見出し画像

ヒト

僕は僕のことを思い出せません。

どうしてここにいるのか。
どうしてこの名前なのか。
どうして苦しいのか。

全く分からないのです。

きっと忘れちゃっただけだけど、
記憶の真ん中に大きな穴が空いていて、
きもちがわるいのです。


「たった3秒前、君は君だった。」

「僕はずっと僕だよ。」

「じゃあ君はどこへ行ったんだい?」

「僕は、」


・・・


気づかないんだ。

気づいたとて、すぐに忘れる。


僕は魚なのだから。



口から出る泡ぶくは、

僕の描く幸せの色をしていて、

海面から顔を出すとすぐにはじけた。


「僕は僕のことを思い出せません。」

「名前や性格を思い出そうとすると、
あたまが痛むんです。」

「深海に沈んでゆくほど、
息が苦しくなって、でも、
それすらも忘れてしまうんです。」

「僕には何も残らないのでしょうか。」

「きっと魚なのです。ほら、魚はたった3秒で記憶をなくしてしまうのでしょう?だから僕は魚だ。」




いっそ魚になってしまえたら、

いずれ人間を忘れ、

水槽の壁を忘れ、

釣り針にかかった口の痛みも忘れ、

誰かのお腹を満たし、その誰かは生きて、

きっと幸せだろうに。

曖昧だなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?