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さよなら、オヤニラミ

 タフで飼いやすくて良く馴れて、しかも可愛いペットが欲しい。でも、お金はない。そんなことを悩み抜いて、僕はオヤニラミを一匹買った。確か、ペットショップで600円くらいだったと思う。それからこの60センチ水槽は侵犯され得ぬ彼の領土となり、時々は「生き餌のメダカを入れろ、固形飼料は嫌だ」みたいなハンガーストライキを起こしたりもしたけれど、僕とオヤニラミの関係はずっと良好だった。僕が水槽の前に来るとオヤニラミは水槽の中でひれをいっぱいに振り回して、エサを寄越せとアピールした。とても可愛かった。

 彼がうちに来たのはもう7年近くも前のことで、その時既に成魚だったことを考えると随分長生きしたものだ。その頃、僕はまだ非正規雇用のサラリーマンに戻ったばかりで、本当にお金がなかった。オヤニラミがめだかを食べたいように、僕だってお肉が食べたい。たまにはワインだって飲みたい。ミナミヌマエビは食べたくないけれど、甘エビくらいは食べたい。そういうわけで、僕は給料日になるといそいそとペットショップに行って、オヤニラミのための餌用メダカ20匹セットを買ったものだ。自分だけ串カツを食べて帰るのは、なんとなく魚に後ろめたかった。

 あの頃は本当に、お金がなかった。暖房代すら事欠いたし、僕が仕事に出ている間(もちろん妻も仕事には出ていたのだけれど)妻は家の中でコートを着ていた。そんななかで、オヤニラミの存在は数少ない生活の彩と言えるものだった。これは不思議なのだけれど、オヤニラミはとても頭が良い。そして、「エサをねだる」ではちょっと説明しきれない、じゃれつくような馴れ方をする。考えてみれば、この傾向は肉食動物全般にあるかもしれない。猫だって獰猛な肉食動物だ。捕食と親愛は思った以上に近いものなのかな、みたいなことを考えさせられた。捕食性の弱い魚はあんまりこういう馴れ方をしないし、オヤニラミは本当によく馴れる魚だ。それこそ、猫や犬みたいに見えてくる。

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発達障害ライフハックのような実用文章ではなく、僕がライフワークとして書きたい散文、あるいは詩に寄っていくような文章を書いております。いろいろあって、「善い文章」を目指して書くようになりました。ご興味ありましたら是非。

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