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【支援論】「死にたい」ではなく「消えたい」という子どもに寄り添って【川口正義(独立型社会福祉士)】

自分を傷つける子ども。引きこもる子ども。性的虐待をうけた子ども。夜の世界で働く子ども。さまざまな子どもたちに寄り添ってきた川口正義(まさよし)さんは「正論は何の役にも立たない。人を支援することは自分自身が問われます」と語る。連続講座スロージャーナリズム、第4回は「子どもの命をすりつぶす社会~私たちが問われていること~」をテーマに川口さんに伺います。

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こんにちは。川口正義です。この写真はハロウィンの時期ですね。この格好で生活困窮家庭への家庭訪問に回ったら「かわさん、頼むからやめてくれ!」と言われました。けど、しんどい状況のなかで一瞬の笑いをもたらすのがソーシャルワーカーの役割ですし、僕はリラックマをこよなく愛しています。

子どもたちからは「かわさん」と呼ばれています。静岡県静岡市で子どもと家族の相談室「寺子屋お~ぷん・どあ」を運営しています。その他にスクールソーシャルワーカーの活動や一般社団法人てのひらの運営など、子ども・家庭・女性の貧困にまつわる支援活動を行っています。

僕は1956年に静岡県清水市(現:静岡市)で生まれました。大学を卒業したあとは船を設計をする仕事に就きましたが、思うところがあって福祉の大学に入りなおして、宮城県の児童養育施設で働くことになりました。

施設では家庭崩壊によって傷つけられた子どもと、社会からの偏見・差別を受けている親たちと出会いました。ここでの経験から子どもや家族を地域の中で支援する必要性を痛感して、32歳のときに施設を辞めて故郷の静岡で子どもと家族の相談室「寺子屋お~ぷん・どあ」をひらきました。子どもと関わる仕事をして40年近くたちます。

一生懸命に生きる人が泣かない世の中を作りたい

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「かわさんって、いつも怒っているよね?」とよく言われます。僕は微笑んでいるつもりですが、改めて考えると2つの憤りを抱えています。ひとつは、子どもや若者が未来に希望を抱くことができない「日本社会」に対して。もうひとつは「一生懸命に生きる人が泣かない世の中を作りたい」と思いながら、ふがいない自分自身に対する憤りです。

頭でっかちの自分をなんとかしたくて、ずっとあがいてきました。寿町のドヤ街に泊まり込んで、路上で寝ている人が死なないように運動家と一緒にいろんなことをしました。インドのカルカッタに渡ってマザー・テレサの「死を待つ人の家」と「PREMDAN(障害者施設)」にも行きました。そこで何かを学ぼうとしましたが、自分自身の傲慢さを再認識することしかできませんでした。そうやってあがき続けてきたし、いまもあがいています。そんな僕から、この講義を聞いている皆さんに質問をしたいと思います。

どんな「こども」と出会ってきましたか?
どんな「おとな」と出会ってきましたか?
あなたはどんな「おとな」になりたいと思っていますか?

すでに大人になっている方は、自分の子ども時代に出会った「こども」を思い返してください。

他者を「理解する」or「支援する」とは?
そのために必要なのはなんでしょうか?
それを身につけるにはどうすればいいのでしょうか?

この講義を聞いているあなたの立ち位置について伺います。

あなたはこの社会のどこに所属していますか?
いかなる立場で社会を変革していきたいと思いますか?

そんな問いかけへの答えを一緒に考える話をしていきたいと思います。

出会ってきた子どもたち

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僕が関わってきた領域は【教育】【子ども家庭福祉】【精神保健福祉】が中心です。学校教育をめぐる問題やライフサイクル全般の問題。機能不全からくる家族の問題。アディクション(嗜癖・依存症)の問題。トラウマ(心的外傷)や喪失体験から引きおこる心の問題などです。

傷つけられて居場所を喪っている子どもたちに「あなたは存在する価値がある」ということと「人間と社会を信じることができる」ということを伝えたいのですが、どうすれば伝わるのかわからずにいます。僕が取り組み続けている課題です。僕がこれまでに出会ってきた子どもたちのことを、守秘義務に気をつけながら話をしたいと思います。

