第一章(3)海路

更新履歴
[2018/07/04]
・改行ルール統一
・一部表記訂正、誤字修正、追記

招待状が届いてから一週間後、勇者一行はメルロマルク唯一の港がある町に集まっていた。勇者の村からも程近いため、見送りが沢山来ている。
尚文はルージュと並んで港の桟橋を歩きながら、迎えの船を探す。
「どんな船なのか、興味がありますな」
「――あれだな」
船尾に書簡の印璽と同じ文様が描かれた旗を掲げた帆船が、一番端に停泊していた。メインマストにはメルロマルクの国旗と停船荷積中を表す信号旗。
船の全長は30m程。外洋を渡るには少々心許ない大きさだ。
「二本マストのスクーナー? いや、ケッチか? ふむ、この船で向こうの大陸まで四日で行けるとは到底思えぬが…」
縦帆で外洋向きと思えない構造に、ルージュは疑問を抱く。外観も特殊で、船のサイズに比して立派過ぎる船尾楼甲板はともかく、前方メインマストのブームは随分高い位置にあり、後方のミズンマストは旧式のガフセイルだ。前後のマストの間には左右に同じ高さの見張り台のような構造物が目立つが、マストより低いため視界は良くなさそうだ。
その見張り台から声をかける者あり。
「勇者様のご一行でいらっシゃいまスか?!」
声の主は10mの高さはあろうそこから飛び降りると、尚文たちの目の前に音も無く着地した。
「ようこソ、お越シくだサいまシた。まサかこれほど大勢でお見えになるとは、喜びに耐えまセん。
申シ遅れまシたが俺、私は案内役兼通訳を努めサセていただくトレコと申シます」
猫科の頭と尻尾を持つ小柄な獣人は、着地の跪いた姿勢で目を伏せたまま、緊張気味に少し訛りのあるメルロマルク語で挨拶する。
「盾の勇者、岩谷尚文だ。 十二名ほど世話になる」
尚文のすぐ後ろにいたラフタリアは、目の前の獣人の男が一週間前に招待状を届けに来た人物であることに気付いた。あの時の制服や制帽は身に付けておらず、今は船乗りらしい格好だ。
「どうぞ、こちらへ」
トレコは立ち上がり、舷梯(タラップ)まで先導しながら話す。
「十二名全員乗船でスか? 随伴スる船などは」
「ない」
「左様でスか。あ、足元に気をつけてどうぞ」
最初に尚文が舷梯を登り、甲板に降り立つ。
甲板では、船員達が各所で忙しそうに様々な作業を行っている。尚文に続きラフタリア、錬と次々に甲板に上がってくる。指笛が鳴り響き、船員が甲板に整列を始めた。殆どが獣人、それも雑多な種族が入り混じっている。
唯一、制服を着込んだ魂人が帽子を脇に抱えて進み出た。短躯ながら骨太な体格で、火のついていない葉巻を耳に挟んでいる。
「船長のナナサだ。
あんたらは客人として扱うが、船の上では俺の命令に従ってもらう。狭い船だが、暫く我慢してくれ。
トレコ、船内の説明はお前に任せる。
よし、野郎共、出港準備だ!」
船長は帽子を被りながら振り返り、船員達に指示を飛ばした。船員達が再度各所に散っていく。
尚文たちは甲板後部に集まり、トレコの説明を聞く。
「スみまセんね、口が悪いんでスよ、ウチの船長。ああは言っていまシたが、実際に皆さんに何か作業を指示スる事はまずありまセん」
「船の上のルールは理解している」
肩をすくめ手を広げて謝るトレコに、尚文が腕組みをしたまま答える。
「恐縮でス。
もうスぐ出港シまスが、荷物はこの索の中にまとめて置いてくだサい。後で客室に運びまスんで」
「自分で運んでは駄目なのか?」
「構いまセんが、出港シて暫くは帆走なので、かなり揺れまス。気をつけてくだサい」
「暫くは帆走? 動力船なのですか? この船は」
「普通は逆ではないかな? 洋上に出てから帆走というのは聞くが」
樹とルージュの問い掛けに、トレコは額を叩くとバツが悪そうに答えた。
「スみまセん、肝心な事を言ってまセんでシた。
こいつは帆船に偽装シてるんでス。外洋に出まシたら本来の姿に戻りまス」
「本来の姿?」
「ええ、この船の本体は魔物なんでス。セファーロ族といって、大きいのから小さいのまで色々いまスが、こいつくらい大きい奴は中々いまセん。相当なスピードが出まスよ。
客室部と甲板以外は生体でスので、武器等で刺激シないよう願います。
あ、後、火を非常に嫌がりまスので、火気も厳禁で」
