第一章(2)向こうの大陸

更新履歴
[2018/07/03]
・違和があったルージュの台詞を修正、誤記修正、一部追記
[2018/06/28]
・改行ルール統一
・一部表記訂正、誤字修正、追記

隣の町に最近建てられた離宮は、メルティ宮殿の名で呼ばれている。
現メルロマルク女王メルティ・Q・マルロマルクが即位された際に棟上されたからとも、彼女が公務の三分の一をここで行っているからとも言われる。
庭園の造成や一部の内装が未だ完了していないものの、濃い青灰色の御影石で作られた御殿はメルティの人柄も相まって地域住民にも親しまれている。

「つれてきたよ~」
両肩に尚文とラフタリアを担いだまま、フィロリアルのフィーロは謁見の間の重厚な扉を蹴り開ける。
この宮中でこのような無礼が許されるのは、恐らく”女王の友人(レディズ・コンパニオン)”であるフィーロだけであろう。
警護の兵も慣れたもので、扉の前から退避している。
「ごくろうさま、フィーロちゃん」
奥の間から現れた少女が、ねぎらいの言葉をかける。
フィーロは尚文とラフタリアを下ろすと人の姿になり、未だ幼さの残る女王の元に駆け寄った。一頻り笑顔でフィーロの頭を撫でた後、楽器の勇者でもある女王は尚文の方に凛とした表情を向ける。
「お久しぶりね、ナオフミ」
「ああ、一週間ほど砂漠でゴミ掃除をしてたからな。
で、要件はなんだ?」
「その件はこちらで」
そう言って奥の間に案内する。
「おお、イワタニ殿、お呼び立てしてしまい、申し訳ありませぬ」
奥の間では、メルティの父である杖の勇者ルージュが待っていた。
トーガとガウンを合わせたような変わったデザインの服を着ている。恐らく部屋着なのであろう寛いだ雰囲気だ。
彼が机の上に広げていた封書に、尚文は見覚えがあった。
「こっちにもその書簡が届いていたか」
「やはりイワタニ殿のところにも?」
尚文は机に歩み寄ると便箋を手に取り、裏面の印璽を確認しながら言った。
「ああ、昨日の夜に届いた」
メルロマルク文字で書かれた便箋の文章を確認する。尚文の元に届いたものと同じように見えた。
「入っていたのは、これだけか?」
「はい、イワタニ殿のところには別のものが届きましたか?」
「これと同じメルロマルクの文字で書かれたものが一枚、日本語=勇者文字で書かれたものが一枚、メッセージを再生する水晶柱が一本だ」
「ほう… 内容は?」
「まぁ、基本的には同じ招待文だ。表現に温度差はあったけどな。
音声の方は…ラフタリア、再現できるか?」
「はい」
主に乞われ、ラフタリアが今朝一度聞いたきりのメッセージをほぼ同じように再現する。脅威の記憶力だ。
「勇者文字で書かれていた方も、今のとほぼ同じ内容だ。もっと砕けた表現だったがな」
「ふぅむ」
ルージュは腕組みした手の片方を顎にやり唸る。
「現物は今、樹に読ませている。こちらに持ってこさせるか?」
「いや、それは後でもよいでしょう」
「しかし、あからさまに悪戯っぽいんだが、本物だと思っているのか?」
「イワタニ殿の話を聞き、放置は出来ぬものと確信し申した」
「?」
「勇者文字を『書き写す』ならまだしも『書き起こす』となると、この世界の者には無理でしょう。
となると可能性は四聖勇者か転生者、どちらにしても捨て置けませぬ」
「向こうの世界では標準的な文字になってるかも知れないぜ?」
「テアオワン、グラス殿の国の使者に確認する必要はありますが、その可能性は薄いでしょうな」
かつて樹と尚文の間で交わした日本語の走り書きを、グラスが読めずに聞いたことがあったことを思い出し、納得する。
「そもそも、何らかの罠に嵌める意図があるのであれば、『マオウ』を名乗るのが解せませぬ。向こうの世界の四聖勇者を騙る方がまだ現実味がある」
「そういえば向こうの世界の最後の四聖勇者の消息はつかめたのか?」
「それに関しても、少々気になることが…
グラス殿の話では、転生者に軟禁されているという話だったはず。じゃが、あの戦いの後に調べさせたところ、そのような形跡はみつかりませなんだ。
