見出し画像

第一次子音推移もあるんですよ!

みなさんこんにちは。
Yamayoyamです。
超お久しぶりです。
すっかりご無沙汰している間にスイスからスウェーデンに引っ越しました。

今年の1月から、ストックホルム大でポスドクの首の皮がつながったのですが、色々あって引っ越しできずにおりました。
幸いボスの先生も「いついつまでに必ずストックホルムに移るように!!」などと仰ることなく、ゆる~い感じでした。
私事でのゴタゴタもあったしでお言葉に甘えていたら8ヶ月も遅れた(汗)。

今回はスウェーデンからお送りする一本目の記事になるわけですが、図らずもずっと素通りしてきた音韻変化について書こうと思います。

以前、二本続けて「第二次子音推移」についてのブログを書きました。

書いたときには特に説明しなかったのですが、
「なんで『第二次』子音推移なんだろう?『第二次』子音推移というからには、『第一次子音推移』もあったのかな?」
と思われた読者の方もいらっしゃるんじゃ?
と思い立ちました。

ええ、あるんですよ。
第一次子音推移。
別名 グリムの法則。

これ、歴史言語学史的には金字塔的な(大袈裟・・・)すごく重要な音韻変化なんです。ラスムス・ラスクというデンマーク人の言語学者が発見し、グリム童話で有名なグリム兄弟の兄、ヤーコプ・グリムが体系化した音韻法則です。

印欧祖語には、3系列の「閉鎖音」と呼ばれる子音が再建されています。

有声帯気閉鎖音(bʰ / dʰ / gʰ)
有声閉鎖音(b / d / g)
無声閉鎖音(p / t / k)

「有声帯気閉鎖音」って何だ?って思われるかもしれません。
でも「無声帯気閉鎖音」ならみなさん、実は馴染みがあるかもしれません。
日本人が語頭で発音する「p、t、k」の音は、たいてい空気が一緒にちょっと漏れる「帯気音」です。例えば、「パン」とみなさんが言ったとき、勢いがけっこう強くて実は実はちょっと空気が一緒に漏れてることが多いのです。「span」と言う時の「p」の発音で唇に感じる圧との違いを感じてみてください。めっちゃ空気を溜めれば「span」でも帯気音「pʰ」を発音できなくもないですが、そもそも帯気音の「s」の後に続く「p」は、非帯気音になりがちです。
有声帯気閉鎖音」は、いうなればこれを「ばびぶべぼ」の発音でもやるといった感じ。「ぱぴぷぺぽ」でやるよりもやりにくいですが、勢いよく発音すれば帯気するだろうか・・・

これらの閉鎖音がグリムの法則によって、ゲルマン祖語で

有声帯気閉鎖音(*bʰ / *dʰ / *gʰ)→ 有声無気閉鎖音(*b / *d / *g)
有声閉鎖音(*b / *d / *g)→ 無声閉鎖音(*p / *t / *k)
無声閉鎖音(*p / *t / *k)→ 無声摩擦音(*f / *θ / *x)

となりました。

実際どんなデータでこれに気付けるかというと、

(英)father、(独)Vater – (羅)pater – PIE *ph₂ter「父」
(英)apple – (リト)obelys、(ラト)âbels – PIE *h₂eb-(e)l-「りんご」
(古英)thy – (リト/ラト)tu – PIE *tu(H)【二人称単数主格代名詞】
(英)water、(瑞典)vatten – (リト)vanduo – PIE *wod-r̥ / *wed-n-「水」
(英)hundred – (羅)centum – PIE *m̥tom「100」

などなど。手前味噌でリトアニア語の例多めです。

かなり規則的な音韻法則で、その発見自体素晴らしい業績です。
ですが、この音韻法則は歴史言語学研究の更なる飛躍のきっかけにもなったんです。

19世紀のライプツィヒ大学に、当時としては最先端な比較言語学を精力的に研究していた青年文法学派と呼ばれる若人たちがいました。
その中には、リトアニア語の長母音が下降調アクセントを持ったときに語末で短くなるという「レスキーンの法則」を発見したレスキーンもいたんですよ。歴史言語学史上重要な法則を発見した人々でした。
彼らは、

音韻変化に例外なし!