「だそうだ。
わかったか? 特に元康」
「了解ですぞ」
「この船の人員は先程ので全員ですか?」
「ええ。船長、機関長が各一名、航海士が三名、甲板部員が六名、コックが二名、ソれに自分の計十四名でス。あ、自分は副長やってまス」
「少ないな」
「軍艦じゃないでスからね」
「失礼だが、トレコ殿はレオパ族では? 言葉にシルトヴェルトの訛りを感じたのだが」
ルージュの問いかけにトレコは一瞬驚き顔を上げると、人懐っこそうな笑みを見せてシルトヴェルト語で答える。
「ええ、一年前まではシルトヴェルトで船乗り見習いをやっていました」
勇者達には翻訳して聞こえるので意味は無いのだが、訛りがなくなった。
「それが何で向こうの世界に?」
「今は出港前ですので、その話は後でゆっくりしましょう。
陸を離れたら客室にご案内します。お見送りとの挨拶はここでどうぞ。
ではまた後ほど」
そう言うとトレコは右舷の見張り台に上っていく。気がつけばナナサ船長も左舷の見張り台に立っていた。
「出港用意!」
船長の号令を受けて、トレコはラッパを鳴らす。
尚文たちは舷側の手すりにつかまり、波止場に並んだメルティら見送りの人々と手を振り合った。
舳先と艫の舫い綱が解かれ、船がゆっくりと離岸する。
「信号旗掲揚、舫い綱回収急げ、ジブセイル左舷一杯まで開け!
お前らの好きな上手回しだ、腕前見せてやれ! ぶつけんじゃねーぞ!」
船長の檄に、船員達が微妙に不満の混じった返事をする。
船は湾内で一回タッキングして港外へ滑り出た。
船長は「ご安航を祈る」の信号旗を掲げた港湾局の管制塔に敬礼し、見張り台から降りてきた。同様に見張り台を降りてきたトレコと二言三言交わして、船尾の方へ向かう。
トレコは勇者一行に歩み寄り、船長が消えていった船尾方向を指した。
「客室は四人部屋を六つ、ご用意しています。狭いですが、ご勘弁を。部屋割りはお任せしますが、当直が点呼を行いますので、後ほど部屋毎の人数を教えてください」
紆余曲折あったが、以下のように決まった。
客室A:尚文、フォウル
客室B:ラフタリア、リーシア、ウィンディア、フィーロ
客室C:樹、錬
客室D:元康、みどり
客室E:ルージュ、影
客室F:予備
「女部屋、密度高すぎね?」
「ウィンディアちゃんもフィーロも小さいですし、大丈夫ですよ。
それよりも船酔いした人を隔離できる部屋があった方がよいでしょう?」
「それもそうか」
「あ、兄貴と二人きり…」
「フォウル君、頑張れ」
こうして各人自分の荷物を持ち、客室に入っていく。因みに一番大きな荷物はルージュに付いている影が持っているもので、船室に入れるのにかなり苦労していた。
船尾は中央に通路(と言っても屋根は無い)があり、部屋は左右に四つずつ並んでいる。一番奥は船長室と副船長室、他の六部屋が客室となっている。船員達の部屋は別の場所、見張り台の下にあるらしい。
客室の作りは全て同じで、覗き窓の付いた入口扉を開けると、すぐ右は荷物入れとクローゼット、左は予備の寝具が詰め込まれていた。奥に進み、左右に二段ベッドがあり、部屋の突き当たりには嵌め殺しの丸窓から外の景色が見える。屋根は甲板の傾斜に合わせて入口側が高く奥側は低い。部屋最奥の左側の扉はトイレ、驚いたことに海水とはいえ水洗だった。簡単な使い方が描かれたピクトグラムが壁面に飾られている。部屋右奥の壁面には鏡が貼られ、その下に洗面台、横には二本の竹製の水差しが動かないようにぴったりの大きさの穴に刺さっている。
予想していた以上に快適そうな設備に、満足そうな一行。

晴れ渡る青空の下、帆船は軽快に海原を走り、錬と樹とフォウルが船酔いの気配を見せ始めた頃、船は次第に速度を落としラッパが鳴って甲板が慌しくなる。
気になって扉を開けた尚文に、ちょうどやってきたトレコが話しかけた。
「これから本船は高速巡航に移ります。
移行が完了するまで船室外に出ないようにお願いします」
同じ事を各部屋に告げて回る。物見高いルージュが見学を申し出て、指定の位置から動かない事を条件に許可された。船酔い組と尚文も一緒に後部甲板の一角から見物する。
既に船員達によって帆や静索は外され、マストがむき出しになっていた。
