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61際の食卓(16)おにぎり屋さん起業に向けて:米の選定

店内改装は順調に進んだが、おにぎり作りについてはなかなか具体的なイメージが湧かなくて困り果てた。第一の難関は米の選定で、10種以上の米を試したが、なかなか決まらなかった。

なぜ決まらないかというと、店はオール電化といえば聞こえが良いが、要はガスを設備していないため、米を電気釜で炊くより他ない。電気釜は1升炊き・2升炊きの2種を購入したが、目一杯炊けば、米自体の重量で、下半量の米粒が潰れてしまうことに気づき、8分目で炊くようにした。

それでも米は粒立ちしないので、堅く炊きあがる品種を探した。米マイスターと称する米屋さんを訪ね、まず粒が大きく美しいと感じられた新潟の新之助を購入し、次いで相談して選んだ三種は山形の雪若丸、福井のいちほまれ、佐渡のこしひかりである。いづれも粒立ちして品質が高いことを実感した。だが、堅さを優先するとふっくら感に欠ける。おにぎりは冷めてから提供することもあり、選定時期が真冬であったため、半露天の当店の保管温度は5℃を切っている。おにぎりは冷蔵保管しているも同然で、とかくボロボロした食感になってしまうのだった。

更に市場のつてでお米屋さんを探し、質の良いブレンド米を敢えて9分搗きしたもので試したが、ブレンド米で確信が持てず決定には至らなかった。こうした米選定の試行錯誤の中で、私自身が追い求める米の味に次第に気づいていくことになる。実は私が当店に勤めて以来30年、食べ続けていたのは魚沼産こしひかりであった。それは前店主の故郷魚沼の米で、彼女は毎朝家で大きなおにぎりを握ってきて、私はそれを昼飯としていた。それ以前は米に全く関心がなかった自分だが、そのおにぎりは美味いと素直に思った。気温の低い日高い日に左右されることなく、餅のような粘りがあり、適度にハリがあり、粒立ちがよく、塩鮭になじみ、ひきたて、満足感を与えてくれる米。毎日、そして長年食べ続けたおにぎりは、私にとって米の旨さを原体験させてくれた “母の味”であった。自分が求めている味に気づいたのなら、ここは素直に従うのが正解であろう。米屋行脚を続けて3ヶ月、結局、地元築地の米屋さんで魚沼産こしひかりを注文し、決着をつけた。

研いで1時間おき、水をほんの少し減らし加減にし、炊くときは早炊きモードに…。炊きあがったら10分はそのままにして少し釜の温度を下げた後、保温を切り、米を潰さぬように上下を均等に混ぜる。あるいは飯台にあけて切るように混ぜる。仕入れに立ち寄る飲食店さん達にアドバイスをいただいたが、皆さん、夏冬で炊き方や水加減を変えるなど工夫しているようである。炊きながら経験値を増やしていく。自分は未だ序の口である。

次の課題はおにぎりの握り方で、さらに混迷を極めていくこととなる。


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