一方で調査に当たった影によれば、四聖勇者が『マオウ』の元に身を寄せているという噂があると」
「ほう」
「何れにしても、我々は向こうの世界を知らなさ過ぎる。
テアオワンともようやく連絡が付いたくらいでして」
最初の世界融合でメルロマルクとテアオワンは陸続きとなった。
しかし、その後の女神降臨、そして消滅の後に、尚文とラフタリアは精霊の力を借りて融合部の整理を行っている。
その結果、現在二つの世界は二つの大陸として海を隔てて陸続きにはなっていない。
「そういえば、グラスの国と交渉が再開とか書かれていたな。
何時からだ」
「今日の午後からです」
「俺も同席していいか?」
「勿論ですとも。
実は城へのポータル転送もお願いできればと思っておりました」
尚文は暫し黙考すると、メルティと一緒にメッセージの文字起こしをしているラフタリアとそれを退屈そうに眺めているフィーロに指示する。
「ラフタリア、フィーロ、連絡が取れる全ての勇者をメルロマルクの王城に集めてくれ。
連絡が取れない勇者には後からでも合流するように伝言だ」
「かしこまりました。ナオフミ様宛の招待状一式も持ってまいります。
村の留守は師匠とラトさんにお願いする、でよろしいでしょうか?」
「それでいい」
そうして、尚文とメルティ、ルージュは城へと飛んだ。

その日の夜。
メルロマルク城の円卓の間。
通常は貴族達が討議を行う部屋に勇者が集まっている。
討議は立って行うため円卓の周囲に椅子は無く、討議者と傍聴者を仕切る柵がある。背の小さい者達は、器用に柵の上に腰掛けていた。
集まっている勇者は15名。
剣の勇者:天木錬(人間:男)
槍の勇者:北村元康(人間:男)
弓の勇者:川澄樹(人間:男)
投擲具の勇者:リーシア(人間:女)
小手の勇者:フォウル(亜人:男)
爪の勇者:フィーロ(フィロリアル:女)
斧の勇者:みどり(フィロリアル:男)
鞭の勇者:ウィンディア(亜人:女)
船の勇者:ラフちゃん(???)
銛の勇者:サディナ(亜人:女)
鎌の勇者:キール(亜人:女)
刀の勇者:エクレール(人間:女)
鏡の勇者:クー(フィロリアル:女)
本の勇者:マリン(フィロリアル:女)

錬と樹は日本語で書かれた招待状をじっと読んでいる。
エクレールとリーシアはメルロマルク語の方だ。
サディナが水晶柱を手に持ち、再生されるメッセージを他の者が聞き入る。
元康がフィーロに近付こうとするのをクーとマリンが邪魔している。
そこに尚文、ラフタリア、メルティ、ルージュが入ってきた。
馬車と扇を除く全ての眷属器の勇者がここに揃った形だ。
「よくこれだけ集まったな、みんな暇なのか?」
「ナオフミ様、急ぎ集まってくださった皆さんに対して、それはないんじゃないですか?」
「フィトリアはね~ 遠くにいるからいけないんで、フィーロがちゅうけいしろって」
「ああ聞いている。じゃあクズ、進行を頼む」
「任されました。
勇者の方々、急なお呼び立てにお集まりいただき、感謝いたします。
招待状に関しては、ご確認いただけましたかな?」
数名を除き、うなずく。
「我々は先程までテアオワン、グラス殿の国の特使と面会し、向こうの世界に関する知見を得ておりました。
先ずはその情報を共有したいと思います」
メルティが説明を引き継ぐ。
「向こうの世界、いえ、これからは向こうの大陸と呼びます。
向こうの大陸の大きさは、こちらと大差ありません。
比較的湿潤で山地が多く、砂漠は少ないそうですが、世界統合により気候の変化が生じる可能性もあり、今後どうなっていくかは分からないそうです。
こちらの大陸と同じく大小多くの国がありますが、大国の指導者の半数以上が転生者だったため、女神メディアの消滅後は混乱の極みにあります」
「現状、多くの国が無政府状態らしい。まともに軍隊を運用する事もできないから、大規模な戦争になっていないのが不幸中の幸いだな。
グラスの国に関しては、周辺の小国で連合を作り対処している」
「シルトヴェルトやシルトフリーデンのような亜人中心の国は少なく、亜人を廃した人間中心の国もあるそうじゃ。
