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どうするローテーターカフ

▌棘上筋の昔と今

 何を隠そう、私が野球のコンディショニングに関わるようになったきっかけは、今回のテーマであるローテーターカフ(肩回旋筋腱板)、いわゆる肩のインナーマッスルでした。

 今から30年近く前、当時フジテレビで放送されていた「プロ野球ニュース」で、ダイエー・ホークス(現福岡ソフトバンク・ホークス)と千葉ロッテ・マリーンズにそれぞれコンディショニングコーチとして在籍していた手塚一志氏と立花龍司氏のコーナーがあり、そこで初めて取り上げられたのが肩のインナーマッスルの話で、衝撃を受けたのをよく覚えています。

 今では当たり前のコンディショニングコーチという役職が普及し始めたのもこの頃です。まだインターネットもない時代、テレビと紙の媒体だけが情報収集の拠り所でした。

 ざっとおさらいをすると、ローテーターカフは肩の関節(肩甲骨と上腕骨のジョイント部分)を囲む4つの筋肉(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)の総称で、主に肩関節の安定性に寄与する筋群です(解剖写真参照)。インナーマッスルという表現は、肩に関してはすべてに当てはまるものではないため、ここではローテーターカフで統一します。

棘上筋(肩峰切除)
棘下筋と小円筋(肩峰切除)
肩甲下筋

 この中で、15年ほど前に定説が覆された筋肉が、棘上筋です。下図の通り、棘上筋の停止部が2007年以前(左)と2008年以降(右)で違っているのがおわかりになるかと思います【Mochizuki, T.ほか(2008)】。

棘上筋と棘下筋停止部の変遷(A:2007年以前、B:2008年以降)
SSP-I:棘上筋停止部、ISP-I:棘下筋停止部、
GT:上腕骨大結節、LT:上腕骨小結節、HH:上腕骨骨頭

 筋肉の付着部分が変われば、当然筋肉の機能も変わり、つまりはトレーニング方法も変わるので、看過することはできません。これまで、棘上筋の停止部は上腕骨大結節の前側、機能は肩甲骨面外転とされてきましたが、それはもう昔の話です。今では、棘上筋停止部は上腕骨の小結節後部と大結節前部をまたぐように付着し、機能は主に屈曲+内旋というように変わってきています(下図)。

棘上筋と棘下筋の機能(2008年以降)

 また、上の解剖写真をよく見ると、棘上筋には2種類の筋線維の走行が見られ、停止部分で前側に曲線を描いています。これらのことが棘上筋トレーニングの難しさを助長しており、いまいち成果が出ない要因となっていたようです(経験者は語る)。


▌棘上筋のトレーニング方法

 2008年の報告がすべてに当てはまるとすれば、棘上筋の機能改変に基づき、トレーニング方法も改めなければなりません。棘上筋には筋線維の走行が2種類あるため、トレーニング方法も2種類になります。

 一つは、肩甲骨上部の内側面を起始とする前部線維に対するエクササイズ(①)。もう一つは、肩甲棘を起始とする後部線維に対するエクササイズ(②)です。共に肘を曲げて、肘の外側(外側上果)が挙上する方向を向きます。
① 肩甲骨面外転【scaption】(30~40度)
② 肩甲骨面と屈曲(前方挙上)面の中間肢位での外転(30~40度)

 気を付けの姿勢から、小さく前へ習えをし、①は肩内旋30度前後、②は肩内旋70度前後で、それぞれ外転(挙上)させます。その際、何もしない反対側の手は上腕最上部を軽く押さえます。外転(挙上)の角度を30~40度としたのは、それ以上挙げると肩甲骨の上方回旋が加わるからです(肩甲上腕リズム)。最初は無負荷でかまいません。負荷のかけ方を間違えると、知らず知らずのうちに外側の三角筋がメインで働いてしまい、効果が出にくくなります。

① 肩甲骨面外転(30~40度)
② 肩甲骨面と屈曲(前方挙上)面の中間肢位での外転(30~40度)


▌その他のローテータカフエクササイズ

 それ以外のローテーターカフ(棘下筋・小円筋・肩甲下筋)については、特に大きな変更点はありませんが、棘上筋の停止部が少し前方にずれた分、棘下筋の停止部も前方に広がっています(上図参照)。ということは、これまでの外旋成分に加え、外転成分も入ってくるため、下垂位の外旋だけでなく、肩甲骨面外転+外旋も必ずおこなうようにするべきです。

 また、解剖写真を見てもわかるように、棘下筋と肩甲下筋は肩甲骨内縁に向かって扇状に広がっているため、上部線維・中部線維・下部線維の3つに分けてトレーニングをしましょう。

 野球選手、特に投手にとってローテーターカフはとても重要な筋群です。選手歴が長くなればなるほど、投球腕側の肩は疲弊しており、ゼロポジションにおける外旋筋(棘下筋・小円筋)の筋力低下も報告されています(神経障害による筋の萎縮も含む)。

 投球動作とも密接に絡んでくるため、日頃からローテーターカフのコンディショニングには十分配慮すべきです。投球動作の中で、できる限り肩の外旋成分と内旋成分を減らし、肩の外旋→内旋を主体にして投げるのではなく、肩の水平外転→肘の伸展を主体にして投げられるようになれば、ローテーターカフへのダメージは減ります。そのためには、正しいテイクバック動作とグラブ腕の使い方で、過角形成が起きないよう合理的なボールリリースを心掛けることが肝要です。

▌まとめ

 ローテーターカフのトレーニングは、筋肉によって明確に区分けすることが難しいため(特に棘上筋と棘下筋)、複数のエクササイズで全体的な機能向上をめざすという考え方で実践することをお勧めいたします。

 ① 肩甲骨面外転(30~40度)
 【主働筋】棘上筋(前部線維)、棘下筋(上部線維)
 ② 肩甲骨面と屈曲(前方挙上)面の中間肢位での外転(30~40度)
 【主働筋】棘上筋(後部線維)
 ③ 下垂位(外転0度)外旋
 【主働筋】棘下筋(上部線維)
 ④ 30度肩甲骨面外転+外旋、60度肩甲骨面外転+外旋、90度肩甲骨面外転+外旋、ゼロポジション肩甲骨面外転+外旋
 【主働筋】棘下筋(中部・下部線維)、小円筋
 ⑤ 下垂位(外転0度)内旋
 【主働筋】肩甲下筋(上部線維)
 ⑥ 30度肩甲骨面外転+内旋、60度肩甲骨面外転+内旋、90度肩甲骨面外転+内旋、ゼロポジション肩甲骨面外転+内旋
 【主働筋】肩甲下筋(中部・下部線維)
 ※すべて肩甲骨が動かない範囲でおこなう(その都度チェック)


▌参考:医療現場の声

 『病院で統一してこうしよう、というものはありません。各スタッフに任せています。

 個人的には、ローテーターカフエクササイズ(以下、カフエクササイズ)をそれほど促す機会はありません。

 病院なので、基本的には痛みのある選手が対象になるため、まずは痛みへの対処、大雑把に求心位の保持が主なアプローチになります。

 求心位が取れない選手にカフエクササイズは逆効果と考えます。

 アプローチしていく過程で求心位が取れるようになってきた上で、カフの出力が弱いと感じたら、必要に応じて指導する感じです。

 特に問題がなく、「チューブエクササイズした方が調子が良い」という選手に対しては、あえて止めることはしていません』

某大学硬式野球部に関わる理学療法士さんの意見


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