師壇(坐具)を左肩の上につけて、安らぎとくつろぎをもって獅子王のように歩んだ。 集まった大衆はその姿形と法服の六師との違いを見て、忽然として起立した。そして草が風になびくように、覚えずして礼をした。舎利弗はスダッタが用意した座に上った。
 六師の弟子の中に労度差(ロウドサ/※一巻から悪役として名の上がる例のバラモンです)という者がいた。幻術をよく知り、大衆の前で呪によって一本の樹を示した。自然と成長し、会衆を覆った。枝葉はうっそうと茂り、花と果実は各々異った。人々はみな言った。この変化は労度差が作ったのだと。
 舎利弗は神力でつむじ風を起こし、樹根を抜いて地に倒し木っ端微塵にした。
 皆は言った。舎利弗の勝ちだと。
 労度差は負けを認めず、今度は池を作った。その池は四面が七宝で、池水の中には種々の華が咲き、みなは労度差が作ったと言った。
 舎利弗は巨大な六本牙の白象に化けた。牙の上には七つの蓮花があり花の上には七人の玉女がいた。その象はゆったりと池の辺に行き、水を含んだ。池は即時に消滅した。
 皆は言った。舎利弗の勝ちだと。
 労度差は負けをみとめず、七宝で荘厳された山を作り出した。泉池、樹木、花と果実が繁茂した。舎利弗は金剛力士に化けて金剛杵で遥か遠くからこれを指し示すと、山はすぐ跡形もなく破壊された。
 みな舎利弗の勝ちだと言った。
 労度差は十の頭をもつ竜を虚空に作り出した。種々の宝を雨のように降らせ、雷電は地を震わせた。大衆は驚き、舎利弗は金翅鳥王と化して竜を噛み裂いた。
 みな舎利弗の勝ちだと言った。
 労度差は巨大で肥えて力強い牛を作り出した。荒々しい脚に鋭い角。地をかき大声で鳴き、突進してくる。
 舎利弗は獅子王になりこれを引き裂いて食べた。
 皆は舎利弗の勝ちだと言った。
 労度差は巨大な夜叉鬼を作り出した。頭上には火が燃え、目は赤く血のよう。四本の牙は長く鋭く口からは火を出し、飛びかかってきた。
 舎利弗は毘沙門王となり、夜叉は恐怖して逃げ出した。あたりに火が起きて逃げ場がなくなった。ただ舎利弗のあたりはすずしく火もなかった。夜叉はすぐに屈伏し、五体投地をして命乞いをした。はじる心が生じると、火はすぐに消えた。
 皆は舎利弗の勝ちで労度差の負けだと言った。
 舎利弗は虚空に昇ると 行住坐臥の様子を見せた。いつも体から水が出て、体の下には火が出る。東西南北に出没しては踊り、あるいは虚空を満たす巨人となる。あるいは小さくなり、分身して百千万億の体となり、また一身となる。虚空にいるかと思えば忽然として地に居る。水で地を覆い、また地に戻す。これらの神足をあらわして、神足を収めれば元の座にいる。大衆はその神力を見てみな歓喜した。そこで舎利弗は説法をした。
 行いにともなう宿福因縁について。また各種の道を得た経験について。
 聴衆はそれぞれ、須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢者の境地に至った。六師の三十万の弟子は、舎利弗の所での出家学道をのぞみ、仏弟子たちはおのおのの居場所に帰った。
 長者スダッタと舎利弗は精舎に行くことにした。
 スダッタと舎利弗が縄の両端を持ち、ともに精舎を測った。その時、舎利弗はうれしそうに笑みを浮かべた。
スダッタ「尊い人よ、何で笑うのです」
舎利弗「地を測ったのは初めてなのだ。六欲天中では宮殿はすでにある。道眼を借りれば、スダッタも六欲天中の立派な宮殿が見られるだろう」
「六欲天ではどこが最も楽しいのですか」
「下の三天中では色欲が深厚である。上の二天中では憍逸にしてやりたい放題になる。第四天(兜率天)が少欲知足で、いつも一生補処の菩薩が居る所だ。そこでは法訓が絶えない」
「私も第四天に生れ変りたいものです」
 スダッタがそう言い終えると、それまで見えていた他の宮殿はみな消え、第四天宮殿のみが残った。
 さらに縄を張っていくと、舎利弗は惨めそうな憂いの顔にかわった。
「何を憂いているのです」
「地中の蟻が見えるでしょうか。あなたは過去に毘婆尸(ビバシ)仏に逢い、またこの地で世尊のために精舎を建てようとしています。尸棄(シキ)仏のときもあなたは精舎を建てました。毘舍浮(ビシャフ)仏の時も拘留秦(クルソン)仏の時も拘那含牟尼(クナゴンムニ)仏の時も迦葉(カショウ)仏の時もそうでした。しかし、今日に至る九十一劫の間、蟻たちはただ蟻一種の身しか得ず、解脱できなかったのです。生死のことは長く深遠です。ただ福が要です。福の種を撒くことはできます」
 それを聞いたスダッタは、悲しい感傷にひたった。
 測地がおわり、精舎を建てることになった。仏のために窟を作るには、妙なる栴壇木を用い香泥を塗る。別房に住まわれるのだ。千二百の鳴り物を用意し、準備は整った。
 仏の来訪を請おうとして思うには、国王にお知らせしていただこう、もし申し上げねば、怨まれるかもしれない、と。
 そこで王のもとに行き言った。「世尊のための精舎が完成しました。願わくば大王、使いをやって仏をお招きください」
 王はそれを聞き入れて王舎城に使いをやり、仏と僧を招いた。世尊は教団の人々に前後を囲まれ、大光明を放ち大地を震わせながら舎衛国をたち、全ての客舎にとどまっては無数の人々を済度した。段々、舎衛城に近づいてくると、一切の大衆が供え物を持って世尊を出迎えた。世尊が国に至ると、広場で大光明を放ち三千大千世界を遍く照した。足指が地に触れると、地は皆震動した。城中では伎楽がなされ、太鼓はみな自ら鳴った。盲人は見えるようになり聾者は聴こえるようになり唖者は語り背虫は伸び瘤は消え様々な障害が癒えて皆が満足した。老いも若きも男も女も、この瑞応を見た者はみな歓喜踊躍した。仏の所に詣でる者、百八十万人、ひしめくようにあつまってきた。
 世尊は病に応じて薬を与えるように、祝宴に応じて妙なる法を説いた。みなが道を得て、それぞれ須陀洹から阿羅漢になった。ある者は因縁によって辟支仏となり、ある者は無上正真道意を得た。みな歓喜して仏の言葉を奉じたのだった。

 仏は阿難に告げた。「今、この園地はスダッタが買い、林樹と華菓はジェータ王子が所有する。二人は心を同じくしてともに精舎を建てた。まさに、太子祇樹給孤独園の号を与えよう。その名を流布し、後世に伝えるのだ」
 阿難と教団の四部衆は仏の話を聞いてありがたく承ったのだった。

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