第二章(3)転生者ロック

更新履歴
[2018/07/22]
・改行ルール統一
・誤字修正、追記
・一部設定にそぐわない部分の訂記

招待状に同封された水晶柱から流れ聞こえたのと同じ、朗々としていて且つ艶麗な声。その声の主は簡易の玉座から立ち上がり、両手を広げて勇者達を迎え入れた。
その顔は
「…真緒…か?」
ラフタリアを除く全員が驚きの表情のまま、魔王を見つめる。
先程とは違い、濡羽色をした身体の線が出るマーメイドラインのドレスの上に丈の短い濃緋色のケープを纏い、長い黒髪は結い上げられ艶やかな光沢を放っている。それ故、頭の小ささ、首の細さが際立ち、身体全体の線の細さが一層浮き彫りになった。
何より先程までの印象から大きく異なるのは、煙水晶の眼鏡を外したことで露になった双眸。それはピジョンブラッドの如き妖しさで深紅に光り輝き、見る者の心をざわめかせた。
「はい、水晶の勇者にして魔王の山王真緒です。
どうですか、早変わり!」
水晶の勇者の時の軽やかな声で皆に微笑みかけ、ドレスの裾を摘んでくるっと回ってみせる真緒。
「…いや、早くないし」
尚文の口からこぼれた突っ込みは、力なく霧散して消える。
魔王を名乗った娘は玉座を軽やかに降りると、広間の一角にある大きな円卓の方へ勇者達を誘った。

円卓の周りにはゴシック調の椅子が人数分並べられている。低めの背もたれは可動式で(見本として真緒が動かして見せた)、肘置きにも使える不思議なデザインだ。
「先ずは皆様お掛けくださいな。
はぁ… それにしても、こうして揃っているのを見ると、皆さんキラキラして眩いばかりです。さすが勇者ですね」
「…マオ様の方がキラキラしてますよぉ」
リーシアがため息と共に呟き、錬と樹が同意とばかりに頷く。
「皆様のお部屋の準備が出来ますまで、もう少しかかりそうです。それまでお話ししませんか? 色々お聞きになりたいことがおありででしょうから、何なりとどうぞ」
椅子に座り、揃えた膝の上に両手を置いて微笑む真緒。外観が変わっても、纏っている雰囲気は変わらない。つかみどころがない、という部分も含めて、だが。
「まさか、水晶の勇者と魔王が同一人物だったとはな」
「そちらの神様は、最初からお気付きだったみたいですけどね」
「「え?」」
皆の驚きの視線がラフタリアに集まる。
「はい、お声が同じでしたので。確証はありませんでしたが」
「う~ん、頑張って違う声を出していたんですが、駄目でしたか。残念」
魔王の時のコントラルトの響く声でそう言いながら、ローズクォーツの首飾りを煙水晶の眼鏡に変えてかける。
「いやいや、全然判らなかったぞ? 違う声だった」
「魔王の時の声はちょっと頑張って低めに出しているので、これが私の普段の声です。私はメルロマルクの言葉を喋る時は声が高くなってしまうので、招待状を吹き込む時に魔王の声でメルロマルク語を話すのは結構大変でした」
聞いてもいない事までペラペラと喋る真緒。興奮しているようにも見える。
「ん? 招待状のあれってメルロマルク語だったのか?」
「勇者は武器の翻訳機能のお陰で、何語で喋っているか意識しませんからね」
「何故、わざわざメルロマルク語で音声を吹き込んだのですか?」
「水晶に吹き込んだ言葉には話者の翻訳機能が働かない、というのが理由の一つです。ミレリア前女王殿下などの日本語を解さない方がお聞きになることを想定して、メルロマルク語で話しました。こちらがメルロマルク語を解するとわかれば、ご来訪いただける可能性が少しでも上がるかも、という期待もありましたけどね」
真緒の話し方はどこまでも屈託がない。しかしその声は恐ろしく魅了的で、それが不信となって尚文を警戒させた。傍目にはわからないが、サディナやルージュも同様だ。
「で、マオウ様? 水晶の勇者様? 何て呼んだらいいのかしら?」
サディナは目だけが笑っていない笑顔で尋ねる。
「名前で呼んでください。魔王と呼ぶのと余り変わらないですけど」
「じゃあマオ様ね。 今何歳? いつからマオウをやってるの?」
