続・個展「ENiKKi1003」の見どころ
さて”メタ絵日記”ということで個展「ENiKKi1003」の見どころを考える二日目。
グリッド状に並んだ52枚の絵を一枚の絵に見立てて「絵日記本のイメージラッシュ」というわけですが、部分と化した一枚一枚の図案から四季なり、田舎らしさなり、花鳥風月なりが羅列されたイメージラッシュとなるでしょう。
それはとても”土くさい”景色です。
辞書によると、”土くさい”とは「土のにおいがする。転じて、いなかじみている。どろくさい。やぼくさい。」という意味です。
あるいは、これをほのぼのしたのどかなイメージとみる人も多いのではないかと思いますが、あまりの土くささに眩暈がする人もいるかもしれません。
もともと作家の実母の介護ケアとして始めたシリーズでもあり、癒し気のある絵になっています。
しかしこれを癒しとは感じず、むしろ不快なものと受け止めることはあります。
実際に作家自身、くすぐったいような不快感を感じています。
”土くささ”に原因があるように思います。
土くささの反対は”都会的”でしょうか。
確かに都市はコンクリートや舗装部分が土部分を大きく上回ります。
都会的とは土のなさです。
都市部に育った人は土にもしかしたら馴染みが薄く”壁”があるかもしれません。
田舎だからといって、土っぽいからといって、すぐさま野暮ということはありませんが、とにかくこの難点”土くささ”を逆にブーストさせるのがおもしろそうな気がします。
さて立ち位置として、不快と言って何が不快にさせるのかというと、おそらく生活の臭さだと思ってみます。
時代、文明が進むにつれて、生活臭だとか土や人との接触が減っていったりするのは”人間性の疎外”ですが、それに順応するのが人というもので、その本能的な快不快の反応があるように思います。
バックトゥネイチャーのジレンマでも通じると思います。
必要以上の”暑苦しさ”が不快の中心だと思ってみます。
作家の主要テーマは”身体(性)”でその喪失を見つめようとしています。
”身体(性)”をそのまま”土くささ”に入れ替えてもいいかもしれません。
”土くささを喪失”したがゆえに土くさいものに感じる不快感はもはや解消することができません。
とにかくこの不快な気分のもっていき場所が問題です。
では、同じく身体性を持っているけど正反対に不快なものを挿入してみますか。
髑髏とか。
”くらすもの”の成れの果てです。
髑髏が会場の中央に高台の上にでも設置できたらよさそうです。
会場の中央から”暮らしの絵”を見ています。
緊張感が出そうです。
絵を好意的に見る人は逆に不安にさせるかもしれません。
それが狙いでもありますが。
会場の空気は一変ですね。
絵日記=暮らしを俯瞰する存在としての髑髏でもあります。
俯瞰が過ぎる気もしますが。。
しかし
なぜ今”暮らしの絵”を描いたのか。
そのこと自体を眼差すメタ視線となってくれそうです。
「個展「ENiKKi1003」の見どころ」は要するに「今この作家はなぜ”暮らしの絵”をかいたのか」であり、それを明快爽快に感じとってもらいたいです。
髑髏は爽快かな。。
もうすこし検討を続けます。
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