賢愚経巻十 優婆斯兄所殺品第三十九

 このように聞いた。
 仏が舎衛国の祇樹給孤独園にいた時、王舎城(ラージャグリハ)に二人兄弟の商人がいて、同じ所に一緒に住んでいた。
 兄が長者の娘を妻にしたいと申し出たが、その娘はまだ幼く、結婚には適していなかった。兄は沢山の品物を結納としてわたし、遠く他国へと交易に出た。長年そこに滞在して還らず、娘は大きくなって嫁に出せるようになった。
 長者が商人の弟に言うには「あなたの兄は遠くに行って還ってきません。あなたのお嫁さんにしてくれませんか」
弟「とんでもない。兄が生きているのに意に反することなどできません」
 そこで長者が縷々説得したが、弟の意思は堅固で変えられず、長者はやむを得ず嘘の手紙を書いて商人に託した。それは兄の死亡を告げる内容で、弟は兄の死を聞いて愕然とした。
 長者が弟のところに行き言った。「あなたの兄はすでに死んでいます。娘のことはどうすべきですかな。そなたがめとらなかったのは余計な思いがあったからではうりませんか」
 弟は迫られて娘を妻とした。
 しばらくして娘は懐妊した。
 兄がその後、他国から還ってきた。弟は兄の帰国を聞き、慚愧の念に堪えられず舎衛国に逃亡した。弟の失踪が発覚して、親友たちはその婦人の腹のことを心配し、胎児を堕ろさせてしまった。
 このようなことがあり、弟は仏の前に出て慙愧を述べ、出家を願い出た。仏はその済度すべきことを知り、即時に聴講を許した。仏のおかげで聴講を終え、沙門となった。名を優婆斯(ウパーシ)とし、律行をよく保ち、精勤して怠けなかった。時宜よろしく阿羅漢道を得て、六神通に通達し、衆智をそなえた。
 さて、兄は家に帰り着くと弟がすでに女を妻にしていたと知り、嫉妬心が内に燃え上がり、追いかけて殺そうとした。探し求めて舎衛国に来たが、瞋恚の煩悩はますます盛んになり、弟の頭を取った者には賞金五百両を与えると告知した。
 一人の男が応募してきて頭を取ると言った。兄は金を出し、その人を雇った。そこでともに進み、舎衛国について坐禅・思惟している弟を見つけた。
 そこで請け負った者は慈心を抱いた。「もしこの比丘を殺さなかったら、金は奪われるだろう」
 そこで弓で射ようとし、引き絞ってかの比丘に矢を向けたが、放った矢はその兄にあたった。兄は怒りつつ、憤懣の中で死んだ。
 のちに生れ変わって毒蛇となり、弟の家の中に住み着いた。毒心いまだ消えず、害そうと思ったのだ。戸はしばしば開閉され、蛇は身を挟まれて死んだ。
 その後、まだ改心せず、願によって小形の毒虫に生れ変った。弟の家に住み、坐っている所を刺そうとした。家の隙間からその頭頂に落ち、毒は激しく比丘は即死した。
 その時、舎利弗はこれを見て仏の所に行き言った。「あの死んだ比丘はそもそもどういう因縁で道を得、毒によって死んだのでしょう。世尊よ、お教え下さい」
 仏は舎利弗に告げた。「よく聴きよく考えるのです」

 はるかはるか昔、辟支仏が世に現れた。山林に住み、その志によって修行して辟支仏になったのだ。さて、猟師がいて、計画を立てて準備し、獲物をつかまえようとしていた。そこを辟支仏が驚かせて禽獣を逃がし、猟師に捕らえられなくした。猟師は怒り、心が煮えたぎるあまり、毒矢で辟支仏を射た。辟支仏は心から猟師を憐み、悔悟させようと神足通をあらわして虚空に飛び去り、あるいは、伸びたり縮んだり、出没自在の神足変現を見せた。
 猟師はこれを見て心から敬い仰ぎ、恐怖して自らを責めて誠心誠意あやまり、哀れみを求めて懺悔した。辟支仏はその懺悔を受けてから毒によって死んだ。猟師は命終ののち地獄に落ち、地獄を出ても五百世の間、いつも毒で死んだ。

仏「今日にいたり阿羅漢道を得たが、なおまた毒虫によって命を断たれた。悪意を起こしてすぐに懺悔し、来世に聖師に会って神足通を得たいと誓願したからである。それゆえ今、私に会い、おかげで道法を得たのだ」
 そこで舎利弗と会衆は、仏の話に歓喜し、うけたまわったのだった。

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