「私は濁流で溺れそうなのに、どうして飛び込んできてくれないの?」

自殺未遂を3回した女の子から言われた言葉です。当事者は濁流に溺れていて、僕を含めた支援者は「流木につかまれー」「浮き輪につかまれー」と言いがちです。けど、彼女からすると「なんで濁流に飛び込まないの?」「なんで安全なところから偉そうなことを言うの?」というわけです。僕は専門職は濁流に飛び込むべきだと思います。濁流に入っても溺れないための専門性ではないでしょうか。濁流に飛び込むか、安全なところで理屈を投げかけるか、みなさんはどちらですか。

「あいつも俺を傷つけて通り過ぎていくんだ…。けど、あいつだけは違うかもしれない…」

いじめられて引きこもる青年の家に2年間通い続けたときのことです。毎週同じ時間に彼の部屋を訪ねていたのですが、その日は別の用事が延びて5分ほど遅れてしまった。部屋の扉をあけると4畳半の部屋のなかで血が付いた包丁を握りしめていて、腕には血だらけの傷が複数ある。「遅れてすまない!」と声をかけると、僕の顔を見て包丁を置いて「1分間に1回切ったよ!」と言いました。彼はなぜ腕を切っていたと思いますか?想像してみてください。

僕の仮説ですが、彼はアンビバレントな感情にあったのだと思います。「あいつも自分を傷つけて通り過ぎていく」という気持ちと「あいつだけは違うかもしれない」という気持ちの間で、揺れ動きながら相手を試す行動をするんです。引きこもる人の心の奥底にあるもの。それはなんでしょう。

「夜の世界で殺人以外は全部やってきた」

僕の活動をテレビでみた女の子から「会ってみたい」と連絡をもらいました。その子は夜の世界で生きていきて「殺人以外は全部やってきた」といいます。たぶん、本当のことでしょう。話をする中で僕から質問をしました。「あなた達に必要なサポートってなんだろう?」そう聞くと、ニコッと笑って「てのひらだよ」といいます。

昼の世界からはじき出された彼女たちは、夜の男たちは身体が目当てなことも、売り飛ばされることも、搾取されることもわかっています。けど、その手がなかったら生きられない。「かわさんは昼の世界の住人だよね。そのかわさんが私たちに差し出すてのひらは?」と、彼女から宿題をもらいました。「てのひら」とはなんなのか。僕が法人を立ち上げるときに「一般社団法人てのひら」と名付けたのは、彼女からの宿題を忘れないためです。

自己責任論と家族依存社会が子どもを追い詰める

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紹介した彼や彼女は負け組なんでしょうか。社会的な価値のない人間なんでしょうか。自分とは関係のない世界のひとでしょうか。

今の世の中は「自己責任論」と「家族依存社会論」がはびこっています。スタートラインに立てない人に自己責任を問うのはおかしいし、しんどい思いをしている人の多くは家族にも余裕がありません。だから行政も政治もおかしいと思っています。

子どもたちは「死にたい」とは言わずに「消えたい」と言います。僕の仮説では、子どもたちが喪っているのは【①自らの未来への希望】【②自分を取り巻く世界への信頼】【③この世は生きるに値するという思い】の3つです。ひとりぼっちで誰とも繋がっていないし、社会から取り残されて、居場所がないと感じているようです。

子どものお葬式に出たことは何度もあります。「最後にかわさんが関わってくれてよかった…」とご家族は言ってくれますが、そのたびに僕は十字架を背負うような気持ちです。無力感、不全感、挫折感、勘違い、後悔、贖罪感、自責感、自惚れ、無力感を40年間ずっと感じてきました。「少しはまともなことやったかな」と思えるのは1年に1回くらいです。

支援とは当事者の前に在り続けること

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さまざまな生活課題を抱えている当事者は2つの自問的命題を抱えていると思います。「なぜ私なのか」と「この出来事は私の人生にとっていかなる意味があるのか」ということです。このナゾ解きをしたいと思っているのではないでしょうか。

支援とは専門職が当事者を支えることではありません。当事者が自分を支えるのを支えることです。当事者の秘めているストレングス(可能性)を信じて、当事者の前に在り続けることが大切ではないかと思います。

