第二章(1)水晶の勇者現る


更新履歴
[2018/07/16]
・食堂に関する説明を追記、一部構成変更
[2018/07/09]
・改行ルール統一
・一部表記訂正、誤字修正、追記

【前章までのあらすじ】
融合した二つの世界は、二つの大陸に分かたれた。救世の勇者達の元に魔王を名乗る何者かからの招待状が届く。それに応じて向こうの大陸に渡る勇者一行。そこは未だ戦乱の色濃く残る場所だった。

一行を乗せた魔物は港の出口で発生した戦闘を避け、南側の岬を迂回した。港から死角となる岸壁の向こう側に回り込むと、隠蔽状態を解除して水面下の触手の先端に障壁を展開、岩礁地帯で座礁しないように急減速をかける。さらに複数の触腕を岩場に伸ばし、船を固定する。そうして何とか接岸したものの、岸壁は高くタラップが届かない。
魔物は背伸びをするように背負った甲板を持ち上げ、さらにタラップ代わりの触腕が岸壁の上まで伸ばされる。鳥の獣人が岸壁に飛び移って足場の状態を調べ安全を確認した後、手すり代わりの舫い綱が渡された。
「器用だな」
「生きた揚陸艦って感じですね」
聖武器の勇者達の感嘆の声を聞くまでもなく、杖の勇者ルージュはこの魔物を兵員輸送に使った場合の脅威に思いを巡らせていた。敵陣を海路から強襲するのに、これほど適したものは見たことが無い。
案内役の獣人トレコが何時の間にか冒険者風のフード付きローブを纏い、上陸のための準備を整えていた。勇者一行に下船の準備を促す中、魔物の姿をしたフィーロに気付き、声をかける。
「そちらの方は人の姿になれるのですよね? できれば、この先は人の姿の方がよろしいかと存じますが」
「んー なんでー?」
「その姿だと目立ちすぎて、怖い人に連れて行かれてしまうからですよ」
「えー フィーロ負けないよ」
「騒ぎを起こすなって言ってんだ。いいからさっさと変われ。
元康は抑えておいてやるから」
「はーい」
そんなやり取りの向こうで、ウィンディアが名残惜しそうにマストに模した魔物の触腕を擦っている。
タラップの前で船長のナナサが一人一人に握手しながら見送る。
「こんな中途半端な形の上陸ですまないな」
「何、気にするな。 道中快適だった、ありがとう」
勇者が全員上陸すると舫い綱が外され、船は岸を離れていく。トレコは敬礼でそれを見送った後、「では参りましょうか」と言って先導する。緊張しているからだろうか、砕けていた口調が元の丁寧語に戻っている。
海沿いの大きな岩場を上り下りすること数分、ようやくと視界が開け、前方に町が見えてきた。本来上陸する予定だった港町だ。先ほどの海賊との戦闘の影響か、遠目にも慌ただしさが感じられる。
「治安の良い場所ではありませんので、ご注意を。といっても勇者の方々の脅威になるほどじゃないですけどね。それでも油断はなさらぬように」
「そういえば、あの港からシルトフリーデンの輸送船が出ていましたな。既に魔物の国とシルトフリーデンには国交がお有りか?」
港口で未だ黒煙を上げている座礁した輸送船を見ながら、ルージュがトレコに尋ねた。案内役の獣人は言われた意味が分からず、少し思案してから合点がいったように答える。
「ああ、あそこは魔物の町じゃ無いですよ。人間の町です」
「確かに魔王の隠れ家って雰囲気じゃないな」
額に手をかざし、様子をうかがう錬。
町に向けて伸びる岸壁の上の街道を進む一行の先頭で、トレコが歩きながらルージュらに説明する。
「あそこはかつて転生者が支配していた国の港町です。はるかな昔には晶人の国があったんですけどね。東からやってきた人間の国に滅ぼされて、さらにその国も二年ほど前に転生者の国に飲み込まれてみたいな歴史です。
今から四か月ほど前この世界が一つになった時に、その転生者は二千ほどの兵を率いて地続きになったシルトフリーデンに攻め込みました。当初は優勢だったのですが女神メディアが消滅した後に敗れ、シルトフリーデンに捉えられた転生者は、自分の身柄と引き換えにこの町を売ったそうです」
「酷い領主様だな」
「地続きでなくなったため、シルトフリーデンの船を使ってこの港町に帰り着いた時、既に国は内乱状態。町は港湾ギルドの管理下に置かれており、『その転生者に国を代表する権限は無く、シルトフリーデンとの間で結ばれた契約は無効である』として、町の帰属を認めませんでした」
町が近づき、トレコの声が若干潜めるように低くなる。
「同行していたシルトフリーデンの大使は転生者と生き残りの兵士を捕らえて皆殺しにし、その首をもってこの港との通商協定を結んだそうです」
「何とも救いのない話だ」
「治安は…見ての通り悪いです。港湾ギルドへ上納金を収めれば、大抵のことは不問になりますから」
街道の周囲を見れば、壊れて打ち捨てられた馬車の残骸や焼け焦げて倒れた木々、それをねぐらにしているらしき流民たちの姿が目立ち始めた。
「そんなところに寄り道する理由は何だ? さっさと魔王の隠れ家とやらに案内して欲しいんだが」
「申し訳ありません。この町の自治領にある食堂に案内して、ご昼食を召し上がっていただくようにとのマオウ様からの指示でして」
不機嫌そうな尚文に頭を下げるトレコ。尚文の後ろを歩く錬がぼやく。
「確かに腹が減ったな」
「ここで昼飯ってことは、魔物の国での食事は期待できないってことか?」
「魔王の隠れ家で我々を歓待する目的なら、ここで良い食事をさせる利点は見出せませぬが…」
「マオウ様の意図までは図りかねますが、自治領の領主様に請われてマオウ様が三年ほど前に起こした店だそうです。連日凄い賑わいですよ」
