レコーディング四十肩
四十肩。
あまりにもポップな響きだ。ぜんぜん大したことなさそうだ。
もちろん個人差、程度の差はあるようだが、僕の場合はかなりひどかったようだ。
痛みの記録をすることで治りが早くなるんじゃないか。
この状態を何とか楽しむ方法はないか。
こう思いついたのは発症から1週間ほど経った頃だ。
痛みを忘れないために。
すべての四十肩予備軍のために。
2020年2月3日/1日目
朝起きると左肩後ろ、肩甲骨辺りに違和感。「寝違えたかな?」と特に気にしないまま1日を過ごす。時間と共に違和感は強くなってゆくが「寝違え」の認識は変わらない。夜のストレッチ(約30分)もいつも通りに行う。肩グルグルも。
2020年2月4日/2日目
違和感、さらに増す。企画したスウィングの展覧会最終日だったが「ああ、搬出担当じゃなくてよかった」と思う……くらいの違和感。痛みではない。タイミング良く鍼治療の日(首が悪く通っている)。施術後は違和感もマシになり、夜のストレッチもいつも通り。
2020年2月5日/3日目
朝、違和感復活。しかしあまり気にすることなく1日を過ごす。仕事にも支障なし。夜はドライブに出かける。両手で運転できている。
2020年2月6日/4日目
違和感、増す。範囲も広がり、どこに違和感があるかも分かりにくくなる。「やったらあかんやつかも……」と夜のストレッチは中止。就寝時、左肩のポジションを工夫しないと少し痛む。
2020年2月7日/5日目
違和感からから痛みに変わる。特に左肩前部。が、日常生活にも支障はなく「放っておけば治る」と思えるレベル。「肩が痛い」と口に出して周囲に言いはじめる。就寝時に痛み、左向きは無理。右を向くか上を向くか。上を向いても枕で少し底上げしないと痛む。
2020年2月8日/6日目
状態、特に変わらず。Q、XLと共に神戸大学で講演。京都駅で電車を待っているとき、10年以上前に「乗車時に扉に挟まれたこと」を思い出す。痛みはこの時の後遺症なんじゃないかと冗談めかしてFacebookに投稿する。仕事にも移動にも特に差し障りはなし。
2020年2月9日/7日目
痛みが増す。上着の着脱時に特に痛む。リュックを背負うのにも工夫が必要。洗顔も皿洗いもつらい。就寝時にどう工夫しても痛みがおさまらない。眠りにくい。「四十肩」を自覚し、ネットで調べはじめる。「夜間痛」がはじまったようだ。就寝後も痛みで時々目が覚める。15年も和太鼓をしてきたのに……毎晩ストレッチしてるのに……と受け入れがたい。痛みを上回る楽しみが欲しい。楽しめるか分からないが、「レコーディングダイエット」に倣って記録することを思いつく。
2020年2月10日/8日目
痛い。左肩前部、押しても痛む。痛みで左腕が緊張し可動域が狭まっている。終日打ち合わせ連発の日。客人に「四十肩みたいなんです」と笑って言う。相手も笑う。まだ笑える。夜はある懇親会に。酔うと痛みを忘れられるが、就寝後は何度も目が覚める。
2020年2月11日/9日目
痛い。痛みで気が滅入り、外出する気になれない。けれど家でもくつろげない。掃除や洗濯、家事全般ができない。痛みを忘れようと家で映画を2本(『第9地区』と『SAYAMA』)観る。同じく痛みを忘れるため、普段は滅多に食べないスナック菓子を買いこみ食べまくる。結果、夜に吐く。
2020年2月12日/10日目
鳥取出張1日目。とにかく痛い。出張の準備も委ねられそうなものはスタッフに任せる。バス移動での荷物の上げ下ろし、運賃の小銭を出すのすらしんどい。はじめてICOCAの導入を考える。左腕の可動域は肘が90度曲がる程度。ブランブラン揺れると痛いので、90度で固定したまま。しかし電車内でのタイピングはできた! 痛みもなし。鳥取は雨。打ち合わせにて「着脱がしんどいなら、腕を通さなければいいのではないか」とアドバイスを受ける。そのとおりだな、と思う。夜は「身体」をテーマにしたトーク。カッコがつかないが四十肩を告白したらウケた。酒を飲んだが眠りが浅い。浅すぎて夢か現か……のような状況。「痛くて起きる夢」を見た後に痛くて起きる。
2020年2月13日/11日目
鳥取から無事京都に着。早速、セーターを通さない作戦を実施。痛みは相変わらず強い。生活動作全てに支障が出る。とにかく痛く、昼寝もできない。
2020年2月14日/12日目