「もうすぐ二十三歳になります。 魔王になったのは、二年と少し前ですね」
「年下だったかー じゃあマオちゃんて呼ぶわね?」
緊張感のないやり取りを締めるように、ルージュが被り気味に問いかける。
「自分がマオウだと証明できますかな?」
「やっぱり、そうなりますよね。うーん…
この眼とか魔王の証らしいんですけど、証明にはならないですよねぇ」
ルージュの問い掛けに対して真緒は一頻り首を傾げながら唸った後、両手で煙水晶の眼鏡を下にずらし、大きく見開いた深紅の瞳で一同を見回す。
「確かに、いかにも魔力を帯びていそうな目ですが」
「ふわあぁ、とっても綺麗ですぅ」
「うんうん」
「しかし、それが魔王の証だと言われてもな」
「ですよねぇ。うーん…」
眼鏡を戻しながら再び思いあぐねる。
「俺たちは魔王から招待されてここに来た。とりあえず、この手紙を出した本人と確認できればいいんじゃないか?」
尚文が封書をぴらぴらと片手で振って見せる。それを見た真緒の表情があからさまに引きつり、固まった。
「そ、それは」
「この封書に書いた内容、覚えているか?」
「メルロマルクの文字で書いた方でしょうか?」
「無論、両方だ。諳んじてもらおうか」
「うう… お許しいただけませんでしょうか、盾の神様。それを書いた時は何度も何度も書き直しさせられて、もう何日も寝てない状態でしたので…」
涙目で必死に懇願する真緒の姿は、どこか芝居がかって滑稽でもあった。
「元はあれよりも酷かったのか」
「いえ、逆です。もっと馬鹿っぽく書け、頭を使わずに書け、と」
「確かにそんな感じの文だったな」
「ここまで言っているなら、本人で間違いないんじゃないですかね?」
「お前ら甘いな… まぁいい。じゃあ、この一連の招待状の差出人は自分だと認めるんだな?」
「はい、そうです。どちらの招待状も私の直筆、水晶の音声は肉声ですよ。封印に使った指輪もここにあります」
そういって指輪を外しテーブルに置く。ラフタリアが封蝋に押された印璽に合わせると刻印が合致した。尚文に頷いてみせる。
「じゃ、次だ。魔王とは何だ?」
「魔物を統べる力を持つものですね。そちらの基準で言えば、魔物と獣人、さらに一部の亜人が魔物に含まれます。人の間で認識されている魔物と魔王が支配できる魔物の間には若干ズレがありますけれどもね」
「ほぼ情報どおりですな」
「ふん、じゃあ次」
「ナオフミ様、質問ではなく詰問になっています。失礼ではないかと」
ラフタリアが諌めるように口を挟んだ。真緒はラフタリアに感謝の微笑みを向けながら言う。
「盾の神様が女性全般に警戒感、忌避感を持っていることは存じておりますから。どうぞ、お気になさらず続けてくださいな」
「俺達をここに呼んだ理由は何だ?」
「単に皆様にお会いしたかったから、直接お話がしたかったから、では理由になりませんか?」
「魔王が俺達に、か?」
「私が皆様に、です」
「信じてもらえると思ったか?」
「いいえ? ですから、信じていただくために幾つも策を弄しました」
「それが二種類の手紙と音声メッセージか」
「その他にも、迎えにいく船とその乗組員の人選、案内役を引き継ぐ場所、水晶の勇者であると明かしたタイミング、二度に分けた転送、魔王の謁見での種明かし、全て段取りを踏むために綿密に計画を練りましたよ」
「そもそも最初から無視されるとは思わなかったのか?」
「そうですねぇ。まぁ四割くらいの確率で無視されるだろうな、とは思っていました。来ていただけて本当に嬉しいです」
無邪気に破顔する真緒。先程の『策を弄した』という言葉からは程遠い純朴な表情に、尚文は次の言葉を失う。その後を継ぐようにメルティが緊張した声で問いかけた。
「メルロマルクと話し合いがしたいとありましたが、マオ様の国、魔物の国との話し合いということでしょうか?」
「その通りです。厳密には、もう私の国ではありませんが」
「ん? 革命でも起きたのか?」
「そう言えばさっき、手紙の書き直しを何度もさせられたとか何とか…
