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小さな体に大きな恋――紬音ユユ『S×S どっちも背が低いカップルのお話』

5巻35ページ

 背は小さいけどおむねはおおきい……ふむ、続けたまえ。

 紬音(つむね)ユユ『S×S どっちも背が低いカップルのお話』は、高校生でクラスメイトの二人、身長 158cm の進藤卓(すぐる)くんと自称 145cm(本当は 143cm)の鈴木さくらちゃんが織りなすラブコメ4コマだ。タイトルの「S×S」は二人がスモールサイズ同士であることに加えて名前のイニシャルもあらわしている。2015年から9年間続くシリーズであり、紬音さんの顔とも言える作品だ。Kindle ではウェブ連載をまとめた電子書籍が7巻まで無料で読め、続刊も予定されている。

 「カップル」とあるが、二人の関係は最悪の状態からスタートする。体育祭の打ち上げで盛り上がったクラスメイトに低身長同士でお似合いだと煽られ、最初はお互いの名前も知らずに流されるままお付き合いは始まる。卓はいつもぶっきらぼうで、さくらは卓の態度に怒ってばかり。前途多難すぎて、本当に進展するのかハラハラしてしまったほどだ。

1巻18ページ

 そんな二人の仲を駆動するのは、卓のさりげない優しさだ。ぶっきらぼうなのは照れ隠しで、さくらをイヤな目にあわせまいと気を配っているのだ。その優しさはさくらも感じ取っており、卓のことをキライになれない気持ちが芽生えていく。

1巻19ページ

 成り行きで始まった関係でも卓は恋人「らしく」あろうとし、それを律儀にさくらに打ち明ける。正直なんだか一周回ってひねくれてるんだか分からないが、初めての恋愛に対して体当たりでぶつかっている態度が伝わってくる。

1巻39ページ

 対するさくらの方も、体当たりで卓の気持ちを引き出していく。遊園地がキライという卓に対して、物おじしつつもペアチケットを見せ、初めてのデートの約束をする。卓が単に無愛想なだけでなく、本当は優しいことを知っているからこそ、さくらもぶつかっていけるのだろう。

 恋する二人に試練はつきもの。卓とさくらに立ちはだかる試練は大きくふたつある。

3巻11ページ

 ひとつ目は自分の本心と向き合うこと。成り行きで始まった恋だから、本当に相手のことを好きなのか、という問いがつきまとう。流されたことを言い訳にして関係を終わりにすることだってできる。それでもお互いに、ちゃんと相手を好きだと自覚して、想いを伝えようとする、その上で恋人になろうとする。この作品では二人のそんな闘いがしっかりと描かれている。

6巻14ページ

 ふたつ目はライバルの存在。卓の幼なじみ・菜野紅葉が二人のクラスに転校してきて、さくらから卓を奪おうとする。真正面から卓を好きという思いをぶつけあう二人の姿にはバチバチ感だけでなく清々しさもあって、いやあ真っ直ぐな青春だねえ、という気持ちになれる。

5巻25ページ
6巻37ページ

 そして試練を乗り越えようとする二人の奥底にあるのは、小さいということ、あるいはそれ故に幼く見られることに打ち勝とうとする心である。所々でほのめかされる卓の過去は、小さくても強く優しくあろうとする彼の原体験のように見える。また紅葉との勝負で「お子様」と突きつけられたさくらは、それゆえに奮起し、改めて自身の好きの気持ちを真正面から認めることになる。コンプレックスを克服しようとする二人の姿には人間的な成長が感じられ、二人は名実とも確固たる恋仲になっていく。そういった誠実さが、この作品の大きな読みどころのひとつであるように思う。

 小さな体に大きな恋。「S×S」シリーズは今回紹介した無料 Kindle の他に、番外編や商業版も Kindle で読める。また、いくつかのお話は紙の同人誌でも入手できる。二人の恋模様が気になった方は、ぜひシリーズ作品を読んでいただきたい。


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