妹を守る兄、兄に甘える妹

 鬼滅の刃遊郭編の最終回を見て、上弦の陸兄妹 の感想がメインです。
※以下はネタバレ含みます。


 

 今回の舞台が遊郭ということで、帯や襖絵や背景は細かいところまでしっかり描き込まれており、オーケストラや和楽器を取り入れた音楽は華々しくもどこか不穏な雰囲気を醸し出しす。これから始まる「遊郭に巣食う鬼」との激しい戦闘を予感させるものとなっていた。


 
 この遊郭編での裏主人公である兄の妓夫太郎と妹の堕鬼の2体の鬼について書いていこうと思う。妓夫太郎は普段は表に出ることはなく堕鬼の背中に張り付いているが、堕鬼に危機が迫ると妹を守るために背中から出てくるのだ。人間時代は兄妹として暮らしており、この絆があるからこその連携攻撃で鬼殺隊を最後の最後まで追い詰め続けた。


 
 遊郭編での戦闘はかなり長く描かれており、原作の各章の中でも上位に入ると思う。その戦闘シーンは
前半 堕鬼vs炭治郎、禰󠄀豆子
後半 妓夫太郎vs宇髄・炭治郎、
   堕鬼vs善逸・伊之助
という構図で進んでいくが、前半の戦いで堕鬼はこてんぱんにやられてしまう。終いには柱である宇髄に頸を切られ、「お前は上弦じゃない、弱すぎる」という言葉を掛けられることになる。


 
 堕鬼の頸が落ちたとしても死ぬことはないが、宇髄のこの言葉がよほどショックだったのか、宇髄の目の前でギャン泣き出してしまう。妓夫太郎によると、堕鬼は柱を7人食べているというからある程度は自信があったのだろう。それまでの傲慢で強気だった堕鬼の雰囲気が全てぶっ飛んでしまうくらい、子供が癇癪を起こしたように泣き叫び、床を叩きながら悔しがっていた。


 
 ここで兄である妓夫太郎が出てくるわけだが、この瞬間から堕鬼は妹モード全開になるし、妓夫太郎は妹をいじめた鬼殺隊に対して(怒りポイントは宇髄の発言だったわけだが)戦闘モードとなり、長い戦いが始まることとなる。


 
 妓夫太郎は妹想いな鬼だと思う。妹の実力が分かっているからこそ、それを補うために自身の視覚を分け与え、尚且つその視覚を通してお互いの情報を把握し、最善策を考えながら妹を操る。妓夫太郎自体の視覚は狭まるので戦力は落ちるはずだが、それよりも妹を守ることに全力なのだ。
 そして、どんな状況でも妹の危機にはいち早く反応し、最優先で助けてあげる。宇髄に頸を落とされてもすぐに出てきて頸をくっつけてあげるし、伊之助に頸を切られた時も、即座に反応して妹の頸を取り返した。すぐに頸を切られて泣いちゃうような弱い奴でも、妓夫太郎からすれば頭が足りない可愛い妹なのだ。


 
 そしてその妹想いの優しさは、ベクトルこそ違えど鬼殺隊である炭治郎へも向けられる。


 
 妓夫太郎は炭治郎を鬼へと誘う。これは、妹を連れた炭治郎の境遇に妓夫太郎が共感し、兄としての責任を全うさせようと考えているからなのかもしれない。妹が鬼である以上、力の差はどうしても出てしまう。しかし、妹から守られるのではなく、兄である炭治郎が妹を守らなくてはならない。そのために、鬼となって力を手に入れるべきだ。誘い方はなかなか惨たらしいものだったが、妓夫太郎は兄である炭治郎に救いの手を差し伸べたのだ。


 
 鬼が人間を誘うのは妓夫太郎だけではなく、上弦の鬼たちは無惨からの許可制で鬼へ勧誘することができるようだ。その誘い方や選び方は鬼それぞれであるが、妓夫太郎は〈兄妹である〉ということに重点に置いているようだった。


 
 それほど兄妹という絆に固執し妹を守ることに全力だった妓夫太郎だが、最期はお互い頸だけになった状態での口喧嘩で相手を罵り合っていた。兄妹だから喧嘩くらいするかもしれないし、堕鬼の性格からしても、妓夫太郎に当たることは今までにもあったのかもしれない。

