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『蒸発旅日記』にムラムラ

『貧困旅行記』
つげ義春 著 (1966-91年頃の旅日記)

 そもそもの出会いは散歩きっかけだった。なんのタイミングだったかは忘れたが、なにせ時間ができたので台東区の谷中あたりを散歩していて、根津あたりに辿り着き、ふと見たら渋い古本屋があった。そこで手に取ったのがサローヤンとつげ義春。我ながら渋いチョイス。

 つげ義春はその独特の暗いタッチの漫画は何冊か持っていた。それも文庫本になっているもの。大昔の女友達からもらったものな気がするが誰からだったかはもう覚えていない。今思うと、どちらかと言えば男受けが中心と思しきつげ義春の漫画本を女性から頂いたなんて不思議な気がする。センスが面白い。が、残念ながら誰だったかは全く覚えていない。今だったらドキドキしちゃいそうだ。

 そんな、つげ義春の旅行記。漫画ではなく旅行記。パラパラめくってみると古い写真が、温泉街を中心に沢山載っている。ちょっとした移動のお供にちょっとずつ読むのに良さそうだと思って買ってみた。全国の安宿、温泉宿を色々とめぐってきた旅行記。行き当たりばったりな感じも含めて俺好みな小旅行ばかり。それもなるべくキラキラした観光地を避けようとしている、そこが好みだ。既に何箇所かメモらせて頂いた。が、果たしてこの本に出てくる宿のうち、どれだけ今でも残っているのかは怪しいが。

 で、わざわざこの本のレビューを記しておこうと思ったのは、何よりも冒頭の『蒸発旅日記』がすごく良かったから。

 「蒸発旅日記」は著者がまだ独身の頃の、かつ漫画家としてもまだまだパッとしていない頃の旅日記。

「行き先は九州。住みつくつもりで九州を選んだのは、そこに私の結婚相手の女性がいたからだ。といっても私はこの女性と一面識もなかった」

 そんな文面から始まる旅、もうこの一行でやられてしまった。「ここではないどこか」ぐらいは誰しも妄想することはあるだろうが、いくら当時独り者だったとは言え、ファンレターきっかけで数回文通しただけで、この決断をして旅を始めてしまうなんて。でも流石のつげ義春。一見その決断までは格好いいが「見た目が実はタイプではなければどうしよう」などと悶々と考え始めて、電車に乗ることすらも迷い出す。でも、結果飛び乗って九州に向かうが、、、

 そのあとは本を読んでいただくとして、この設定とタイトル「蒸発旅日記」の塩梅は俺の大好物。俺と世代の近い、悶々としたことのある人なら大概は知ってるであろう、「完全失踪マニュアル」。俺はそれの読者でもあったからね。90年代のVillage Vanguardにはこの手の本が沢山並んでたと記憶する。サブカルなどで格好良く生きれてる側もいれば、当時の俺のように悶々としてる側も数多いたはずで、その悶々組たちがその手の本に手を伸ばしていたんだろう。どうすれば自分の消息を断てるのか。別な人として第二な人生。見ず知らずの街で始める第二の人生。そんな妄想に駆られていたことのある者としてはこの「蒸発旅日記」はやられまくりな旅日記だった。

 そんな話を友人としていると、1940年台から全国各地を行脚して文化史を記した宮本恒一という人がいることを教えられて、今その著者による「忘れられた日本人」を読んでいる。これまた色んな田舎を散歩したくなる、田舎の爺さん婆さんと話をしたくなる本だ。 #すうぃ散歩 は俺にとってもライフワークになりそうだ。まぁ俺はせいぜいご当地の渋い赤提灯酒場に行くぐらいだろうけれど。


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