安くて感じのいいイタリアン、今日は贅沢しちゃったね、バナナのラム酒煮
妻と暮らすようになってから、あるいは人生において金のある時期は多くなかった。大体の時期はなんとか家賃を払って、時々は電気が止まるまでの余裕があと何日あるか数えたりもした。米が尽きてくると不安になったし、傘を紛失するたびに500円を後悔した(これがまた実によく紛失するのだ!)。それでも娯楽のない人生に僕たちは耐えられないから、たまにはうまいものを食いに行ったりもした。学生時代はアルバイトで稼いだ金で急き立てられるようにレストラン通いをしたものだけれど、それを過ぎれば田舎者コンプレックスや教養コンプレックスもすっかり影をひそめるようになって、僕たちは東京の真ん中から大分外れた繁華街のそのまた外れ、階段を登った二階にある安くて感じのいいイタリアンに通うようになった。
オススメワインボトル1本が赤も白も1600円。今思い出しても、あの店はいったいどこから利益を出していたんだろう? 鮮明な記憶として思い出せる。その日、僕らにはちょっとした臨時収入があって、それは牡蠣の季節が始まる頃だった。だから、僕らは生だったり焼いたり蒸したりした牡蠣を腹いっぱい食べてワインを飲んだ。うにのパスタに鶏の煮込みまで食ってやった。ボトルを二人で三本空けて、会計は12000円に達していなかった。腰の曲がったおかみさんは洗いこまれたテーブルクロスや、すっかり茶色くなった壁紙、酔った足で踏み込まれた滑らかな床と同じように長い長い年輪を感じさせる声で
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