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陶器の家の火事_うつしみ

水泳のオリンピック選手だったのに
金メダルは取り損ねたものの、次のオリンピックには雪辱を果たすはずの男だったのに

男は交通事故に遭い、あっけなく残りの人生を棒に振った。


男は車椅子の身となり、酒に荒れる男となり
IQ160の頭脳であるのに

考えるのをやめた。


しかし、男を襲ったのは偶然の悲劇などではない。

男はそれを自分で計画したのだった。


つまり酔って誤って事故に遭ったのではなく、

”酔ったふりをして”男は事故に遭ったのである。


男の過去は過去の記憶となって、
どこにでもある家族の壁写真のように、
家の階段の壁写真となって額縁におさまっている。

車椅子の身となった男は、その半ば虚ろに浮かぶ額縁の横を、
電気式リフトに乗って、階段を昇るのだ。


しかし男がその時に得たものの価値は、男の中でも、必ずしも釈然としたものではなかった。

しかし、それに回答を与える、”別の男”が男の前に現れた。


”別の男”は、男の持って生まれたDNAの、遺伝子の、そこに含まれる優生要素を欲して男の前に現れた。

男は、”別の男”に優生要素を提供する代わり、身の補償と金を受け取った。


而して、”別の男”は男の優生要素を使って、自らを偽装して、”表社会”の競争世界にのし上がった。


しかし男は少しずつ理解していった。

”別の男”は、表社会でのし上がることが目的なのではなく、
その立場を使って、その立場でしかできない、

陽を思い切り浴びる、

海水浴がしたいだけだったのだった。


忘れ去られた”海水浴”のノスタルジーか、

”別の男”を推進したその力は、

小さい頃に一度だけ体験した祖父母とのビーチ体験だった。

いや、ビーチ体験が、ではない。

そのとき祖父がつぶやいた、祖母への言葉のせいだったのだ。


しかし、男に伝播したのは、このエピソードそのものではない。

厳しい競走世界にほとんど嬉々として、
飛び込む”別の男”の横顔が原因だったのかもしれない。


”別の男”はやがて、ビーチに旅立った。


残された男は、自分の身体に火をつける。

しかしその火は死に向かう炎ではない。


うつしみを残す世界に別れを告げて、

”別の男”と共に旅立つ、

狼煙であるのだった。




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