虐待とレイプの被害をうけた女の子が「私はバラバラにされてしまった。自分を取り戻すために一生懸命ピースを拾い集めているけど、どうしても1ピースたりないの。かわさんは専門職でしょう。残りの1ピースをみつけてよ」と言いました。

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僕には残りの1ピースがわかってしまいます。けど、僕が残りのピースを見つけてみせて「君が欲しいピースはこれだ!ほら、ぴったり!これで揃ったね!」としたならば、それは支援ではなく暴力です。

見つける力は本人のなかにあります。見つけようとする当事者に伴走するのが支援者です。支援者は神ではないし、スーパーマンではないし、勝手な采配をふるってはいけません。人の生き方は理屈通りにはいきません。当事者が有する日常生活世界を前にすると正論は何の意味もないのです。

僕の根本にあるスタンスは「Start where the client is(クライアントがいるところから出発する)」です。当事者に対して正直・誠実に生きようとするまえに、自分自身に対して正直・誠実にいきているか?ということを自分に問い続けています。

あなたにとって他者を「理解する」or「支援する」とは?
そのために必要なのはなんでしょうか?
それを身につけるにはどうすればいいのでしょうか?

マザーテレサは「愛の反対は無関心」だと言いました。愛は関係性の中に宿るので、関心を持たなければ何もうまれません。この講義を聞いている皆さんは、パソコンや先行研究レビューから学ぶのではなく、当事者が生きている日常生活の世界に入って関わってみてほしいです。

関わりを持つことや自分をひらくことは、今の時代は怖いのかもしれませんが、自分の根っこの感情に「いろんな世界と繋がりたい」という思いがあるのなら現場に出てください。みなさんにとって自分自身を生きるとはなんでしょうか。

<川口正義氏プロフィール>
児童養護施設勤務、横浜・寿町やマザー・テレサの施設でのボランティア活動等を経て、1989年に相談室を開設。2008年よりスクールソーシャルワーカー、 2012年に一般社団法人を立ち上げ「子ども・若者・女性の貧困」問題に取り組み、 現在に至る。東北福祉大学等で兼任講師。認定社会福祉士。

【MOVE ON 2020】スロージャーナリズム講座とは

スロージャーナリズム講座は、SOCIAL WORKERS LABと野澤和弘⽒(ジャーナリスト・元毎日新聞論説委員)との共同企画です。2020年度は「コロナばかりではない 〜この国の危機と社会保障・司法」をテーマに6回のオンライン講座を行いました。

「⻑い時間軸でなければ⾒えないものがある」
「当事者や実践者として深く根を張らなければ聞こえない声がある」
「世情に流されず、⾝近な社会課題を成熟した⾔葉で伝えていこう」

現実を直視し、常識をアップデートし、未来に向かって動き出すために。
これからの時代を⽣きるための基礎教養講座です。

 
SOCIAL WORKERS TALK2020「福祉の周辺」

SOCIAL WORKERS LABはさまざまな分野・領域の第⼀線で活躍しているソーシャルワーカーをゲストに招いてトークイベントを企画しています。
 
「”家族”に押しつぶされそうで苦しい」
「家族だから、家族なのに、家族って…」
「岸田奈美さんと石山アンジュさんの話を聞いてみたい」

SOCIAL WORKERS TALK 2020 vol.3 は「家族と福祉」。
いったい家族ってなんなんだろう。「拡張家族」という新たな家族観を 掲げて100⼈もの家族との⽣活実験を⾏ってきた石山アンジュさんと、愛とユーモアのある⾔葉にファン続出の作家 岸田奈美さんを迎えてトークイベントを開催。


SOCIAL WORKERS LABで知る・学ぶ・考える

私たちSOCIAL WORKERS LABは、ソーシャルワーカーを医療・福祉の世界から、生活にもっと身近なものにひらいていこうと2019年に活動をスタートしました。

正解がない今という時代。私たちはいかに生き、いかに働き、いかに他者や世界と関わっていくのか。同じ時代にいきる者として、その問いを探究し、ともに歩んでいければと思います。


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ソーシャルワーカーズラボは、これからの社会をつくろうとするソーシャルワーカーどうしが出会い、関わり合い、問い、学び合う社会実験プロジェクトです。noteでは、人口減少社会を生きるわたしたちに必要な社会観や働き方の先駆的な探求と実践についての記事を掲載しています。