もっと上の権力者、例えば大魔王がいるとか?」
錬と樹の横槍に、真緒は微笑みながら静かに首を横に振る。
「ふふ、残念ながら大魔王というのは聞いたことがありませんね。
政治体制の切り替えですよ。まぁ革命と言えなくもないですが。封建制から合議制に変えました。
これからはもう大きな戦争も無いでしょうから、軍政は終わりって事です」
「では、明日の話し合いに出席されるのは」
「現在、国政のトップである三名、三公の方々です。明日の朝、ここに到着する予定です。
あ、勿論、私も同席させていただきますよ」
「何で四聖勇者、こっちは崇四傑だったか、それが魔王をやってるんだ?」
不機嫌そうに頬杖をついていた尚文が、話に割り込む。
「私の来歴からお話しすると長くなってしまいますので、簡潔にお答えすれば、人の世、人の国で生きるのが難しかったから、です。私には魔物の世界の方が生き易かった。魔王になったのは、まぁ… 成り行きです」
「三傑教による水晶の勇者の迫害があったと聞き及んでおりますが、それが原因でしょうか?」
メルティが話の継ぎ穂をさらう。
「私は、そうですね。ですが、こちらの世界では転生者が多くの国を牛耳るようになるにつれ、『崇四傑は全て偽の勇者だ』として非難や迫害の対象になりました。
私達を保護してくれた国あったのですが、転生者の率いる国や軍に襲撃されて… 滅んでしまいました」
柔らかく微笑んだまま、眉をくもらせた真緒。少し下向きに視線を彷徨わせた瞳が揺れた。
「で、その復讐のために魔王になったって訳か」
「そんな前向きな理由であれば勇者らしくてカッコいいと思うのですが…
残念ながら、転生者達の勇者狩りの手から逃れるために、まだ転生者というか女神メディアの影響が及んでいなかった魔物の世界に逃げ込んだ、という方が正確ですね」
真緒は肩をすぼめて、きまりが悪そうに赤面した。そこには魔王という言葉からイメージされる威厳や貫禄は微塵もない。『やはり、目の前にいる女は傀儡で為政者は別にいるのではないか?』ルージュは切り口を変えて問う。
「随分とこちらの事情に詳しいご様子ですが、どのような手段をお使いですかな? 差し障りのない範囲でご教示いただければ」
「差し障りがあるので秘密です。と言いたいところですが、神様の前で隠し事は無意味ですね。魔王の能力を使いました。波の度に繋がった世界に魔物を斥候として送り込んで、情報収集をさせておりました」
「なんと」
「そちらの世界の四聖勇者の存在が確認されてからは、特に重点的に斥候の量を増やして調査・観察をさせていただいておりました。勇者様がポータルを覚えられて以降は、何度か見失いましたが。後、槍の勇者様の魔法ファイアフラッシャーでしたか、それで消されたことも」
「元康、そんな魔法使っていたのか」
「戦闘時に隠密者対策で使ったことはありますな」
「魔物に監視されていたなんて、気付きませんでしたよ」
「にしても悪趣味だな。勇者らしくないやり方で気に入らないな」
「返す言葉もございません」
尚文の厭味をにっこり笑って受け流す真緒。
『やりにくいな』
尚文は内心の苛立ちを隠さず、奥歯を噛み締める。真緒の女性らしい嫋やかな動作全てが、尚文の女性嫌悪を刺激することを狙っているのでは、と邪推してしまう。
「こっちの魔物達のLv.が高いのは、マオウが支配しているからなの?」
今までじっと真緒を見ていたウィンディアが、魔物という言葉に反応したのか、真緒に問いかける。
「ええ、魔王の配下の魔物には加護が与えられます。こちらの世界にはLv.という概念は無く、パラメータ、能力値しか無いのですが、そちらの仕組みで言えば、Lv.が上がって見えるのでしょうね。
加護について、端的に説明するならば…神様達は女神メディアが送り込んだシステムエクスペリエンスをご覧になっていますよね? あれと同じことを魔物に対して行っています」