船体後部の通路の床板が外されて、出来た溝が後部ミズンマストの根元まで伸びている。舳先からメインマストまでの間も同様だ。
先程まで木のようなこげ茶色だった船体は白っぽい色に変わっている。
船長の合図と共にマストが前後に倒される。その時になってマストが魔物の一部だということに気付いた。メインマストが前方に倒れた事でブーム部は甲板前方に直立し、小さいマストとなった。後部ミズンマストのガフは海中に没して舵の役割をするらしい。これらは魔物の触手なのだろう。
船体の前後に伸ばされた元はマストだった魔物の触手の先端に、魔法の障壁が展開される。前方の障壁は紡錘形のカウルになり、後方は整流と風の巻き込み低減のためかウイング状と形が違う。
外された床板が元に戻されていく。左右の見張り台の間に艦橋が設置され、行き来が出来るようになった。
艦橋に立った船長の号令に従い、船体が加速を開始する。次第に船体が浮き上がり、魔物の姿が水面上に見え始める。流線型の身体の水面下に左右それぞれ筒状の組織があり、前面から海水を吸引して後方に噴出している。
速い。
サディナの泳ぐ速度以上、まるで高速道路を走る車並みのスピードで航行しているのに、それほど風を感じないので違和感を覚えるほどだ。
一仕事終えた感でやってきたトレコに尚文が尋ねる。
「このスピードで泳ぎ続けられるのはどれくらいだ?」
「一日に二回休憩を入れる以外は泳ぎっぱなしです」
「なるほど、それならば四日で向こうの大陸に着くのも納得ですな」
船体は安定し、船酔いから開放された一行。
しかし今度はこの魔物が発する重低音(魚避けの音)に、フィロリアル達やフォウルが悩まされる事になるのだった。

港を出て一日と半分が経過した。ここまでの船旅は順調そのものである。
勇者たちを乗せて海を進む魔物の休憩時間は、日の出後と日没前にそれぞれ一時間程度。その間は船体が水面近くまで沈み、魔法の障壁も展開されない無防備な状態になる。
そのため尚文はこっそり流星壁を展開しているが、大海原の真ん中で何者かに襲撃されるような事態は起きていない。
夕日が周囲を茜色に染める中、甲板部員が潜水して船体のチェックを行い、機関長が回復薬を用いて魔物に魔力を補充する。
リーシアとウィンディアが後部甲板で干していた洗濯物を取り込んでいる。
錬、樹、みどり、フォウルが船縁に並んで座り、釣り糸を垂れている。
「この時間が一番酔う気がする」
「早く走り出して欲しいですね」
「もとやすさん、全然手伝ってくれない…」
ラフタリアとフィーロが海に潜り、魚を追い立てる。そのフィーロを元康が追い立てている。
そして尚文とルージュは客室でトレコに向かい合っている。一日経って大分打ち解けてきたのが、口調に表れていた。
「なぁ、魔王ってどんなヤツなんだ?」
「どんなと申されましても… 俺も直接会ったことは無いんすよ。
ですが、色々な魔物や亜人、獣人を従えている凄い方みたいすね」
「トレコ殿は一年近く向こうの大陸にいたとか。それは、どういった経緯で?」
「一年ほど前、乗っていた貨物船がシルトヴェルトからシルトフリーデンに向けて航行していた時に、折り悪く『波』が発生しましてね。凄い数の魔物から逃れようと必死に船を走らせてたんすが、風向きが悪く『波』の裂け目に吸い込まれて、気付いたら転覆してました。
当時はそこが別の世界だなんて思いもしなかったんすが、生き残った何人かの船乗りと一緒にバラバラになった船の破片に乗って漂流している内に奴隷船に捕まっちまいましてね。まぁ酷い状況で働かされてたんすけど、ある港に停泊中に俺は隙を見て逃げ出して、ナナサ船長の船に逃げ込んだんです。船長は言葉の通じない俺を匿ってくれて、魔物の住まう領域にある村に連れていきました。
その村は亜人や獣人、魔物、雑多な種族が寄り集まった不思議な場所で、俺はそこで向こうの世界の言葉や魔物の言葉を教わって、その後は通訳みたいなことをしながらナナサ船長の手伝いをしてました。
で、三ヶ月くらい前ですかね? こっちの世界と繋がった時に戻って、情報収集やら偵察やら、主にメルロマルク周辺で活動してました。
なんで、あっちに戻るのも三ヶ月ぶりくらいなんすよ、俺も」
「ふむ」
