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恋をした人びと

「なんでそんな常識的なことばかり言うんだよ」
「おまえが非常識なことを言ってるからだよ」

 むかしから、「誰にも相談しにくい」類の相談をされることが多い。お金回りが本当にしんどくなったとか、想定外のタイミングで子どもが出来てしまったとか、不動産屋とモメたとか、事業が上手くいかないとか。逆に言うと、「ちょっと吐き出させて欲しい」みたいな相談を受けた記憶がほとんどない。いつも、僕に持ち込まれる相談はシリアスでめんどくさくて、あまり聞きたくないことばかりだ(同情するとお金を渡すことになる場合も多い)。恋愛相談なんてほとんどされたことがないし、「相談相手を間違えた」と叱られてしまったこともある。まぁ、そうだろう。僕は若者の恋愛相談に向いた人間じゃない。自覚くらいあるんだ。

 なので、10年ぶりくらいに見る名前がスマートフォンに表示された時はちょっと身構えた。彼と最後に喋ったのは、僕がまだガラパゴスケータイを使っていた時期で、確か彼は建設系の大手に就職して「まっとう」な人生をやっていたはず。僕が新卒で勤めていた金融機関に在籍していたうちはちょいちょいと連絡をくれたけれど、退職以後は一度も連絡はなかった。
 伝え聞くところによると、結婚して家を建て、子どもを育てているはずだった、何人かは知らないけれど。新卒で就職し、妻子を持ち家を建てる。たぶん、子どもに犬か猫を飼って欲しいとせがまれているか、あるいはもう飼っているんだろう。猫一匹養う甲斐性もないのでイシガメとオイカワとアメリカザリガニを飼っている僕とは全く違う、どこからどう見ても「まっとう」な男。そんな人間が急に僕と喋りたくなるなんて、碌な用事であるわけがない。

 でも、電話には出た。なんだかんだ言って、僕も懐かしかったのだ。そんなに多い回数じゃないけれど、一緒に麻雀も打ったし酒も飲んだ。ある時期ちょっと気が合って、なんとなく疎遠になる。そういうのはいいことだ。感じのいいやつだった、そんな覚えはある。

「電話では話しにくい」
「念のため聞くけど、宗教勧誘とかよくわからない儲け話の類とかじゃないよね?」
「そのどっちでもない」
「家を売ろうとしたら不動産屋とモメたとか?」
「いや、そういうのじゃない。すごく個人的なこと」
「なるほど、いいよ」
「学生時代よく飲んだ店で話したいな、あそこなんて店だっけ、いつも学生がうるさくて焼き鳥がカリっとして美味いあの…」
「たぶん”鳥安”だな」
「いいね、学生に戻った気分で飲みたいんだよ。付き合ってくれないか、急だけど」

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発達障害ライフハックのような実用文章ではなく、僕がライフワークとして書きたい散文、あるいは詩に寄っていくような文章を書いております。いろいろあって、「善い文章」を目指して書くようになりました。ご興味ありましたら是非。

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