第一章(1)魔王からの招待状

更新履歴
[2018/06/26]
・改行ルール統一
・一部表記訂正追記

「やれやれ、とんでもないところだった」
夜もかなり更けてから村にポータルで戻ってきた盾の勇者=岩谷尚文は、自分の部屋に転がり込むとベッドの上で大の字になった。
世界の代行者=超越者の力を持っていても、力を行使すれば疲労は発生するし、頭を使えば眠くもなる。眠らずともそれらを解消する手段は幾つもあるが、単に眠るのが一番だ。
人に交わり生きるのであれば、真似事であっても人としての営みを行う。
だが、それも何時まで続けられるものか…
「お疲れ様でした」
パートナーの亜人ラフタリアがカップを両手に一つずつ持って、部屋に入ってきた。
村に着くなり眠ってしまったフィーロを背負って部屋に運んだからだろう、頭に桜色の羽毛が付いている。背負われたフィーロが天使形態ならばそれは微笑ましい絵だったと思うが、残念ながら鳥モードだった。
「ああ、お疲れ様だ」
尚文は上体を起こし、ラフタリアの頭を撫でるついでに羽毛を取ってやった。はにかんだラフタリアのふかふかした耳がやや伏せ気味になる。
花の香りが付いた水の入ったカップを受け取り、一気に呷る。この花は腐敗防止の効果もある優れもので、少々留守で放置していた水瓶の水でも問題なく飲める。
「私も撫でて欲しいですわ、尚文様」
ふいにアトラが尚文の左手の盾から半透明の上半身を飛び出させて、ねだるようにすり寄った。
「お前は何もしてなかっただろ」
そうは言いつつ、尚文は盾の精霊の愛らしい頭をややぞんざいに撫でる。
「転送結界を探す時に頑張ってくれたじゃないですか」
ラフタリアは苦笑しながらそう言うと、空になったカップを受け取って部屋を出て行った。フォローされたのが不満なのか、ラフタリアの余裕の態度が気に入らないのか、アトラは膨れっ面をして、盾の中に引っ込んだ。
そう、彼らはプラド砂漠に残された女神メディアの残滓とも言うべき経験値収集装置を破壊してきたのだ。
実際にはメディア消滅と同時に機能の殆どを停止していたので、放置しても大きな問題は無かったのだが、龍脈の巡りが悪いと精霊たちが口々に言うので「放置自転車撤去」くらいの軽い感覚で出かけたのだが、思いの他に手間取った。
装置の置かれた城は広大なプラド砂漠のほぼ中央に位置し、強固な不可視の転送結界は未だ機能したままで、容易に近づくことが出来なかった。
結果、炎天下での強行軍となり、尚文が流星盾を常時展開し、探知した転送結界をラフタリアがサウザンドハンマー(槌の面制圧スキル)で破壊するという荒業で砂漠を三日かけて渡り、目的の城の前のオアシスで一旦休憩した後、建物ごと装置を破壊した。
帰路は幸いにも転送結界が再生しなかったとはいえ、地域活性化が発生した影響でポータルは使えず、フィーロの健脚を頼りに三回の小休止を挟みつつ丸二日かけて活性地域外へ到達、ポータルで脱出し水も食料も使い切っての帰還となった。
精霊の加護が厚い尚文やラフタリアに比してフィーロの消耗が著しく、村に着くなりダウンしたという訳だ。
「もう遅いし、今日はもう寝るか」
尚文が言い、ラフタリアが居間の灯を消そうとした時、玄関の方からドンドンと叩く音がした。
「はい」
ラフタリアが扉を半分ほど開けると、そこには見慣れぬ制服のような衣類を身にまとった獣人が立っていた。外した帽子を胸で押さえている。
「夜分遅くに失礼シまス。 盾の勇者様の居所はこちらでシょうか?」
丁寧だが、やや訛りのある言葉だ。メルロマルクの者ではないのだろう。
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」
「速達でス」
そういって封書を差し出す。
「そくたつ?」
聞きなれない言葉にラフタリアが鸚鵡返しに呟きながら、それを受け取る。
「盾の勇者様に必ずお渡シくだサい。
それでは失礼シまス」
そう言うと帽子を目深に被り直し、闇夜に溶けるように走り去る。
「なんだ?」
「そくたつだそうです。
あ、招待状と書かれていますね。 ナオフミ様宛です」
「明日見るからその辺に置いておいてくれ」
「わかりました」
居間の灯りが消え、カーテンの隙間から差し込んだ月の光がテーブルに置かれた封書を照らした。

Spin-out from 「盾の勇者の成り上がり」
”魔王からの招待状”