「時に崇四傑、水晶の勇者に関して何か聞いたことはあるか?」
「水晶の勇者ですか? うーん… 先ず崇四傑自体が、それを装って無体を働く偽者だらけで評判良くないんすよ。最近じゃもう崇四傑って名乗るだけで追い出されるくらい嫌われてますね。特に水晶の勇者は呪(まじな)いが多少でも使えれば成りすませるんで、詐欺師の代名詞みたいなもんでした。本物なんていなかったんじゃないすかね?」
「魔王の元に身を寄せている、という噂を聞いたんだが?」
「その噂は俺も聞いたことありますけど、知らないっすね。もし本物が居たとしても、正体は隠してるんじゃないすかね、あっちじゃ」
甲板の方から歓声が聞こえた。船乗り達の品の無い口笛も混じっている。
室内の四名(忘れていたが影も同席している)がそろって、暑いので開いたままの入口の扉の方を見る。
海から上がったラフタリアとフィーロが扉の前を通りかかり、「シャワーお先に使わせてもらいます」とお辞儀して、船尾のシャワー室の方に去っていった。
シャツと短パンが濡れた身体に張り付いて、肉感的な身体のラインが一層引き立って艶かしい。髪も濡れてつぶれていたが、にも拘らず逆立った尻尾が、怒りを表していた。
それを見て『元康がやらかしたな』と、尚文は直感した。
しかして甲板の上には、弱々しく手を伸ばした元康がうつ伏せに倒れていた。

メルロマルクの港を出港して四日目の朝。
水平線の薄靄の向こうに大陸の影がくっきりと見えた。
船は休憩時間にもかかわらずゆっくりと進んでおり、魔法の結界も展開したままだ。
朝食を取ろうと甲板に集まってきた勇者の一行に対して、副長が少し困った顔で話しかける。
「港の手前辺りにうろうろしている船がいるんです。
やり過ごしたいんすが、どうしたものかと思いましてね」
「接近すると危険なのか?」
「場合によっては、な。海賊かも知れねぇ」
トレコの後ろからやってきた船長が言った。
「普段なら適当にあしらってずらかるんだが… 今日は客を乗せてるしな。迂回して港に着くのが遅くなるのも面白くねぇし、気になるのは向こうの狙いがあんた等かもしれないってことだ」
「なるほど、あり得ますな」
「選択肢は?」
「一つ目は、ここで展帆して何食わぬ顔ですれ違って港に入る。何事もなければこれが一番早いですが、何かあった場合は面倒っすね。
二つ目は、このまま高速巡航で大きく迂回しつつ港に接近し、岸に近い場所で展帆して港に入る。目の前の船は確実に回避できますが、魔物の姿で陸に近付いたり陸の近くで展帆作業するのは別のリスクがあります。
三つ目は、ここで展帆して『隠蔽』状態ですれ違って港に入る」
「『隠蔽』状態?」
「こいつは魔法の障壁の代わりに『隠蔽』の魔法もかけられるんでさ。その場合あまり速度が出ませんし、航跡は消えないんでそれがわからないくらいの距離を取って横を抜ける必要がありますね。
あと、射掛けられたときの危険が障壁が展開できないんで大きいです」
「その三択ですか?」
「四つ目に展帆した上で迂回するってのもありますが、その場合は今日の午前中に港に入るのは無理ですね。お叱りを受けちまうんで、これは無しで」
「どう思う? 尚文。正直、俺達だけならどうにでもなるんだが、船の安全を優先に考えると荒事を避けるべきと思うんだが」
「ワシも勇者やメルロマルクの王族がこちらに来たことは、なるべく伏せておくべきと思いますじゃ。」
錬とルージュの言葉に尚文は暫く考える。
「何れにしても、二つ目の案は無しだ。リスクを回避する手段が無いからな。ここで展帆するべきだと思う。ついでに朝食も済ませてしまった方がいい。
船長にそう進言してくれ。
俺は少し様子を見てくる」
そう言うと、力を使って前方の港の方に意識を飛ばす。視野を広げ、猛禽類のごとき視点で船の位置を探る。
薄靄の向こう、ここから 5km以上は離れているだろうか、かなり遠い場所に二隻の船を見つけた。この船と同じかやや大きいくらいで三本マストの帆は減帆しており、どこかに向かおうとしている様子は無い。
尚文はさらに接近して、甲板の様子を見る。バリスタ(大型弩)などの設備や雰囲気などから一見して漁船でない事がわかった。未だ寝ている乗組員が殆どなのだろう、甲板上に人影は疎らだが武装度は高い。見張りは港の方を注視しているようだ。