を謳っていました。

で、実際グリムの法則は「例外なし」なのかと言うと・・・。

もちろんありました。
たとえば

(古英)fæder,(独)Vater – (羅)pater – PIE *ph₂ter「父」

青年文法学派はこういう「ぱっと見例外」を、「音韻法則にだって、例外の一つや二つあったっていいじゃない」といって見逃したりしませんでした。どんな例外も、何らかの方法で説明すべき!とかたく信じて、二つの方法で解決しました。

  • 別の音韻法則を導入(たとえばグリムの法則の例外に対しては、Karl Verner が別の音韻法則(ヴェルナーの法則) を導入しました)

  • 類推(アナロジー)という概念を導入

ヴェルナーの法則は、グリムの法則で無声摩擦音化するはずの無声閉鎖音(*p / *t / *k → *f / *θ / *x)が、アクセントのない音節の後に続くときは、摩擦音化しないで有声化する(*p / *t / *k → *b / *d / *g)、というものです。ついでに歯擦音(*s)にも作用しました。
ちょっと分かりにくい・・・。
ドイツ語 Vater 「父」を例にとってみましょうか。
この言葉の印欧祖語のご先祖は*ph₂-tḗr ですが、*-t- の前じゃなくて、後ろにアクセントのある母音があるでしょ?
だから、グリムの法則によってゲルマン祖語で一旦 *faþer- になりそうなんですが、*-t- は摩擦音化せずに有声化し(*fader-)、さらにドイツ語 では第二次子音推移を経て、Vater となりました。

二番目の「類推(アナロジー)」というのは、関連のある語形(多くは同じ変化表のメンバー)に影響を受けて同じ音を受け入れる、というプロセスのことを指します。
例えば、印欧祖語に(主格)*ḱés-on, (属格)*ḱ(a)s-n-ós「うさぎ」という名詞がありました。

格変化によって、アクセントの位置が語根にあったり、語尾にあったり、というタイプです。これにゲルマン祖語でグリム&ヴェルナーの法則が作用して、(主格)*hesō,(属格)*haznaz という形ができました。(主格)*hesō,(属格)*haznaz をよ~く見ると、語根の形が主格と属格で違っちゃってますよね。
こういうとき、多くの言語では違う形を両方保持することは珍しく、どっちかに統一したり、ハイブリッド型で統一したりします。ある言語では主格タイプ *hes- を採用したり([氷島] héri)、他の言語では属格タイプ(+有声音にはさまれた *-z- が r 音化して *har-)を採用したり([英] hare、[瑞典] hare)、あるいはハイブリッド型 *has- だったり([独] Hase、[蘭] haas)。このとき何が起きているかというと、主格タイプが採用された言語では、属格の形が主格の形に影響を受けてその形を受け入れ、属格タイプが採用された言語では、主格が属格の形に影響されてその形を受け入れました。主格+属格÷2をやったのが、*has-。こういうプロセスを、類推といいます。

今でも、基本的に音韻法則に例外はないという仮説の下、説歴史言語学は研究されています。もし例外のように振る舞うデータがあったら、新たな音韻法則を導入するか、類推という概念を駆使して合理的な説明をするべし!という方針です。
というのも、この仮説を崩してしまうと「何でもアリ」状態になってしまって、科学として成り立つためのルールが崩れてしまうから。
第一次子音推移の体系化とそれに続く一連の研究は、言語学が科学として成り立つための大事なルール成立の契機となりました。

そのために歴史言語学的には「金字塔」的な扱いをうけているのですね。

それなのに紹介するのずっと忘れてたわ・・・。
そんなに外国語学習に役立つわけじゃないし、と思って。
でも、いくつか印欧系の言語を学んだことがあれば、子音の対応関係を観察してみるのも面白いかもしれません。

ではでは、今回は歴史言語学のトピックをちょっとご紹介してみました。

それでは、またね!

Yamayoyam

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?