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スロージャーナリズムについて | MOVE ON 2020 | Vol.0

長い時間軸でなければ見えないものがある。深く根を張らなければ聞こえない声がある。世情に流されず、身近な社会課題を熟成した言葉で伝えよう。スロージャーナリズム講座「MOVE ON」はSOCIAL WORKERS LABと野澤和弘⽒(ジャーナリスト・元毎日新聞論説委員)との共同企画です。2020年は計6回のオンライン講座を行いました。スロージャーナリズムは何を目指すのか、既存のジャーナリズムとは何が違うのか、野澤さんにうかがいます。

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こんにちは。野澤和弘です。私は36年間、毎日新聞で記者をしていました。現在は千葉県の植草学園大学で副学長兼教員をしています。知的な障害のある子どもの親でもあります。

記者としては、医療・福祉・教育に関する報道に取り組んできました。具体的には、子どもの虐待、いじめ、ひきこもり、障害者のこと、精神医療などを取材して記事にしてきましたが、これらの社会問題の深刻さを感じるにつけて「この国はどうなってしまうのか」ということを考えさせられていました。そして、これらの重い問題に目を向けない政府、報道しないメディア、関心をもたない社会に対して「もっと関心をもってもらいたい」と考えています。


当事者が情報発信の主体になる時代

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スロージャーナリズム講座「MOVE ON」は、ジャーナリズムに関心がある人はもちろん、もろもろの社会課題や社会保障、司法、子ども、発達障害、働き方、ライフスタイルなど、自分にとって身近なテーマに目を向けるひとにも参加してもらいたい講座です。

昨今は新聞が読まれなくなり、テレビも見られなくなりました。新聞社やテレビ局に属するプロのジャーナリストの存在も難しくなってきました。これからはジャーナリズムを一部のプロから解放して、多くのひとが情報発信の担い手になる時代です。そして、既存のジャーナリズムが報道しなかった切実な課題について、その課題に直面する当事者が情報発信の主体になるでしょう。


マスコミが見落としてきたもの

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この社会で起きていることの中には長い時間軸でなければ見えないものがあり、当事者や実践者として深く根を張らなければ聞こえない声があります。その中には、マスコミ業界にいるのでは見えない・聞こえてこないものがあります。

そうした声や身近な社会課題を世情に流されることなく成熟した言葉で伝えること。現場に身をおいて当事者の立場で発信をすること。利害関係の中に組み込まれている自覚をもち、自らの立場を明らかにしたうえで真相や真実に迫っていくこと。スロージャーナリズムとは、そういうものを目指したいと思っています。


ジャーナリズム批判から得た気づき

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既存のジャーナリズムに対して思うことはいくつもあります。不偏不党や中立公正を旨としながらも、傍観者の立ち位置からしか考えていないのではないか。速報性や客観性があったとしても、その内容は浅くて面白くない。権力批判こそが正義だと信じて疑わず、さらには権力批判の立ち位置に依存して安易に寄りかかっているのではないか。さらには、社内や業界内の評価や賞ばかりに目を向けて、業界内の内向きのゲームに興じてはいないか。

こうした考えを持つようになったのは、2014年の朝日新聞のある記事がきっかけです。ある記事とは、従軍慰安婦に関する朝日新聞の報道について、自社の紙面をつかって大々的に第三者委員会の報告を載せたものでした。この報告のなかで、国際政治学者の北岡伸一さんが「現在におけるジャーナリズムの責任」について6つのことを書いており、これは私にとって耳の痛い指摘でした。

①粗雑な事実の把握
②キャンペーン体質の過剰
③なんでも「政府VS人民」の図式で考える傾向
④過剰な正義の追及
⑤現実的な解決策の提示の欠如
⑥論点のすり替え

この批判は新聞記者として現場にいる私も、心のどこかで認めざるを得ないものです。この記事を切りとっていまも持っています。


スロージャーナリズムのあり方とは

私が考えるスロージャーナリズムのあり方とはなにか。傍観者の立ち位置ではなく当事者の立ち位置へ。その場ですぐに出す速報性よりも、あたためて長い時間軸のなかで捉えること。客観性よりも当事者性を大事にすること。業界内の評価や賞に目を向けるのではなく、業界的価値観を脱する物を目指すこと。主体的な自己認識に基づく主張を行うこと。

