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陶器の家の火事_小さな旅人の行進

「騒音というのは、
音量や音質の種類で決まるもんじゃないんだ。
どんなに小さい音でも、
どんなに心地よい音色であっても、騒音は騒音なんだ。
じゃあ、どんなときに音が騒音になるのか。
それは、音の鳴り主の姿が見えないときなんだ。」

誰から聞いたが忘れてしまったが、その口ぶりだけは、なぜかよく憶えている。

口から上が完全にぼやけて、髭づらの唇だけが動くのを、話を聴きながら見ていた記憶。

口角に白い泡立ちが浮いている。

大事な秘密ごとを明かすみたいにヒソヒソと話す髭づらの唇からは、ヒソヒソの声の他に、歯の隙間から発生する、すーひー、という笛のような音も漏れ出ていた。

その男がなぜそんな話をしたかもわからない。

ただ、男は旅人だったような気がする。

全身、埃り茶けて、油染みた印象は残っている。


タイニーという国に行ったらしい。

そこでは、一年じゅう小さな旅人たちが国を横断していくらしい。

野を超え、山を越え、

てくてくと歩く小さな旅人たちは、時には行列になることもあるらしく、

野道の一本道を、てくてくと行進していく。

やがて、てくてくの音は、てくてくと連なり、規則正しいポリリズムとなっていくそうだ。


ポリリズムはあたりに響き、小刻みな振動となって、周囲の住人たちの耳に入ってくる。

住人は、その耳障りな規則正しい振動に苛立ち、耳を塞いだが、足元からの小さな振動が止まらない。


「そんな行進の折、ひとりの住人の家で、玄関を叩く小さな音が聞こえたらしい。
ずいぶん下の方から音が聞こえるもんだと住人は思ったらしいが、ともかく玄関のドアを開けてみた。
すると玄関の足元に小さな家の姿をした旅人が、住人を見上げていたらしい。」

髭づらの唇は、さらに口角に白いものを泡立てながら、相変わらずヒソヒソと動いた。

「それでその、小さな家の姿をした旅人は、自分の屋根の頭に火をつけてくれって頼んだっていうんだ。
面倒なことはご免だ、と拒んだ住人だったが、ひつこい旅人に根負けして、渋々、マッチを地面で擦って、屋根の頭に火をつけてやった。
すると旅人は、これで私と貴方の間に物語が生まれました、それではご機嫌よう、と燃える頭のまんまで平然と旅人の行列に戻ったらしいんだが、その途端、さっきまで気になっって仕方がなかった振動が、心地よい響きに聞こえるようになったらしい。
それだけじゃなく、その頭に火の付いた旅人のおかげで、他の旅人たちも照らされて、ありとあらゆる姿をした小さな旅人ー舟や兜やわら帽子、蛇に案山子に鳳仙花などーの姿が見えて、その行進の華やかさに、とうとう住人たちも見入ってしまって、行進が終わるまで、みんなで楽しく眺めたそうだ。」

髭づらの唇からは、ようやく、すーひー、の笛も止み、

ジョッキのビールを飲み干すと、どこかへ立ち去っていった。




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