『竜馬がゆく』を読んで、勝海舟に興味を持ったから調べてみた

今、『竜馬がゆく』を読んでいます。

司馬遼太郎が書いた名作で、もう何十年も前に出た小説だけど、いまさらながらに読んでいます。

ほぼノンフィクションのため、作中で出てきた人物をネットで調べたら色々出てきて面白いです。個々の人物の歴史ももちろんだし、観光地としても沢山残っています。小説が進まず脱線しまくっているけれど、面白すぎます。調べながら読んでいると、幕末にどんどん詳しくなっていくし、小説の理解も深まってきて竜馬の世界にどっぷりはまってしまっています。

ネットで調べるだけでなく、次に日本を旅するときの楽しみも増えていっています。

この小説のなかで、竜馬に多大なる影響を与えた人物として勝海舟が出てきます。竜馬がのちに海援隊をつくることになったのはこの勝海舟の影響が多分にあります。作中でもなかなかクセのある人物に描かれていますが、逆にそれが魅力で唯一無二の存在になっています。私も非常に魅かれています。

そんな勝海舟の生きざまを調べてみました。色々な逸話が残っているのですが、私の印象に特に残った3つについて書きます。

1.3000ページの辞書を書き写す。2部も。

勝海舟の生まれは貧乏であり、若い頃は本を買うお金がありませんでした。これからは西洋諸国の知識を得ていく必要があると感じた勝海舟は蘭和対訳辞書を読もうとしますが、今の値段で数千万円もしました。

こんなお金を払えない勝海舟は、この辞書を安い金額(といっても数百万円…)でレンタルして、すべてを書き写してしまいます。しかし、1部だけ書き写してもレンタル料を払えないので、もう1部写してそれを売り払いレンタル料にあてました。2部写して売るという考えも商売根性があると思いますが、そもそも3000ページもある本を書き写す根性が凄すぎます。それを2部で6000ページ!

これくらいやるのは当然という感覚があったから、歴史に残る偉人勝海舟が生まれたんだと感じます。すごすぎ。

2.江戸城の無血開城

1868年に、江戸幕府が鳥羽・伏見の戦いに敗れて、逃げる江戸幕府とそれを追う西郷隆盛。

西郷隆盛は江戸総攻撃へ向かいます。このまま行ったら、江戸が修羅の世界に変わってしまいます。北斗の拳のような廃墟だけのモヒカンしかいない世界…。ということはないでしょうが、数多くの命が奪われ、外国との貿易や経済という意味でも大損害が生じてしまいます。そこで勝海舟は、西郷隆盛を説得して、江戸城の無血開城に成功しました。

この結果、江戸150万人の命が救われました。もうこの時の江戸幕府は遅かれ早かれ時代に飲み込まれる運命にあったと思います。そのなかで、時代の犠牲になりそうだった何万人もの命を救う。武力や医療でなく、言葉で何万人もの命を救った勝海舟は時代に残る英雄です。

3.最後のことば「これでおしまい」

勝海舟は1899年に亡くなりました。家で風呂上りにブランデーを飲んでいたときに意識を失いました。脳溢血だったそうです。

倒れてから2日後に亡くなったのですが、病棟で言った最後の言葉がこの言葉です。

死ぬことは夢から覚めたときのようなものと語っていた勝海舟。自分の価値は自分で決めろ、何かを成し遂げるには愚直でなければならないとも言っていました。

人生とはなんなのか。

「これでおしまい」

この一言に、勝海舟の人生観が集約されているように思えます。

以上です。

勝海舟という人物はこれ以外にも沢山の逸話が出てきます。武力(刀の腕前も相当だったようですが)でなく政治力で幕末に活躍した人物で知れば知るほど興味深い人物でした。

『竜馬がゆく』はまだ読んでいる途中なので、これからも面白い人物や逸話が沢山出てくると思うと、楽しみです。

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