女騎士、ラフタリアを語る

復興祭を明後日に控え、村は活気にあふれ、普段よりも賑やかだ。
俺は伯爵もとい侯爵の執務室で、女騎士と復興祭期間中の警護について打ち合わせをしている。 と言うか、一方的に話を聞いている。
因みに… 侯爵の執務室は村の食堂の一角、厨房の隣にある。
常識的になりえないだろ、このレイアウト。
村の復興開始当初から、俺が厨房に居る時間が長かったせいで、近くに書類が積み上げられ応接セットが据付けられた結果、こうなってしまった。
一応、衝立のようなもので隔ててあるが、中の会話はほぼ食堂に筒抜けだ。
文字通り、風通しの良い行政って、うるさいわ。
尚、本当に秘密の話をする時は、城でやっている。 殆ど使うことは無いが、メルロマルク王城には侯爵の部屋があるのだ。
女騎士はさっきから、復興祭期間中は町に警護を集中したいので、その間の村の警護は自警団に任せたいが、人員がどうとか引継ぎがどうとか細かくてかなわん。
三勇教のクーデター未遂以来、なにか悪の波動に目覚めていたようだが、最近は元に戻ってきたな。
コンコン
ノックした衝立の横から、ラフタリアが顔を覗かせた。
「ナオフミ様、よろしいですか?  あ、エクレールさん、ちょうどよかった」

左手の書類の束を抱え直しながら、花咲くように微笑みかける。 やはりできているのか、この二人。

「復興祭当日は、師匠とサディナお姉さんが町の警護の応援に行けるそうです。 村に関しては、遠征を中止したので自警団で十分手が回りそうです。
剣の勇者が取り纏めをしてくださいますので、前日に引継ぎをお願いします」

ラフタリアの言葉を聞いた女騎士は相好を崩した。
「ありがたい!
だが、イワタニ殿が許可を出してくれなくてな」

「? ナオフミ様には昨日許可をいただきましたよ? 本人たちの意思に任せるって」

女騎士はこちらを向いて、睨んでくる。
知らんわ。 俺が理解できなかったのは、そちらの説明の仕方が悪いのだ。
頬杖をついたまま表情を変えない俺に対して、女騎士は腰に手をあてうつむき大袈裟にため息を付いて見せた後、顔を上げてラフタリアの方を向いた。

「助かったよ、ラフタリア。 これで、警護の連中にも祭りを楽しむ時間を割り当てられる。
…しかし、師匠はともかくサディナさんは大丈夫か?
お酒を飲んで見回りされると、回りに示しが付かないんだが…」

「サディナお姉さんを午前中担当、師匠を午後担当に分ければいいと思いますよ。 警護中は飲酒を控えるように、私からも口添えしておきますから」

そう言うと、ラフタリアは一歩進み出て俺の前に立つ。

「今日明日と町に設営応援に行くメンバーのリストがこちらです。
内訳は、亜人が四人、獣人が六人、魔獣が三体、魔獣は全てキャタピランドです。
模擬店の件ですが、村から出展するためのスペースは5マス確保できました。
洋裁屋さんとキール君を暫定の代表者にして仮申請してあります」

「何か不安になる代表者だな… イミアの叔父は?」

「運営メンバーには入っていますので、大丈夫だと思いますよ。
模擬店の撤去は翌日でいいそうです。
あとは… ラトさんからフィロリアルレースに出場するメンバーのリストを預かっていますので、サインをお願いします。 復興祭運営委員会に提出するそうです」

「へぃへぃ」

さらさらっとな。

「ラトさんはレース終了後こちらに戻るまで付き添ってくださるそうです。
その間、ラボは閉鎖。 非常時は侯爵に対応をお願いしますとの事です」

「まぁ何もないだろ」

ラフタリアは手際よく書類を繰り出しながら、説明を続ける。

「こちらが、この村から運営委員会に提供する物品のリストです。
一応、原価ですが買い上げてもらえるみたいです。
これとは別に、領主である盾侯からの振る舞いとして、上級な酒五樽を寄贈します」

「シルトヴェルトだかシルドフリーデンから送られてきたアレな、こういう時に有効活用しよう」

「復興祭期間中は村が閑散とすることが予想されますので、残ってくださる剣の勇者にパトロールを、リーシアさんに差配をお願いしています。
お土産を買わないといけませんね。
後、早馬代わりにフィロリアルを2羽待機させます。
他に何かございますか?」

「ん~思いつかん」

「では、模擬店の内容と人員配置を運営委員会に報告する必要がありますので、キール君達と相談してきます。
あ、エクレールさん、まだ町には戻らないですか?
戻る前に工房の方に顔を出してもらえますか? そこで打ち合わせをしていますので」

「ああ、わかった」

にこっと笑うと、ラフタリアは早足に食堂を出て行った。

「ラフタリアはいい子だな」

ラフタリアが去っていった方向を見たまま、女騎士が呟いた。

「いくらなら買う?」

「イワタニ殿、冗談でもラフタリアの前ではそういうことを言うなよ?」

「俺の奴隷だ。 俺にはその権利がある」

「はぁ… そう、奴隷なんだよな…」

女騎士は一度視線を足元に落とし、それから俺の方に向き直った。

「イワタニ殿がどの程度理解しているか知らないが、ラフタリアの立場は非常に難しい。
メルロマルクでは未だ迫害の対象である亜人、盾の勇者の奴隷。
それでありながら、盾の勇者の右腕、盾の勇者の剣。
蜚語の類だが、盾の勇者の愛人というものまである」