前の晩はほぼ眠れず。セーターにも腕が通せない。奇跡的に信頼する整体に行く予定を入れており、腰の悪いスタッフと向かう。先生に「信じられない」と言うと、「なったもんはしゃあない」と一蹴される。高校生の頃からお世話になっていた先生のお父さんが昨年末に亡くなったことを知りショック。施術によって筋肉の緊張が解け、随分と楽になる。また痛みの原因等が分かり少し気も楽になる。患部はピンポイントで左肩前部の「腱」。触ると悲鳴が出るくらいの猛烈な痛み。心臓の鼓動でも痛む(拍動痛)。筋肉が固まると治りが悪くなる。けれど、激痛なので動かせない。矛盾。(炎症を起こしている)患部を冷やすために冷湿布を出してもらう。炎症は「温める」ではなく「冷やす」。先生に「痛み止めを飲むほうが手っ取り早い」と言われ、帰りの道中、すぐに薬局にて痛み止めを購入、服用(イブプロフェン含有のもの)。夜は2/29トークイベントの打ち合わせ。「お酒、大丈夫ですか?」「酒で早く痛みをなくしたい」皆にちょっと困ったような表情をされる。冷湿布をして寝る。
2020年2月15日/13日目
前夜もほとんど眠れなかったが、セーターに腕を通せるくらいに痛みが軽減している。鍼へ。がちがちの左上半身を緩めてもらい、「健部誘導法」で患部周辺の健康な部分に痛みを散らす(?)。一瞬「治ったのかな?」と思うくらいに効果を実感。痛みは減ったが左肩に「異物感」がある。痛みが異物感へと変わった? その後、息子とXLとグラウンドゴルフへ。右腕一本でトライ。案外できる。おばさん達に「両手で(打って)!」とアドバイスされるが「四十肩なんです!」と返すと納得される。とにかく眠いが夜は友人たちと飲み会。ある友人も四十肩とのこと。肩が上がらないらしいが深刻じゃないので治療はしていないと言う。即、治療をすすめる。
2020年2月16日/14日目
悪夢を見ながら目覚めるが眠れた。夢の中でイチローが高齢者のヘルパーをしていて、なおかつ草野球でとてつもない打球をフェンスに突き刺していた。肩の具合はもう1段階良くなっている。肘を曲げ伸ばす運動に痛みなし。肩も少し回せる。腕は前に90度くらい上がるが、横へは30度くらいでつっかえる感じがして、それ以上は上がらない。患部の腱を中心にゴツゴツした異物がある感じ。痛くはない。 車バック時、左から後ろを振り返られる! 20時半~就寝。
2020年2月17日/15日目
11時間寝れた。目覚めてすぐ「昨日より良くなっている! 治ったかも!」と一瞬思うほどに回復しているが、たぶん風邪のときと同じ。起きたときだけの勘違い。左腕、前には110度くらい上がる。横は30度くらいでつっぱりを感じる、変化なし。患部を押しても痛みはない。異物感あり、変化なし。日常の動作はほとんど無意識に、できる範囲でやれている。今、「それほどひどくない場合の四十肩」のマックスくらいと推定する。風呂にもゆっくり入れるようになった。
2020年2月18日/16日目
目覚めて、また良くなっている感じ。ごつごつとした異物感は消えないが痛みはない。恐々ではあるが、車のサイドブレーキも引ける。運転時も自然と左腕が動く。上着やズボンの左ポケットが使える! これがずっと難しかったのだ。入れるときにも取り出すときにも痛くって。
2020年2月19日/17日目
左腕、前に135度ほど上がる。「ハイル! ヒットラー!」のポーズができる。横は45度程度。肩を上げすぎない限りは日常動作にも全く支障なし。服の着脱のみ未だにちょっと苦心する。ごつごつした異物感はなくならないが「これがなくなったときが完治のときではないか?」という思いがよぎる。
2020年2月20日/18日目
朝起きてすぐにする動作。たとえば目覚ましを止めるとか布団をめくるとかを、無意識に左腕でやるようになったため、少しばかりイテテテとなる。でも、痛みへの恐怖心が薄れているからできること。確実に回復している。車のサイドブレーキを力強く上げても痛みはない。服の着脱はまだ恐る恐るだが痛みはほとんどない。鍼。受付の方、そして先生が心配して待ってくれていたのが嬉しかった。施術後、腕が重だるくて逆に動かない。動かせない。でも嫌な感じではない。だんだん感覚が戻り、およそ2時間後に腕を上げるとほぼ真っすぐに上がる! 横も90度くらい上がる! 異物感はまだあるが、生活にはもう何も支障なし。ここから油断しないことが肝心。夜、風呂上がりに腕回し以外のストレッチを再開する。思ったほど体が固まっていなくてよかった。