門兵のいない半壊して開けっ放しの門をくぐり、町の中に入る一行。目抜き通りに面した店のあちらこちらから下品な喧騒が聞こえ、往来する馬車の数も多い。
「冒険者風の身なりの奴が多い、か?」
「そちらの大陸からだけでなく、この大陸の冒険者も集まってきています。何しろ、そちらの大陸の商人は金払いが良い、と評判になっていますから」
「商人が雇っているのか。隊商の護衛とかか?」
「表向きはそうですが… 実態は物品の略奪、奴隷狩りや酷いのになると村や町の襲撃とか、何でもありですね」
通りの反対側を冒険者らしき集団が歩いてくる。見るからに装備が良い。
油断無く様子を見ていた錬が振り向き、後ろにいる樹に耳打ちした。
「樹、あいつらが腰に下げているのを見ろ」
「ええ、気付いてます。拳銃ですね、それもフォーブレイ王宮直属工房謹製ですよ」
「良く分かるな、銘でも入っているのか?」
尚文が同じく小声で口を挟む。
「あのデザインのフリントロックが作れるのは、あそこだけですから」
「最新型ってことか」
「ええ、流石に銘は潰されているみたいですけどね」
トレコは町の目抜き通りを足早に進む。目深にローブを羽織っており、それに続く勇者一行も目立つ格好を控えており、かなり大人数ではあるが冒険者の集団に見えなくもない。
川を渡ったところで通りを折れて暫く川沿いに進むと、目当ての場所に着いたらしく一行を振り向いた。
「これからハーキム様の自治領に入ります。皆様、逸れないようにお願いします」
「ここが自治領って」
「四方を水路で囲み、さらに城塁のような塀、見張り塔が二本、出入口は跳ね橋一箇所だけ、まるで要塞だな」
「ハーキムってどんなヤツなんだ?」
「ハーキム家はこの地に古くからいる貴族で、現当主は確か十二代目だとか。人と晶人と間に生まれたですとか、もう百年以上も同じ姿のままとか、風聞は沢山あるのですが謎の多い方です。ハーキム領は昔から晶人や亜人を保護していて、この辺りの人以外の種族にとっての駆け込み寺みたいな場所です。
そんな経緯もあってマオウ様とは懇意にしていただいているようですね」
「挨拶が要るかな?」
「今はご不在のようですから不要でしょう」
トレコは跳ね橋の手前で勇者達を待たせ、横に設置されている番所に一人で入り、顔馴染みらしい番人と笑顔で話しながら手続きをしている。緊張感はない。
その様子に一行は安心して日陰で休憩しながら、跳ね橋を渡る人々の流れをのんびりと眺める。
「なるほど、確かに獣人が多いですね。あと晶人も」
樹が跳ね橋の向こう側、門越しに見えるハーキムの自治領内を行き交う人々を見ながら言った。町の様子と比して喧騒は控えめだがそれなりに賑わっており、落ち着いていて治安も行き届いているように見える。
「お待たせしました」
手続きを終えたトレコが戻ってきた。一行は跳ね橋を渡り、石門をくぐって領内に入る。先導するトレコの様子も、先程までに比べると緊張が和らいでいた。あまり警戒した様子もなく領内の商店街を歩きながら、時折挨拶している。どうやら久しぶりの帰還という話に嘘はないようだ。路地の一角を折れ、少し歩いたところで立ち止まる。
「こちらです」
尚文の世界では馴染みのある、どう見ても『町の定食屋』がそこにあった。文字こそ日本語ではないものの、看板、ショーケースの食品サンプル、開けるとカラカラと音のする格子の引違い戸。
「ここで次の案内役と落ち合うことになっています」
店内に入ると中は薄暗く客はいない。入口には暖簾が掛けられていなかった上、張り紙のようなものがあったので臨時休業かも知れない。だが厨房からは賑やかな音が聞こえ、いい匂いが漂っている。
トレコは慣れた動きで厨房に一声かけた後に店の奥に入っていく。裏口から店を出ると、目の前の離れ座敷で立ち止まり「お上がりください」と促す。
「畳だ」
細長い十五畳ほどの座敷の中央には低いテーブルが置かれ、掘り炬燵のように座れるようになっている。
「はう、靴は脱ぐのですね」
流れるように靴を脱ぎ、靴棚にしまいながら上がり込む四聖勇者の動作を見て、リーシアがあたふたと真似をする。
「恐れ入りますが、裸足の方はそこで足を洗ってから、お上がりください」
土間に置かれた足濯ぎのたらいと手拭いを使って、ラフタリアがフィーロの足を拭う。同様にみどりの足は元康が洗った。
「ふむ、興味深いですな、ちと狭いが」
「クズ、奥に詰めてさっさと座れ」
「おお、すみませぬ」
「我々はマオウ様に連絡を取ってまいります。その間ここでご昼食をおとりください。費用はこちらで持ちますので、料金はお気になさらず」
そういって、尚文と錬、樹にメニューが手渡される。
「料金は気にするなと言われても、そもそも読めんな」
「写真が貼り付けてあるぞ?」
「これって、もしかしてコメか?」
「これとこれとこれは僕の世界にもありますよ、あとこれも」
「これは俺の大好物ですぞ!」
興奮気味の四聖勇者(特に元康と樹)と対照的に、眷属器組は困惑気味だ。
「ナオフミ様の世界で見たことがあるものが多いですね」
「何を食べていいのか分からない…」
「ふえぇ、私もですぅ」
「僕はこれをお勧めしますよ」
「市井で自分の食べたいものを選ぶなど何十年ぶりか…」
「もとやすさん、ボクは何を食べればよいでしょうか?」
「これなんかどうですぞ?」
「この炎のマークは何だ?」
「多分、辛さを表しているんだと思いますよ」
「フィーロ辛いのやー」
「兄貴、俺の分を選んでくれ」
「煩い、自分で選べ。そして責任を持って食べろ」