「システムエクスペリエンスの事なら知っていますぞ! プラド砂漠で幾重もの転送障壁に守られていた悪魔を操る機械ですな。その目的は人々が強くならないようにすることと、勇者の妨害でしたぞ!」
「また元康さんの『知っていますぞ!』が出ましたよ」
「今更気付いたが、真緒の言葉ちゃんと通じてるんだな。女なのに」
「プラド砂漠の機械といえば」
「ああ、二週間くらい前に俺達が壊しに行ったあれだ。龍脈に寄生して経験値を掠め取り、悪魔や転生者へ横流ししていたらしい。俺達が行った時には既に機能を停止していたけどな」
「龍脈のことを、こちらの世界では地脈や風水といいます。総じて魔導とも言いますね。種族として魔導の影響を生来受けているのが、魔王が定義する魔物です。勇者に精霊の力が常に付与されているように、魔王にも常に魔導から力が供給され、それを支配する魔物に対して自由に付与することで能力を向上させることができます。
あぁ、システムエクスペリエンスよりも良い例えがありました。盾の神様がラフ種を創造するときに同じようなことをなさっていらっしゃいましたね」
真緒は指で口元を隠しながら、ちらっと尚文を伺う。
「いや、だから、あの時のことは記憶にございませんっての」
皆の視線を浴びた尚文が弁明する。
「魔王の能力付与は永続的なものではなく、魔王が倒されたり、魔王自身の意思で提供を止めると、能力値は元に戻ってしまいます。
もっとも魔物の能力は、種族的に生来有しているものや、自身が地脈から吸収したり戦闘や鍛錬によって得る場合もありますので、一概には言えません――」
内心『喋りすぎたか』と思い、真緒は口を噤む。
そこに質問したのは樹だった。
「真緒さんの他にも魔王はいるんでしょうか?」
「さぁ… いないという確証はありませんが、私は自分以外の現存する魔王を知りません。
ですが、過去を紐解くと複数の魔王が存在した事はあるようですし、魔王の選ばれ方も先代からの継承だったり、精霊による指名だったり、様々です」
「精霊がマオウを指名することがあるのか?」
「勇者と同じように精霊が作った仕組みですからね」
驚くエクレールに真緒が答えた。会話が途切れたタイミングを見計らって、暫く発言を控えていたルージュが問いかける。
「そのようにマオウ殿が強化した魔物が生息する地域、つまりは魔物の国の縄張り、いや国である以上は領土と申し上げるべきでしょうな。この大陸における貴国の領土は如何程か、ご教示願えますかな?」
「ええ、勿論ですわ」
真緒が手元の呼び鈴を鳴らすと、どこからともなく傍仕えが現れる。漆黒の翼を生やした鴉天狗に似た姿で、頭巾を被っていて顔は見えない。
「地図をお願いします。私の部屋の壁に貼ってあるのを剥がして持ってきてください」
無言で頷き、空間の隙間に入り込むように消える。
「随分、和風なデザインの魔物もいるんですね」
「ああ、あいつは俺の世界でも妖怪ってカテゴリだな」
「仰る通り、東洋風の生き物や文化はそちらよりも多いかもしれませんね。この辺りは気候も全体的に湿潤で日本に近いです。そう言えばメルロマルクは南ヨーロッパっぽいですよね?」
「そうかもな」
話している内に傍仕えが再び何処からともなく現れ、真緒に丸めた地図を手渡した。「ありがとう」と真緒が笑顔で労う前に姿を消してしまう。
「何か無愛想なヤツだな」
「シャイなんですよ」
真緒は二畳ほど大きさの地図を円卓の上に広げ、灯りの魔法を唱えてそれを照らす。よく見れば材質は布地で、地形を織り込んだタペストリーだった。興味なさ気にしている数名を除いて、ほぼ全員が立ち上がって覗き込む。
「この大陸は元の世界によって四つに分かれます。
北東のエリアはラゴント。元は群島だったといいます。海岸線にその名残がありますね。
今私達がいるのがこの辺り、建物ごと転送した場所はこの辺ですね。基本的に魔物のテリトリーは山か森なんですが、このラゴントだけは平地も含めてほぼ全域が魔物の領域です。これは先代魔王の拠点がここにあって、周辺を支配したためですね」
「大きな湾が二つもあるな」