 
 もしそうだったとしたら、兄である妓夫太郎は「また始まった、しょうがねぇなぁ」とか言いながら最後には折れていたのだと思う。たとえ頸を切られちゃっても、「可愛い妹が足りない頭で頑張った」と言ってくれる兄だ。ちょっとヒートアップしてもきっとすぐに許してくれる。
 そんな想いがあったからこそ、妓夫太郎から言い返されたとき、堕鬼は何も言い返せず、それも悔しくて涙を流した。
 ここから先は売り言葉に買い言葉だ。堕鬼は泣きながら、「血が繋がってるはずはない」「顔も似てないし醜い姿をしているあんたとは兄妹なんかじゃない」「強いのが取り柄だったのに負けたら何もない」と捲し立てる。


 
 普段は思っていなくても、こういう時に本音は出るものだ。ただ、堕鬼の場合は本音というよりも、周りの人間が妓夫太郎に対して言っていた言葉がつい出てきたという感じだった。口喧嘩で勝てないから屁理屈に逃げるような感じだ。そして、この瞬間から後悔することになる。涙が溢れる。妓夫太郎から1番聞きたくない言葉を聞かされることになると気づいた。


 
 堕鬼からすれば、感情的になってただ知っているだけの言葉がつい出てきてしまったのかも知れない。でもお兄ちゃんが傷つくことはもちろん分かっているから、それを言ってる自分も辛くなり涙が止まらない。涙は次から次へと溢れ出るが、それでもこの悔しい気持ちをどうしたらいいか分からず、言わずにはいられない。あれは妹としての全力の八つ当たりだったように思う。


 
 堕鬼は人間だった頃から誰もが認める美人であったが妓夫太郎は違う。見た目や声は醜く、そんな奴に綺麗な妹がいるというのは、周りの人間からの妬みや僻みの対象となっていた。幼い頃から容姿について散々罵倒されてきた妓夫太郎にとって、周囲の悪に満ちた視線は容赦なく妓夫太郎へ向けられていたが、それでも、気にすることなく純粋に兄を慕ってくれる妹の存在は妓夫太郎の大きな心の支えになっていた。


 
 堕鬼の目から大粒の涙が溢れ落ちる。おそらく、妓夫太郎からこんな風に言い返される事が今までなかったのだと思う。妓夫太郎からの口撃を、呆然とした表情のまま聞くしかなかった。

「お前なんか生まれてこなければよかった。」


 この言葉を発する直前、炭治郎が妓夫太郎の口を塞ぐ。2人の最期の時間だ。炭治郎はお互いが本心で言っているのではないと分かったのだろう。思うように動かない体を必死に動かし、妓夫太郎の元へと走った。「全部嘘だよ。仲良くしよう。この世でたった2人の兄妹なんだから、お互いを罵り合ってはだめだ。」さっきまで殺しあっていた相手に優しく声をかける。妓夫太郎が炭治郎と禰󠄀豆子を救おうとしたように、炭治郎もまた妓夫太郎と堕鬼を救おうとした。


 
 しかし、そんな事で黙る堕鬼ではない。駄々をこねるように泣きじゃくり、炭治郎を罵倒し、そして、いつものように守ってくれる兄へ助けを求める。「悔しいよう悔しいよう」「死にたくないよ」「なんとかしてよ、お兄ちゃん」堕鬼は消えていく間も何度もお兄ちゃんと叫んでいた。
 こんな風に言われると、今までの堕鬼の言葉が本心だとはどうやっても思えない。堕鬼がピンチの時はお兄ちゃんが来て守ってくれた。堕鬼にとって妓夫太郎がどんな姿形であれ、最高のお兄ちゃんであることは間違いのだから。


 
 妹は、道ゆく人が振り返るほどの美人であった。そんな妹は兄の後をついて回り、兄の姿が見えないと泣いてしまう。だから妹を精一杯お世話をして心の底から可愛がり思いきり甘えさせたのだろう。たった1人の家族である可愛い妹を、必死に守って育ててきたのだろう。そんな妹の死に際の姿を2回も見ることになった妓夫太郎の心の内を、想像するだけで胸が痛くなる。