「漁船ではないな。雰囲気としては戦闘艦だ。バリスタを積んでいた」
意識を肉体に戻した尚文は、展帆作業を指揮していた船長と副船長に偵察結果の報告をする。
「感覚としては、港の方に向けて待ち伏せしているようだった。狙いは俺達じゃないのかもしれない」
それを聞いて、トレコがナナサの方を見る。
「船長、こいつは」
「ああ、リータかもしんねぇ… だとすると」
「リータ?」
「私略船です。大国の私略免許を持って各国の港を荒らし回っていました」
「『波』が収まってからはプッツリ見かけなくなったんで、てっきり解散したと思ってたんだが… お客人、面倒な事になるかもしれねぇ」
「港に入れない、か?」
「確認が必要だ。『隠蔽』状態で視認できる距離まで接近する。
トレコ、食事は携帯食を配布だ。お客人には申し訳ないが、な」
箱詰めされたビスケットにドライフルーツ、干し肉の細切れ、竹筒の中にはコーヒーのような飲み物が入った携帯食が全員に配られる。
「そういえば、随分遠くの船を見つけられるんだな」
魔物の姿から帆船に偽装するため展帆を終え、『隠蔽』状態で航行を始めたのを確認して、尚文は干し肉を噛みながらトレコに話しかける。
「機関長の耳のお陰です。魔物の出す魚避けの音の反射を聞いている、とか言ってました。よく解りませんが」
「見えたぞ!」
見張りの声に艦長も見張り台に登って確認する。
「――矢とカトラスのクロスエンブレム―― 間違いねぇ、リータネンだ。しかも、港の方から船がきてやがる、二…いや三隻か、不味いな」
二隻の私略船は港から出てきた船を獲物と見定めたらしく、転舵した。
「船長、隠蔽魔法はラフタリアとリーシアが手伝ってるし、俺も結界を展開しているから流れ矢を気にする必要も無い。だから船の安全を最優先に判断してくれ」
「恩に着るぜ、お客人。
面舵! 大岬側から進入するぞ!」
魔物の動力も併用して、勇者達の船は私略船の右側を追い越す。左舷見張り台から私略船の様子を伺っていたトレコが呻くような声を出した。
「モーガン… 野郎、リータに雇われてたのか…っ!」
私略船の甲板で指揮を取る亜人に見覚えがあったらしい。 
「シルトヴェルトでは名の知れた海賊です」
そして漸く甲板の勇者達にも港から出てきた船の姿が見えた。どれも大型で輸送船のようだ。一列になって進んでくる。
「シルトフリーデンの輸送船ですな」
魔法で視力を拡大させたルージュが艦尾の旗を見て言う。
私略船は輸送船団の左右から挟み込むように展開し、移乗攻撃を仕掛けようとしている。輸送船も私略船に気付いたらしく、左右に転舵し始めた。
私略船から輸送船に矢が降り注ぐ。輸送船には護衛が乗っていたらしい。
反撃の矢や魔法が私略船に向けて飛ぶ。
ちょうど陸風から海風に変わる時間帯で、帆船の行足は遅かった。私略船側は輸送船の頭を押さえて接舷しようとし、輸送船側はそれを避けようと距離をとりつつ応戦する。
自然と戦線は横に広がり、勇者達の乗る船も押し出される形になった。
遂に私略船の一隻が輸送船に併走し、乗り移ろうとした瞬間、目の前の私略船のメインマストが大きな火球に包まれ、炎上する。
「儀式魔法!?」
即座に炎上するマストの根元に斧が打ち込まれ、絶妙なタイミングで静索が断ち切られる。燃え盛るマストは併走する輸送船に飛び掛るように倒れた。延焼する輸送艦の甲板から、護衛と思しき冒険者達が次々と海に飛びこむ。輸送船は大きく傾いたまま、港の湾内に戻るように旋回し、浅瀬に乗り上げて座礁した。
進路を塞がれた形になったナナサは舌打ちし、指示を出す。
「入港は断念する! 大岬の裏に回るぞ!」
魔物の船は戦場を離脱し、港の外側にある岬を目指す。
「着いてからちょっと歩く事になりますが、ご勘弁ください」
見張り台から降りてきたトレコの言葉に勇者達は無言で頷いた。
黒煙燃え盛る戦場を船尾甲板から見送る勇者一行。
「世界の真の平和は未だ遠いのですな…」
誰に言うともなしに呟いた元康の言葉が、皆の心に染み込んだ。

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