「全体的に山と森が多くて水も豊かで、気候も日本に一番近いと思います」
「なるほど」
「南東のエリアはソンタ。ここは元はエルフとドワーフがいた世界です。
かつては森林と草原が大部分を占める場所だったようですが、何度も起きたダークエルフとハイエルフの大きな戦争によって、今は氷と湖に閉ざされています。東側の森はダークエルフ、西側の森はハイエルフの住処です。北側は我々の魔物の森がダークエルフの森と隣接していて、あまり良好な関係とは言えません。ですが、このあたりの森は強力な種族である人狼が縄張りとしており、大規模な戦闘には至っていません」
「ドワーフは?」
「魔法の金属を求めて西に移り住んだと言われています。湖が多いので、水を嫌って逃げたという言い伝えもありますが」
「エルフとかドワーフってどんな人?」
「グラスの仲間にいただろ? 痩せぎすで耳が尖っていて弓を持っていた奴がエルフで、髭面で背が低くて斧を担いでいたのがドワーフだ」
口を挟んだウィンディアに対して、錬が教示する。が、ウィンディアはピンと来ないようだ。
「うーん… 覚えてないなぁ」
「ここにも何人かいますので、後ほどご紹介しますね。
続いて、南西のエリアはジルコンサ。元より人中心の世界だったようです。四聖勇者の方々にわかりやすく言うなら、文化的には中央アジアから中近東にかけてをイメージしていただければよろしいかと思います。北西部の一部を除く大部分を支配する国は鎌の眷属器を持った転生者がいた国で、現在でもほぼ唯一内乱による分断が発生せず大国を維持しています。東側はソンタと隔てる大峡谷があって、ドワーフの国というか集落が密集していますね。ジルコンサは全体的に魔物の住まう場所が少ない地域です。
そうそう、北西には小国群があって、その一つがグラス様の国ですね」
「そういえば、グラスを乗せて送ったのは、その辺だったか」
「らふー」
尚文の問い掛けにラフちゃんが頷く。ルージュも地図を見ながら何度も首肯していた。
「なるほど、大国に隣接しておる… それでは周辺の小国同士で連合を組むというのも頷けますな」
「さて、北西のエリアはケイン。かつては魂人と晶人という種族が自分達の国を持っていたのですが、人に滅ぼされてしまい、現在では人の国が幾つもひしめいています。眷属器を持った転生者達が国を支配し、お互いに戦争を繰り返していたため、かなり荒れている地域でもあります。
皆さんが立ち寄った港町はここですね」
「意外と魔物のテリトリーに近いんだな」
「私の立場で言うのも何ですが… やはり魔物の領域に近い場所ほど、治安が悪くなる傾向がありますね。幾つかの例外もありますが」
「身を守るために武装する人が増えるほど治安は悪化する。為政者としては認めざるを得ない世の摂理か」
エクレールがぼそっと呟いた。
「そして、大陸の中央にある山は霊峰カミガミノ。かつて崇四教の総本山があった場所です。現在は魔王の城、司令部となっています」
「崇四教の総本山を攻め落としたのか?」
尚文の言葉に真緒は肩をすくめる。
「私の言い分としては、保護だったのですが…そう取られても仕方ないですね。二年ほど前に、船の眷属器を持った転生者の一団が崇四教に攻め入ったんです。私達が救援に駆けつけた時は既に崇四教は壊滅していました…
彼らの狙いは、勇者召還の間、そちらの大陸で言えば聖遺物の破片に相当するものですね、その場所の破壊でした。それを保護するために私はその場を結界で封じ、さらにその上に魔王の城を建てました」
「大陸の中央に、魔王の城が鎮座ましましているって訳か」
「面積で言えば、この大陸の約三分の一が魔物の領域ということですね」
「魔物の全てが魔王の配下という訳ではありませんが… まぁ半分より多いくらい、とお考えくださいませ」

一通り説明し終わり会話が途切れたのを見計らって、黒服やメイド達が全員にお茶を供する。驚いたことにメルロマルクのお茶だった。
真緒は優雅にお茶を飲み干して円卓に置くと、一行を見回して切り出す。