翌日、尚文は朝早くから村の食堂に向かい、料理班から留守にしていた間の申し送りを受ける。長い間、村長と料理番の役割を兼ねていたため、調理場から村の状態を管理するのが、尚文の常であった。行商や修行で村の外に出ている者の人数、体調を崩したものがいないか、食料の備蓄状況などを確認し、向こう一週間の大凡の献立を決めて、食材の発注を指示する。
料理長はこの村の復興時からいる古参(と言っても未だ若いが)の亜人で、尚文の大雑把な指示を的確に汲み取る。非凡な調理技能の持ち主でもあるのだが、盾の料理補正のかかった尚文と比較されるために未だに評価されない不遇な子だ。
その日の朝食は、尚文の意向で自らブイヤベース(のような魚貝の煮込み)を作った。久しぶりに味わう海の幸の滋味に、ラフタリアとフィーロも満足気だ。
朝食後、フィーロは「メルちゃんが町にいる!」と言って、隣の町へ走っていった。女王メルティに寄生したフィロリアルは未だ有効らしい。
「さて」
自分の家に戻った尚文は、テーブルに置かれた封書に気付き、手に取った。
「ん? メルロマルクの印じゃない?」
封蝋に押された見慣れぬ印璽(知る者が見れば花押と気付いたかもしれないが、尚文には読めなかった)に少し考えた後、ペーパーナイフで開封する。
椅子に座りながら、内容物を取り出して机に置いた。 出てきたのは、便箋が二枚と小指程の水晶六角柱のような物。
とりあえず、三つ折にされた便箋の方を開く。
一枚はメルロマルクの文字で書かれたもの。
もう一枚は
「日本語だと?」
思わず声を出した尚文に、お茶を入れていたラフタリアが振り向いて、尚文の頭越しに覗き込む。
「勇者文字…ナオフミ様の世界の文字ですね」
尚文はその書面の女性らしい筆致に嫌悪感を覚えながら、読み進める。

『盾の勇者改め世界の代行者こと岩谷尚文様へ

はぁ~い はじめまして!
私はこの度融合してしまった世界、あなた方が「グラスの世界」と呼んでいる異世界の「魔王」です。
驚いた? 興味ある? あると嬉しいなぁ。
女神メディア(あ、クソ女神のことね)の撃滅、お疲れ様でした!
で、その祝賀会と今後のことを打ち合わせる場を設けたいと思いま~す。
ほんとはね~ 私がそちらに行ければいいんだけど、色々あって無理なので~ ゴメンナサイ! 折角の機会なので、そちらの勇者様方大勢に来ていただけると嬉しいです。
あ、でも魔王からの呼び出しとか怪しいよね。
メルティ女王陛下にも是非お会いしたいんだけど無理ぽいね。う~ん残念。

そうだ、日程とかも書かないとだよね。
今度、テアオワン、あ、扇の勇者グラス様の国ね、と交渉が再開されると思いますが、その一週間後に迎えの船を勇者様の村のお隣の町の港に停泊させてもらいます。
こんな(封蝋に押されたのと同じ花押のマーク)旗が目印です。
もし、こちらの用意した船が不安であれば、船の勇者様の船でもOK! その場合は先導しますので付いてきてください。
船中で三泊してもらって、四日目の昼頃にはこちらの港に着くと思います。
そこで昼食を取っていただいて、夕方には宴会場に到着するはず。
そうそう、宴会場は魔王の城ではなく隠れ家です。
城は色々散らかってるし、ポータルが使えないし、私がのんびり出来ないし(重要)。
なので、後から合流する人がいる場合は、勇者様がポータルで連れてきてあげてください。
魔王の隠れ家の場所とか、現地民にも殆ど知られてないと思うので。
で、四日目の夜、宴会でしょ、五日目、打ち合わせでしょ、六日目、祝賀会で急ぐ人はそのままポータルで帰ってもいいし、七日目には送る船を出すので、のんびりする人でも十日で帰れます。
勝手に決めちゃって申し訳ないけど、この日程で都合の付く方をお誘い合わせの上、是非是非ご参席ください!
皆様に直接お会いできる日を、本当に楽しみにしております。
かしこ
魔王より』

眩暈と頭痛を覚え、尚文は右手でこめかみを押さえる。
なんだ、この頭の悪い文章は? 口述筆記か? どう見ても手書き、それも筆っぽい。横書きだが。破り捨てたい衝動を辛うじて抑え、テーブルの上に放る。
気を取り直して、メルロマルクの文字で書かれている方も読む。

『勇者の皆様

謹啓 勇者ならびに関係の皆様におかれましては、無事波を乗り切り、女神の恐怖も去りましたこと、お慶び申し上げます。
本来なら直接訪問にてご祝辞さしあげるべきところ、略儀ながら書面にて失礼いたします。
ご挨拶が遅れましたが、私はこの度貴世界と融合した異世界の『マオウ』です。
この度融合した世界について、お打ち合わせの場を持ちたく、ご連絡差し上げた次第です。
また、お打ち合わせの前後にささやかながら宴席を設けさせていただきます。
来るテアオワン国との交渉再開の一週間後、貴国の港に送迎の船を送ります。
下記の旗が目印となります。
以下、日程の目安となります。
一日目:乗船、船中泊
二日目:船中泊
三日目:船中泊
四日目:宴会場着、宴席
五日目:お打ち合わせ
六日目:宴席
七日目:乗船、船中泊
八日目:船中泊
九日目:船中泊
十日目:メルロマルク港着
是非多くの方にご臨席を賜りたく、謹んでお願い申し上げます。
謹白
マオウ』

