お好み焼きじゃない日、牛の時雨煮、雨が上がるといいな
「この肉、貰ってくれ」
そういうと、彼は1キロほどの肉塊を僕に押し付けて、どこかに帰った。赤身の中に脂のほどよく入ったいい肉だ。なにしろ、僕が業者から買い付けて彼に渡したものなのだから間違いない。芯温58度くらいにたっぷり時間をかけて焼き上げ、バターやフォアグラみたいな脂っけの強いソースを合わせてやると素敵に美味い。かみしめるほどに赤身のうまさが広がる塊肉、サマートリュフなんかを合わせてやるともう、いうことがない。
彼と僕は料理友達で、それぞれの得意ジャンルは異なっている。僕は肉や魚、野菜といった「素材」が前に出る料理を得意とする一方で、「粉もの」はあまり得意ではない。パン焼きや製麺、あるいはクッキーやケーキなんかに代表される製菓は明らかな僕の苦手ジャンルだ(厳密な計量が必要なジャンルは難しい!)。もちろん、根源的なところまで煎じ詰めればこれらは同じく「料理」なのだけれど、それはジャズもファンクもヒップホップも「音楽」である、くらいには乱暴な話で。ラッパーはファンクギターを弾けないし、ジャズドラマーはDJプレイができない。僕たち二人に共通する興味事項は「お好み焼き」で、仲良くなったきっかけは以前僕が描かせていただいたこちらの記事だったと思う。
お好み焼きは「粉もの」と「素材もの」(そんな言葉があるとすればだけれど)のちょうど中間に位置する料理で、豚肉の火入れからダシの調合具合まで実に奥が深い。でも、人生には「お好み焼きでは済まない日」といったものもある。そう、例えば誰か大切な人を家に招いて、肉にジャストな火を入れてみせなければいけない日。塊肉から一番上手に焼けば部分を取り出して、一等良いワイングラスと一緒にテーブルに並べる日。
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