こうしたスロージャーナリズムのあり方を目指しながら、この国、この社会で起きている現実に目を向けたいと思います。

<野澤和弘氏プロフィール>
元毎日新聞記者。いじめ・引きこもり・児童虐待・障害者虐待などの調査報道に取り組診、退社までの11年間は社会保障担当の論説委員を担う。現在は植草学園大学副学長・教授。一般社団法人スローコミュニケーション代表。東大リアルゼミの主任講師。社会保障審議会障害者部門委員なども担う。



スロージャーナリズムを知りたい

スロージャーナリズム講座「MOVE ON」の内容の一部を紹介します。(講義の内容も順次掲載!)

●Vol.1 「地域共生」は最後の希望か(2020.10.14)
しぼんでいく社会の実相を覆い隠す看板か、それとも国家や社会のあり方を根本から変える画期的政策か。厚生労働省の地域共生社会づくり検討会委員の2人が本音で語る。若い世代が「地域共生社会」をつくる北海道当別町。奇跡のはじまりは20年前、ひとりの大学生が障害児の母と出会ったところにある。

●Vol.2 障害者と裁判~メディアが報じない真実(2020.11.4)
弱い人ほど救わず、弱さに乗じて厳罰化する――。まだ誰も障害者虐待を問題にしなかったころから、小さな弁護団の中心的存在として数々の虐待と闘ってきた。殺人や放火の容疑で訴追される障害者の裁判の知られざる真実。25年間、障害者の事件に取り組んできた弁護士が見つめる司法の虚像と可能性。

●Vol.3 「表現未満」という思想(2020.11.11)
行動障害はアートだ。優生思想を嗤え――。自傷他害、パニックなどの行動障害を起こす人は福祉の現場で敬遠される。過疎地の施設に閉じ込められ、身体拘束をされる。しかし、行動障害には理由がある。芸術的な意味がある。「やっかいもの」のように見られがちな重度障害者の支援に革命を起こせるか? 芸術家でもある母による孤高の挑戦。

●Vol.4 小さな命をすりつぶす社会(2020.11.25)
自分を殺したこども、誰かを殺したこども。継父に週3回セックスの相手をさせられていた女子。そんな子たちに40年以上も寄り添ってきた。児童相談所や婦人相談所は役に立たなかった。先生に助けてもらったこともない。風俗でしか生きられない子どもはたくさんいる。「社会保障なんて、負けている!」。自称・カワサンデル教授の白熱教室。

●Vol.5 間違いだらけの発達障害(2020.12.9)
学校現場で発達障害とされる子は10年間で3~8倍に増加。早期発見・早期支援を目指した発達障害者支援法だが、現実は早期分離するばかり。いじめや間違った支援のため、ひきこもり、触法行為などの二次障害を起こす子どもたち。適切な保育によって、子どもは変わる。社会も変わる。東大卒の福祉職の草分けによる奇跡の講義。

●Vol.6 東大を出て、福祉で働く(2020.12.23)
「やっと本物の社会につながれた気がした」。障害のある利用者に胸倉をつかまれ罵倒された時そう思った。東大を出て、福祉の現場で働く2人が語る。日本人の働き方は大きく変わる。AIが人間から労働を奪っていく時代、私たちは何のために働くのか、人間にしかできない仕事とは何なのかを考える。



SOCIAL WORKERS TALK2020「福祉の周辺」

SOCIAL WORKERS LABはさまざまな分野・領域の第⼀線で活躍しているソーシャルワーカーの方々をゲストに招いてトークイベントを企画しています。

■Vol.3 家族と福祉 2021年3月6日(土)14:00〜16:00



SOCIAL WORKERS LABで知る・学ぶ・考える

私たちSOCIAL WORKERS LABは、ソーシャルワーカーを医療・福祉の世界から、生活にもっと身近なものにひらいていこうと2019年に活動をスタートしました。

正解がない今という時代。私たちはいかに生き、いかに働き、いかに他者や世界と関わっていくのか。同じ時代にいきる者として、その問いを探究し、ともに歩んでいければと思います。



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