「明日の会談の前に、別のご相談があるのですが、今ここでお話してもよろしいでしょうか?」
特に異論を挟むものはいない。それを確かめた後、真緒は傍仕えを呼ぶ。
「ロックを呼んでください」
傍仕えは先程と同じ様に掻き消える。真緒は尚文の方を向いて言った。
「転生者を一人保護しています。他の転生者と同列に扱うわけにはいかず、勇者様方のご意見を伺えれば、と」
「転生者?」
「他の転生者と同列に扱えないってどういう意味だ?」
真緒が答える前に部屋の扉が開き、足音を響かせながら男が近づいてきた。一同がそちらを向く。男は立ち止まり、名乗った。
「俺はロック。転生者って奴らしい。
しかし凄いな、勇者ってのは。美形ばかり揃ってて、俺浮いてない?」
「ナオフミ様?」
「尚文?」
「ナオフミさん?」
「お義父さん?」
「ナオフミちゃん?」
「尚文さん?」
「ナオフミ?」
「んー?」
「おい、一発でバレたぞ?」
ロックと名乗った男は真緒の方を向いて肩をすくめた。その体格は尚文より一回り大きく、無精髭のためか年齢も上に見えるが、顔そして雰囲気が尚文そのものだった。
「本物… いえ本人なのですか?」
「ナオフミ様、ご自身しか知らないことを質問してみては?」
「あ、ああ、そうだな…」
大学近くの行きつけの店の定番メニュー、初めてバイトして買ったパソコンの機種、オンラインで使っていたハンドル名など、尚文の質問にロックは答えていく。暫くニッチな問答が続いた。
「どうやら、尚文で間違いなさそうだな」
未だ信じられないといった表情でそれを聞いていた錬が断じるように言う。
「俺からも質問いいか? お前は何時こっちの世界に召還されたんだ?」
「自分にお前って呼ばれるのもあれなんだが… 約一年前だよ。いや、そういう意味じゃないのか。大学二年だよ」
「ほう、俺からすると四年前ってとこか。俺がこっちに飛ばされたのは一月前くらいだから… あーっ 向こうとこっちで時間の流れる速さが違うせいか、ややこしいな」
頭を掻き毟るもう一人の尚文=ロック。その所作はまさに尚文と瓜二つだ。
「では、ロックさんは尚文さんの四年後の世界から召還されたということですか?」
「厳密には俺がこっちに召還されなかった世界の四年後かな? 俺自身は盾の勇者だった記憶は無いし、記憶が消されているとかでなければ、な」
「なるほど、これは大変な恩義かも知れませんな」
ルージュが嘆息しながら言った。
「どういうことだ?」
「女神メディアは平行世界のイワタニ殿を転生者として召還していた。その狙いは、変幻無双流師範の時と同じでしょう」
「尚文を転生させて、『死んだはずの勇者が生きていた』と思わせて油断させてから裏切らせる、か」
「恐らくメディアが蘇った最初の戦闘の時に、元女王を復活させたのが予想以上に効果的だったので思いついたのでしょう」
「あれをイワタニ殿でやられてたら、さらに酷いことになってただろうな」
「そぉねぇ、その後で本物のナオフミちゃんが戻ってきても、あの時以上に信用されなかったわねぇ、きっと」
「「あ」」
サディナの言葉で、多くの勇者がその予想された事態の深刻さを理解した。
「で、どうしましょうか、これ」
自分の肩に馴れ馴れしく置かれたロックの手を無表情で摘み上げて外しながら、真緒が尚文達に聞く。
「こっちの大陸の転生者は今までどうしてたんだ?」
「殆どの転生者はメディアの配下でしたので、敵対関係にありました。転生者の生命を保護優先するような指示は特に出しておりません」
言外に屠っていたことを示唆する真緒。
「それで、どういった経緯で真緒はロックを保護したんだ?」
「おい、人の女を呼び捨てにするとは、例え俺でも許さんぞ?」
「はぁ… 貴方の女になったつもりはありませんが… ロックから説明してください」
「んじゃ、ちょっと長い話になるけど」
そういってロックは語り始めた。

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