2020年2月21日/19日目
上着を着るとき、四十肩以前の方法、【右腕を先に通す】を無意識にしようとしていることに気づく。後から通す腕の動きが複雑で痛かったのだが、ゆっくりだと痛くない。昨日の鍼、ストレッチの影響か疲労感があり、昨日ほどのスムーズさはない。ちょっと腕が重い。特に横から腕を上げようとすると、痛みはないが重い。両手を使って帽子がかぶれる。ジャージの左ポケットに入れたウォークマンのイヤホンを左手を使って耳にさせる。できることが増えてゆく喜び。沖縄へ向かう。今日から3日間の出張。
2020年2月22日/20日目
沖縄2日目。那覇市内にて午前中はゴミコロリ。ゴミブルーのスーツは普通の服よりも着やすいことに気づく。ゴミ拾いもまあまあ普通にできる。午後からは講演。支障なし。日常的な痛みが去って左腕を普通に使いはじめたので、うっかり動かしすぎたときに痛む。でも、もうほとんどの時間、気にしなくなっている。異物感ではなく、違和感という感じ。
2020年2月23日/21日目
沖縄3日目。朝起きて、左手も使って洗顔していることに気づく。痛みはほぼナシ。が、普通に動かしすぎているせいか、軽い痛みを常時感じる。油断しているのか、このままいっていいのか、分からない。夜、帰京。
2020年2月24日/22日目
仕事中にパソコンに疲れ、腕をグルグルと回していることに気づく。が、痛みナシ。不安は残っているが、遂にグルグルができた。常時のゆるい痛みはアリ。これは何だ? 治ってゆく過程のやつなのか? それとも何かを間違っているのか? 前者と思いたい。記録にもだいぶ飽きてきた。
2020年2月25日/23日目
毎月恒例、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」。Qさんが朝から行方不明で超心配したけど(このレポートはまた後日!)、左手も使って普通に両手で運転ができるよ!
2020年2月26日/24日目
腕をグルグル回すことができるが、肩全部が突っ張る感じ(違和感)が残っている。「このツッパリがなくなったときが完治のとき!」と、また勝手に悟る。が、関係ないが左上の歯が痛みはじめる……。
2020年2月27日/25日目
親切な歯医者さんに緊急的に診てもらう。左上、抜歯したまま放っておいた部分が痛い。モノを食べても痛い。が、診察後、【実は左下が痛いこと】にふいに気づく。左上は全然痛くない。思い込みって怖い。が、手遅れ。痛み止めをもらう。
2020年2月28日/26日目
鍼。さらに良好に。違和感もほぼなくなる。痛まない範囲の(腕の)ストレッチにOKが出る! 後は焦らず、慎重に!
ここで記録を終わる。後は少しずつ、元の状態に戻ってゆく、そんな気がするし、さして記録することもなくなってしまった。こうして書くことに何か効果があったのか、分からない。が、幸いにして激痛の記憶がもう過去のものになっていることを思うと、書いておいて良かったのだろう。
約ひと月。感覚としてはあっと言う間だった。仕事が忙しくて逆に良かったが、無理がたたってこうなったのかも、とも思う。
この間、四十肩と思しき人に数人出会った。でも恐らくここまでのことになっていないので(肩が上がらない程度)、皆さん何も対処をしていなかった。でも、なんらか対処をしないと「肩が上がらない程度」は、ますますひどくなると思う。発症3ヶ月の間に治療をはじめないと長期化するとも聞いた。真偽は分からないけど。
期間中、車の運転は支障なくできた。あまり大きな声では言えないが、ずっと片手(右手1本)で運転していたのだ(今はもう両手です)。実は常日頃から「片手で運転する」トレーニングを意味なく、でも完全に「トレーニング」と意識して長年続けており、ほめられたものではないが、こんな形で実を結ぶとは思ってもみなかった。まさか「※ 日頃から特別なトレーニングを積んでいます。絶対に真似をしないでください」の人に自分がなるとは。
この記録が、いつか、なんらか、「四十肩予備軍」の皆さんのお役に立ちますように。僕は一足先に「五十肩」へと向かいます。
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