「お決まりでしょうか?」
皆がメニューを覗き込みながら囂しく言い合う中、給仕の娘が大きな水差しを二つ持って現れた。リーシアと同じくらいの背格好で、細面の綺麗な顔に張り付いた笑みにやや緊張と困惑の色が伺える。
入口横の食器棚からコップを出し、水を注いで一人ひとり配って回りながらメニューを指差してもらい、オーダーをカウントする。改めて部屋の人数を確認した後、盆を抱えてお辞儀して部屋を出て行った。ややあって厨房の方から声が聞こえた。
「カツカレー、チャーシューメン、カツ丼、オムライス、しょうが定、餃子定、天ざるうどん、海鮮丼、ミックスフライ、からあげ、ハンバーグ、ナポリタン、各イチ、入りまーす」
「見事にバラバラだな、厨房泣かせな…」
「口に合わなかったりするかもしれないから、リスク分散ですよ」
「ものは言いようだな」
四聖勇者の寛いだ様子に、場も和んだ雰囲気になる。
「この狭さ、何か居酒屋に来た気分になるな」
「そうですな」
「イザカヤ?」
「僕達の世界の酒場です。僕は入ったことがありませんが」
「机の上に色んな液体の入った瓶とかが並んでるね。錬金術の道具?」
「調味料の類だな。味が物足りない時に自分好みに調整するんだ」
「醤油ですよ」
「麹があるのか…」
配られたコップの水はよく冷えていた。置いていった水差しの中を見れば、大きな氷が詰まっている。
「しかしこの嗜好、なぁ尚文、やっぱり魔王は…」
「ああ、その線が強くなってきたな」
勇者達はここに至るまでに魔王の正体について何度も議論してきた。そして可能性が高いと判断された仮説の一つが『魔王は転生者である』というものだった。勇者達を歓待する理由は、転生者狩りを行っている勇者達に上手く取り入って、見逃してもらうための交換条件を出してくるだろう、という予測だ。推論の一つに過ぎず、これに固執してはいないが、これまでの様子からより確度は高まったと言えた。何れにしても魔王という存在が如何なるものか見定める必要がある、というのが結論だ。 