騒動の背景にはそういった種族間の軋轢もあるとご留意くだされ」
尚文とルージュが補足する。
「さらに大きな問題として、こちらの大陸から冒険者や盗賊などが向こうの大陸へ渡り、略奪や狼藉を働く事例も急増中とのことです」
「そりゃあ…」
「こちらの世界が知らぬ存ぜぬという訳には、いかなそうですね」
残念そうに言ったメルティの言葉に、錬と樹も顔を顰める。
「そして、こちらの大陸と向こうの大陸で大きく違う点が、魔物の力です」
「あっちにも魔物がいるのか、そりゃいるか」
キールが大き目の独り言を呟く。
「向こうの大陸では、こちらの大陸では獣人のカテゴリーの生き物も魔物として扱われているそうです。
そして、これが最も懸念すべき点なのですが、向こうの魔物たちは女神消滅後も大きなレベル低下が発生しておらず、こちらの基準で言えば平均Lv.120程度を維持しています」
「120?!」
「あらー」
「平均と言うことは、雑魚でも100はあるってことか」
「それでは、国同士で争っている場合ではありませんね。混乱に乗じて魔物が襲ってきたら防げないのでは?」
予想よりも大きい向こうの大陸の魔物の脅威に、キール、サディナ、錬、樹が口々に驚きと懸念の声を上げる。
「こちらの大陸の魔物に比べて向こうの大陸の魔物は統率が取れた組織的な動きをするそうですが、女神消滅後は目立った活動が確認されていません。
ただし縄張りの侵入者に対する攻撃は激しく、冒険者を中心に大きな被害が出ているそうです」
「他にどんな勢力があるのでしょうか? 例えば宗教とかは?」
それまで黙ってメルティの言葉を聞いていたエクレールが質問した。
「人間の間には、こちらと同じく四聖勇者、向こうでは崇四傑と呼ばれる勇者を祭る崇四教があるのですが、テアオワン周辺では三傑教の方が信者数が多いそうです」
「こっちの三勇教団みたいに四傑から一人欠けているのか?」
「はい、唯一生き残っているとされる四聖勇者、水晶の勇者と呼ばれている者が三傑教には含まれないそうです。この勇者の消息は掴めていませんが、『マオウ』に捕らわれているという噂もあります」
「ほう…」
「ですが、四年前に召喚された崇四傑が殆ど死んでしまったため、崇四教も三傑教も求心力が著しく下がっています。少し前まで女神メディアを崇める集団が急増していたそうですが、それも消滅と共に下火に。まだ一定数の狂信者がいて、各地で破滅的な行動を取っているそうですが」
「ったく、あのクソ女神は…」
「一部の人や精霊などを崇める集団もいますが、小規模なものばかりです。
その他の勢力として職業別のギルドや組合もありますが、混乱を治めるほどの力は無いようですね」
メルティがため息混じりに説明を終えた。
「で、今回の差出人である『マオウ』とやらは、どの勢力に属すると思われるんだ?」
「あと何で『マオウ』と書いてるんですかね? こっちの日本語、勇者文字では『魔王』と書かれているんですが」
メルティの説明が一区切り付いたところで、錬と樹が質問する。
「ふむ、それはイワタニ殿と話して、一つの仮説を立てておる」
ルージュの言葉と視線を受け、尚文は一歩前に進み出て話し出す。
「メルロマルク、いやこの大陸の人々が一般的に『魔王』という言葉で想像するのは、過去に悪魔を召還し猛威を奮った悪魔の王(デーモン・ロード)だろ? しかし向こうの世界、大陸では悪魔は殆ど存在せず、代わりに魔物の王(ビースト・ロード)を『魔王』と呼ぶそうだ」
「魔物達の王様がいるの!?」
俄然、ウィンディアが目を輝かせる。
「なるほど、メルロマルクの文字で『魔王』と書いて、悪魔の王様と誤解されないように、『マオウ』と書いたって訳ね」
サディナが感心したように声を上げる。
「未だこの差出人が向こうの大陸の『魔王』と決まったわけでは無い。
だが少なくとも、向こうの大陸からもらたされたものである事は、間違いなさそうだ。
その便箋の材質、目利きを働かせるとわかるが、こっちの大陸産ではない。
そして封蝋に練り込まれた香、これも向こうの大陸にしか無いものらしい」
「確かに、何だか不思議な嗅いだ事の無い匂いがするな」