尚文は左手もこめかみに添え、テーブルに両肘を付く。
話し合う気があるのか? 怪しすぎて誰も行かないだろ、これ。
「ナオフミ様?
勇者文字で書かれている方の内容は…」
「メルロマルクのと同じ内容だ」
「…嘘ですよね?」
ラフタリアは尚文の世界に短い期間だが居たことがあり、少しだけ日本語が読める。ただし難しい漢字は殆ど読めず、また『読める』と『意味が判る』には大きな隔たりがある。
しかしカタカナを拾い読みするレベルでも、少なくともメルロマルクの方には、ポータルやメルティに関する記載が無いし、文量も違いすぎる。
「メルロマルクのとほぼ同じ内容を、女の口語体で書いてある。
音読するのは勘弁してくれ」
「そうですか」
腑に落ちない顔をしながら、ラフタリアは日本語で書かれた文面を眺める。
そして、ふと
「これはなんでしょう?」
と同封されていた水晶六角柱に手を伸ばす。
「気をつけろよ」
「意外と重いですね。
あ、少し魔力を吸われる感覚が…」
ラフタリアがそう言うのと同時に、水晶六角柱がぼうっと光り、側面に緑色の三角形アイコンが浮かび上がる。
「? なんでしょうか、これ」
と触った瞬間、水晶から音が、いや声が聞こえ始める。
『え~ コホン!
世界の代行者たる岩谷尚文様ならびに勇者の皆様
はじめまして!
私はあなた方が「グラスの世界」と呼んでいる異世界の『マオウ』です。
信じていただけないかもしれませんが、それはとりあえず置いておきまして――
女神メディアの撃滅、大変お疲れ様でございました。
え~ つきましては、今後に関して色々お打ち合わせしたい事がありますので、大変恐縮ですが、こちらにご足労いただけますでしょうか?
勿論、送り迎えに関してはこちらで準備させていただきます。
本来であれば、こちらから伺わなければならないのですが、諸事情により叶いません。本当に申し訳ありません。
代わりと申し上げては何ですが、ささやかながら宴席など設けさせていただきますので、ご静養・ご慰労をかねて、お越しいただければと存じます。
え~ なにぶん異文化の地ゆえ、ご不便をお掛けする面もあるかもしれませんが、誠心誠意おもてなしさせていただく所存です。
日程に付きましては、勝手ながら次の通りとさせていただきます。
近日中に行われる予定のテアオワンとの交渉開始日から一週間後に、メルロマルク港に迎えの船をお送りします。
この書簡の封蝋に押されたのと同じマークの旗を掲げていますので、目印としてください。
こちらで用意した船がご不安であれば、そちらで用意していただいても構いません。こちらの大陸まで先導させていただきます。
出発日を一日目としまして、四日目の昼頃にはこちらの大陸の港まで到着する見込みです。
夕方には宴会場までご案内できると思いますので、そのまま祝賀会となります。
五日目はお打ち合わせの日とさせてください。
メルティ女王陛下もしくはメルロマルクの外交権限をお持ちの方にご出席賜れれば、幸いです。
六日目にも懇親会をご用意させていただきます。
七日目にはお送りする船を出しますので、十日目にメルロマルクの港に戻れる予定です。
足掛け十日間の長期間となりますが、是非多くの方に足を運んでいただきたいと存じます。
え~ 一点注意事項がございます。
今回ご用意させていただく宴会場は『マオウ』の城ではなく隠れ家となっております。
こちらの案内以外の方法で現地に辿り着くのは中々困難かと思います。
宴会場周辺はポータルを使えるようにしておきますので、出発に間に合わない場合はそちらで合流くださいますようお願いいたします。
また、ポータルによる途中参加や緊急帰還は随時行っていただいて構いません。
皆様に直接お会いできる日を、本当に楽しみにしております。
『マオウ』より』
「…」
尚文は机の上に突っ伏している。
何で全部温度感が違うんだよ…
「綺麗な声の人ですね」
「最初の感想がそれ?」
尚文は起き上がって椅子に背を持たせると、頭を掻きながら言った。
「とりあえず、クズと相談か。
それまでに四聖にはこれを見せるとして、他の勇者連中は…」
「私は全員にお話してもいいと思いますが」
そこにけたたましい音を立てながら、フィーロが駆け込んできた。
「ごしゅじんさま!
メルちゃんが『すぐに町に来て』だって!」

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