「お待たせしました」
先程の給仕の娘が岡持ちを二つ押しながら現れた。岡持ちは魔法のような力で床から僅かに浮遊している。日本的な空間の中で、明らかに浮いた存在だ。角盆に乗せられた料理が次々とテーブルに並べられていく。
「どれも、凄い盛りだな」
「本当に白米に見える」
メルロマルク周辺は湿地が少なく、イネ系の植物は見かけない。大陸の東方にはあるらしいのだが流通量が少なく、価格的にも常食するのが難しい代物だった。尚文は粟やアマランサスの近縁種と思われる雑穀類を苦労してコメの代わりに使っていた。だが、ここで出されたものは白米、それも日本人が慣れ親しむ短粒種に見える。
「では、ごゆっくりどうぞ」
配膳が終わり、娘がお辞儀をして立ち去ると、尚文ら勇者は念のために料理に対して目利きを働かせる。毒物が含まれていない。
勇者は頷きあい、尚文が両手を合わせて音頭を取った。
「よし、じゃあ食うか」
「「いただきま~す」」
みんなの唱和に少し困惑しながら合わせるルージュが可笑しい。
恐る恐るといった感じで料理を口に運ぶ面々の顔が驚きに変わる。そして既に凄まじいと表現するのが適切であろう元康と樹の食べっぷりに感化されるかのように、無言で一心に食べ始めた。
そして暫くして余裕が出てくると、おかずのトレードの申し込みが錯綜し、離れ屋は再度喧騒に包まれることとなる。


「あー食った食った」
「少し違う部分もありましたが、久しぶりに日本の食事をした気分になりましたよ」
半時程の時間が過ぎ、既に全員が食べ終わっていた。ルージュやウィンディアには流石に食べきれない量だったが、フィーロや元康が引き受けて全ての皿が綺麗に片付いている。多くのものが壁に寄りかかるようにして腹を撫でている。
「空いた食器を片付けさせていただきますね」
給仕の娘が空いた食器を下げていく。錬は娘が頭に巻いた白のカーチフ(三角巾?)から僅かに覗いた耳の先が尖っているのに気付く。
「エルフなのか?」
錬の問い掛けに娘は赤面して俯き、消え入りそうな声で「ハーフエルフです…」と言い、足早に出て行った。入れ違いに若い女が、大きな急須を手に入ってくる。娘と同じような三角巾を被り、煙った色の大きな眼鏡をかけている。長身といって良いだろう身長のためか、割烹着に包まれた身体から覗く首や手などが異常に細く見える。
女は棚から湯飲みを取り出し、お茶を入れて配り始めた。受け取りながら錬が詫びる。
「先程の娘に失礼なことを言ってしまったのかもしれない、すまない」
「お気になさらずに。彼女は自分の尖った耳が恥ずかしいんです。可笑しいですよね。あんなに可愛いのに」
その高くのんびりとした声を聞いて弾かれたようにラフタリアが顔を上げ、女の顔を見る。女はそれに気付かぬかのように湯呑みを配り終えると、入口に戻って正座しながら皆を眺めた。
「お料理は如何でしたでしょうか? お口に合って、ご満足いただけたのであればよろしいのですが」
「ええ、久しぶりに日本らしい食事を堪能しました」
「美味しかったです」
「フィーロまだ食べられるよ?」
「俺もまだまだ食べられますぞ!」
「いや、流石に満腹だろ?」
他の者も頷いているのを見て、女は嬉しそうに微笑む。
「ふふ、喜んでいただけて何よりです」
「この料理を作ったのは貴女ですかな?」
「ええ、精一杯腕を振るわせていただきました」
胸に手を当てて答える女を見る尚文の目が鋭くなった。
「で、このレシピ誰から教わった?」
尚文の言葉に込められた詰問するかのような迫力に、一瞬場が沈黙する。
女はそれを感じないかのように、おっとりと首を傾げた。
「母から、とお答えするべきでしょうか? 私の故郷の料理ですから」
そう言うと女は立ち上がり、頭の三角巾を外した。長い黒髪が零れ落ち、前髪が眼鏡に覆いかぶさる。そして割烹着を脱ぎ、どこからか取り出した灰色のフード付きポンチョを羽織る。下は枯草色の膝丈フレアパンツ、上は襟の大きいリネンの長袖シャツ。その流れるように滑らかな動作に一同目を奪われる。
「申し遅れましたが私は水晶の勇者、名は山王真緒と申します。
どうぞ、お見知りおきくださいませ」
鈴を転がすような声と共に優雅なお辞儀をする女。唐突な水晶の勇者との邂逅に呆然とする勇者一行。静寂の中、遠く町の喧騒が聞こえた。

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