尚文の言葉に、キールとウィンディアが封書に鼻を近づけて確認する。
ルージュは咳払いの後、改めて全員を見回して問いかけた。
「さて、ここからが本題です。
向こうの大陸の『マオウ』を名乗る何者かが、我々勇者を招待している。
その目的は何か? 皆様の意見を伺いたい」
ルージュの問い掛けに、最初に挙手をしたのはエクレールだ。
「これは陽動ではないでしょうか?」
「遠く離れた地に勇者達を呼び出して、その隙にメルロマルクまたは勇者の村を狙うか、なるほど」
錬が腕組みしたまま右手を口にやって頷く。
「しかし『マオウ』が村を狙う理由は何だ? こちらの大陸に拠点が欲しいなら、わざわざ村を狙って勇者と敵対するよりも別の小国なりを狙った方が確実じゃないか?」
「村が狙いとも限りません。最近不穏な動きを見せているフォーブレイと手を組んだ可能性は?」
「確かにその可能性は否定できませぬが――これほど不確かな餌ではこちらの行動も予測できますまい。罠としてはあまりに稚拙ですな」
「向こうの大陸に向けて兵を大きく動かすことを期待しているのでは?」
「王の護衛に大軍はいらないだろ? 外征に行くわけじゃなし」
「この馬鹿っぽい文章を読むと、簡単に攻め落とせそうな気がするけどな」
「でも平均Lv.120の集団ですよ?」
「余りにも情報が少なすぎて、検討に値しないな」
元康を除く四聖勇者とルージュ、メルティ、エクレールを中心に議論が交わされる。
「文面からすると、向こうの狙いは尚文さんですよね?」
「世界の代行者であることも知っているようだし、少なくとも表立って敵対するとも思えんのだが」
「かといって内容が怪しすぎて信用も出来ん」
「女性を前面に出した時点でナオフミは警戒しますから。罠にかけるなら、もっと損得に訴えるような形にすると思います」
「確かに兄ちゃんは女や食べ物に釣られるタイプじゃないもんなぁ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、ナオフミちゃんとラフタリアちゃんで行ってくれば? 二人ならどうとでもなるでしょ?」
口を挟んだキールに便乗するように、サディナが面倒そうに言った。
「お前、気軽に言ってくれるな…
ラフタリア、どう思う?」
「私は本物だと思っていますので、皆で行ってみたいです」
それまで黙っていたラフタリアの思い掛けない言葉に、場が一瞬沈黙した。
「ワシも、陽動の線は薄いと思っておる。私見では、これはイワタニ殿と我々に阿った行動でしょう」
その間を突くようにルージュは言葉を挟み、続ける。
「向こうはイワタニ殿が只の勇者ではなく世界の代行者である事も、我が国とテアオワンが交渉を再開する時期も知っておった。
例えば仮に『四聖勇者に関する情報を提供する』または『転生者を捕縛しているので引き渡したい』と書かれていたなら、罠だとしても行く前提で事を進めていたでしょうな。
この胡乱なアプローチは我々に直接的な行動を促すよりも、まさにこうして議論をさせることが狙いだとワシは踏んでおる。
話し合いと宴席では、釣るにも餌が弱すぎじゃろうて」
「なるほどねぇ」
「となれば、フォーブレイやシルトフリーデンなどと共謀しているとも考え辛く、ここに欺瞞や虚偽を書く理由が見当たらぬ」
集まった勇者たちに、かつて賢王と呼ばれた勇者の思考を理解できたものは少ない。だが彼の知性に対する信頼から、導き出された推論に異を唱える者はいなかった。
「強いて気になる点を挙げれば、移動に要する時間じゃな。
向こうの大陸まで帆船で移動する場合、天候に恵まれても片道一週間程。
四日間というのは、かなり早いですな。
まぁ、それも我が国の誇る魔道船と同程度。逆に言えば、我が国最新鋭の船と同等の速度の輸送手段を持っていると」
「さり気ない技術力アピールってとこか? 脅威と言うほどでもないが」
場の空気は、招待状の裏の意図を探る不毛な雰囲気から変わりつつあった。
「では、相手の目的は何でしょうか? 追従であれば、何か貢物とか持ってくるんじゃないですか?