「ラフタリアは子供だぞ?
大体、立場が難しい原因の半分以上は、この国が腐ってるせいじゃないか」

「イワタニ殿がラフタリアを、いや女全般をそういう対象として見ていないことは、知っている。 ラフタリアには不憫なことだが…
だが、イワタニ殿の人となりを知らないものにはどう映る?
ラフタリアは美人だからな、愛妾を連れ回しているように見られても仕方がない。
奴隷にもヒエラルキーのようなものがあって、貴人の寵愛を受ける奴隷がまるで自らも貴人であるかのように尊大に振舞う、醜悪な光景を何度も目にしてきた」

俺をそんな俗物と一緒にするな、と言いたいのを我慢して話を聞く。

「ラフタリアは自らが勇者の奴隷であることを隠してはいない。
だが、奴隷であることを意識させない見事な立ち振る舞いをしている。
柔和でありながら折り目正しく、社交的で相手に不快感を持たせない。
最初はイワタニ殿の教育の良さかと思ったが、違ったようだな」

確かに行商の時の接客とかも、最低限の注意だけでこなしてたな。
まぁ、生来そういうのが得意な性質なのだろう。

「城にいた期間で、最低限ではあるが外交レベルの礼儀作法も身に付けている。
シルトヴェルトとの非公式な会談などでは、随分と活躍したらしい」

「何時の間にそんな事を」

女王め、今度文句を… いや、そういえば『少し勇者様のお仲間をお借りできませんか?』って言われたことが何回かあったな… あれか?

「シルトヴェルトは亜人の国であり、盾の勇者を信奉する国でもある。
崇拝対象となる言わば彼らの神が、彼らの同胞である亜人を奴隷として使役している。
しかもその神である勇者は、長年の敵国であるメルロマルクの貴族にまで成り上がった。
真意を知りたいと思うのは当然だろう」

好き好んで貴族になった訳ではない、という言葉を俺は飲み込んだ。 それにしても、今日の女騎士は良く喋るな。

「ラフタリアは理路整然かつ丁寧に、次のように説明したらしい。
盾の勇者が亜人奴隷である自分を使役しているのは、当時のメルロマルクは三英教の影響下にあり、盾の勇者の立場が非常に悪く、仲間を得るための窮余の末の手段だったこと。
盾の勇者は現実主義かつ実力主義であり、亜人を差別し隷属させる意図はないこと。
シルトヴェルトに対する政治的な意図やメッセージを持った行動ではないこと。
さらに模擬戦にて自身の腕前を披露し、能力主義の裏付けもして見せたそうだ」

女騎士は指折り数える手をこちらに見せながら続ける。

「シルトヴェルトとの関係改善に寄与すること著しいと外交官も褒めていたな。
シルトヴェルトの使者達は非常に満足し、『盾の勇者の右腕は亜人の誉れ』と絶賛していたそうだ」

「そりゃたいそうな事で」

俺はラフタリアの置いていった書類をペラペラとめくりながら適当に答える。

「ピンと来ないようだから言うが、シルトヴェルトとの関係改善があればこそ、イワタニ殿は効率主義から私兵として亜人奴隷を使用していられるのだぞ?
場合によっては、捨て駒として非人道的な使われ方をしていると取られかねない」

実際はリーシアやらラトやら人間の奴隷も使っているんだがなぁ… あ、リーシアはもう奴隷じゃないか。
まぁ人数的には亜人の方が圧倒的に多いし、あいつらはレアケースか。

「城内、特に騎士たちの間でもラフタリアの人気は高いぞ。
ラフタリアが登城するときに着けているケープ、あれは我々の有志からプレゼントしたものだ」

ケープ? 俺は引っかかるものを感じて、記憶を辿った。 あぁ、そう言えば霊亀の前だったかに「こんなものを頂いてしまいました」とか見せてきたな。
背中に盾の紋章が入っているヤツ。 随分嬉しそうにしてたよな。
あれってこいつ等からの差し入れだったのか。

「本当に人気が出たのは、霊亀討伐以降だな。
あの後から村の復興が始まって、殆ど城には来なくなってしまったが。
私も城に行く度に『次はいつ頃来るのか』と聞かれて、正直煩わしい」

女騎士は不本意そうに身体を横に向けて腕を組みながら、こちらの方をじっと見つめてきた。

「それで、結局何が言いたいんだ?
俺が元の世界に帰った後は、ラフタリアを城仕えにでもさせろってか?」

「そう望むものもいるだろう。
だが私が言いたいのは、イワタニ殿がラフタリアのためにと行っている事が、本当に彼女が望んでいることなのか、という事だ。
もっとラフタリアのことを、よく見てやってくれ」

そう言うと女騎士は踵を返し、去っていった。


俺は頬杖をついていた手を腹の上で組み、仰け反るようにして後ろの窓越しに外を見た。 雲ひとつ無いのに、空の色がくすんで見える。

まとまらない思惟の中、ふと前にサディナに言われた言葉を思い出す。

『どうしてもラフタリアちゃんと子供が欲しいのなら、一国を滅ぼして後顧の憂いを断ってからにしてね』

物騒な話だ。 ラフタリアを取り巻く環境は一筋縄ではいかない事ばかりで、考える事が多すぎる。

一ヵ月後には波、恐らくは鳳凰との戦いが待っている。

俺は思考に蓋をして、立ち上がった。

波を乗り越える事に専念しよう。 全てはその後の事だ。

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