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省察研究その13「肌感覚で生きる」

【学年カンファレンスを受けての省察】


 M先生のお話してくださったことがとても胸に残っている。こどもたちは、きっと肌感覚というか大人にはわからない第六感のようなものでつながりあっている。子どもだけの世界ってあるんだろうな。これ以上言ったらいけないな、というのがきっとわかるのだろう。

Hさんを見る中で、私が子どもたちに求めていたことって本当に突き詰めていってよいのだろうか。


 A先生が、Hさんが本当に毎日幸せそうにしている、と話して下さった。今、Hさんは幸せなんだ。彼やクラスの子どもたちにこれ以上を求めるのは、担任のエゴなのかな。ちょっとこれからの方向性がわからなくなった。
 

学校で教師ができることってなんだろう。学校で学ぶ意味は自分の中で持っている。でも、そこに教師って必要なのか。

そこに教師の願いは必要なのか。子どもたちが考える世界が正義であって、教師の理想は毒にもなるじゃないか。


自分の根底には、人は育つべき時がきたら勝手に育つ、という考えがある。研究授業の授業者を任されたことで、自分が本来持っていた考え方と真逆を行っている。いつのまにか自分が中心になっていないか。勝手に彼らの成長した姿を想像し、そこに近づけようとしてないか。Hさんやクラスの子どもたちが今伸びているもの、伸ばしたいと思っているものに焦点を当てて共に考えていった方がよいのではないか。
 


Hさんが抱える課題。それは、改めて担任が言わなくても、本人をはじめ、子どもたちは感づいていることではないのか。それをわかった上で生活している彼らの方がずっと先を見て生きている。

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