宴会やるからこっちに来いって呼び出すとか、無視される可能性が高すぎですよね?」
「手紙にも書かれていた魔王が動けない理由が気にならなくもないが…」
「結局、手紙やメッセージの内容に嘘はないってことか?」
「はい。なので、私は表裏無く『会って話がしたい』というのが主旨なんだと思います。
何について話したいのかまでは分かりませんが」
「ふむ」
「油断をしなければ、仮に裏があったとしても、このメンバーならそうそうしてやられる事もない、か」
議論は出尽くしたようだった。
「どうでしょうイワタニ殿、本人の希望に任せるというのでは」
ルージュの言葉の裏には、未だ見ぬ大陸への好奇と感興が滲んでいる。
「よし、そこで好き勝手に戯れている元康と鳥達も聞け。
あちらの希望通り、向こうの大陸に行ってみたいというヤツは手を上げろ」
尚文の問い掛けにメルティを除く全員が手を上げた。
「ん~? メルちゃんはいきたくないの?」
「だって…楽器の勇者って向こうで凄く評判悪いんですって。
転生者が持っていた眷属器の中でも、楽器と船は特に酷かったみたい」
「そうか、向こうの世界の眷属器をもっている方々は、メンバーから外した方が無難かも知れませんね」
「ああ、だからポータル云々って書いてあったんですねぇ」
樹の意見を受け、ポンと手を叩いたリーシアの言葉に全員の視線が集まる。
リーシアはそれに怯みながら続けて言った。
「ふぇ、いえ、音声メッセージの方にポータルが使えるようにするから、後から来る人はポータルで合流してくださいって言ってたじゃないですか。
あれって、この為だったんですねぇ」
「「なるほど」」
一同の感嘆が重なる。
「ラフちゃんの船でグラス達をテアオワンに送り届けた時も、地上から攻撃されたことがあったな。被害は無かったが…
確かに向こうの眷属器の勇者、刀、鎌、銛、船、楽器、本、鏡は後から合流するのが賢明かもしれないな」
「それなら…行ってみたいかも。
いえ、メルロマルクの代表として行かなければならないと思います」
メルティの毅然とした表情が輝きを帯びた。
「何か試されているというか、掌の内で踊らされている感じがして気に入らないな。 やっぱり罠なんじゃないか?」
「尚文さん、世界の代行者らしくもっと大きく構えていてください」
「尚文は女ってだけで警戒レベルを上げるからな」
「どのような罠があろうとも、この元康が打ち破って見せますぞ」
四聖勇者たちの掛け合いを一同が見守る中、ルージュが伺いを立てる。
「ふむ、ではこちらの大陸の四聖勇者と眷属器の勇者で向こうに渡り、残りの勇者は現地到着後ポータルで合流するという流れでよろしいかな?」
「ポータルが使えるのは四聖勇者とフィトリア、後はラフちゃんの船か」
「ごしゅじんさま、フィトリアがフィーロのいる所にならポータルをつなげられるって」
「そうか、フィトリアはこっちに残ってもらって、現地に着き次第フィーロに向けてポータルを繋げてもらうのが、効率的か?」
「それでね~ フィトリアはあっちに行かないって」
「あ? なんでだ?」
「槍の人と一緒はいやだって。 フィーロもいやー」
「な、なんですとー?!」
「フィーロ、ナオフミ様も行くし、メルティちゃんも後から来るんですよ?」
「えー じゃあ行くー」
「ったく…
じゃあ、四聖勇者とこっちの世界の眷属器の勇者は一週間後に港に集合。
あっちの世界の眷属器の勇者の取り纏めはメルティに頼む。
女騎士とサディナがフォローしてやれ」
「承った」
「わかったわ、ナオフミちゃん」
「一応こちらの大陸の代表だからな、あまりおかしな格好で行くなよ?」
「尚文がそれを言うのか?」
「正装を所望される方でお持ちでない方は、私にご相談ください。王城にてご協力いたします」
「んじゃ、解散」
尚文の号令を受けて、幾つかのグループに分かれて散っていく勇者たち。
それを見送るように残っていた尚文に、ウィンディアが声をかけた。
「盾の勇者」
「ん? なんだ、谷子」
「…ガエリオンは…」
「あ~… 悪いが留守番させておけ」
「そうね、仕方ないわ」
自分でも納得しているのであろう、予想外にあっさりとウィンディアは引き下がった。
竜帝ガエリオンは、言ってみればこちらの大陸の魔物の王だ。
向こうの大陸の魔王と会わせてみたい気もするが、そもそも呼ばれていないのに連れて行くのは考えものだ。
しかし『魔王』ね…
その言葉を聞いても、心に浮き立つものが無い自分に尚文は嘆息する。
所詮はクソ女神に拮抗しえない程度の存在なのだ。そう、例え敵であったとしてもガエリオンと同程度の脅威でしかない。
この世界に自身を高揚させる存在が無い事に心の空虚さを覚えた尚文だったが、そっと手を握ってきた存在によって満たされる。
そうか、俺だけじゃない、か。 
「よし、帰るか。 やることは一杯あるからな」
ラフタリアの手を握り返しながら、尚文は歩き出した。

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