 
 妓夫太郎は、自分が育ててしまったせいで妹の未来を変えてしまったんじゃないかとずっと後悔していた。染まりやすい性格の妹だから、妓夫太郎の教えたことを素直に受け入れ真似をしていたが、自分とは違う幸せな生き方だってできたかもしれない。
 妓夫太郎が想像する妹の未来は、綺麗な花魁だったり、良家の娘だったり、普通の家に生まれたとしても家族に囲まれて育ち、いつかは大切に想う人と新しい家庭を築き幸せに暮らす。想像の中の妹はどの場面も幸せそうに笑っていた。


 
 天国と地獄の狭間で2人は再会する。堕鬼ではなく、人間だった頃の「梅」の姿に戻っていた。梅の後方は光に包まれていて、妓夫太郎がいる場所より随分と明るくなっている。
 いつものように駆け寄ってくる梅に対し、「お前はあっちの明るい方へ行け。」と冷たく突き離した。もちろん、さっきまで罵り合ってた口喧嘩に怒っているのではない。ここが死後の世界であり、自分達がこれからどういう道を辿るか理解しているからこそ、少しでも救いがあるならば、明るい道を歩けるならば、せめて妹だけでもそちらへ行けるようにと妓夫太郎は考えたのかも知れない。

 
 梅は、お兄ちゃんがさっきのことで怒っていると思い込み必死に謝まった。自分のせいで負けたことが悔しくてお兄ちゃんを傷つけるような言葉を言ってしまったこと、戦闘がヘタでうまく立ち回れなかったこと、役に立てなかったこと、いつも足を引っ張ってばかりだったこと。泣きながらごめんなさいと素直に謝り許してもらおうとした。


 
 それでも逆方向へ歩み始める妓夫太郎に居ても立ってもいられず、走って追いかけ背中に飛びついた梅。妓夫太郎もさすがに驚いた表情になったが、梅から積を切ったかのように溢れ出たのは妓夫太郎へ最期の我儘だった。こうなっては大切な妹を力強くで降ろすわけにも、これ以上怒るわけにもいかない。しかし、この先に何があるのかを想像すると、やはり一緒には連れて行けない。
 「私を置いていったら許さない。」と泣き続ける妹の気持ちを、痛いほど背中で感じていた。

 
 「何回生まれ変わってもお兄ちゃんの妹になる、絶対に。」
 「約束したのを覚えてないの?」


 
 まだ幼かった2人が過ごしたある日の出来事。家に客が来ているのか、寒空の下で2人で身を寄せあって過ごしていた。ついに雪が降りはじめた。寒いし、お腹も減っている。感情がなくなっていくのを感じた。何かが壊れてしまいそうだった。
お兄ちゃんがどこからか蓑を持ってきた。2人一緒になって包まった。
それまでの張り詰めていた気持ちが一気に溶けていくのを感じた。
温かくて、温かくて、とても安心して、涙が出た。


 「俺たちは2人なら最強だ。寒いのも腹ペコなのも全然へっちゃら。約束する、ずっと一緒だ。絶対離れない。」


 
 梅はこの約束を覚えていた。もしかしたら人間の頃の姿になったから思い出したのかもしれない。妓夫太郎は心の奥底ではこの時の気持ちがまだ残っていたんだと思う。この時の約束が引っ掛かっていたため2人で1つの鬼として生きながらえ、妹の背中に潜むことで一緒にいようとした。
 


 「鬼となったことに後悔はしていない。」「生まれ変わっても必ずまた鬼になる。」と思っていた妓夫太郎。それは世の中への復讐ももちろんあったと思うが、世の中を敵に回してでも妹を守りたいという、その場に残された唯一の残酷な方法に、兄として一筋の希望を見出したのだろう。
 妓夫太郎はまだ泣きじゃくっている梅をおんぶし直すと、炎の中へ歩みを進める。妹と一緒に罪を償おうとする気持ちの現れか、炎に包まれる妓夫太郎もまた人間の頃の姿に戻っていった。
 

 梅は相変わらず妓夫太郎の背中で泣いている。その声はお兄ちゃんに甘える妹そのものであった。
 


なぜ梅だけ人間の姿で現れたのか?

 
 原作を読みながら疑問に思っていた事がある。それは、なぜ死後の世界に現れた梅の姿だけが人間に戻っていたのかという事である。鬼滅の刃の世界では人を殺めれば必ず地獄行きとなる。下弦の伍である累も暗い過去を持つ鬼であるが(彼は自分の両親をその手で殺めてしまっているが)、年齢や境遇などは考慮されることなく地獄の炎に飲まれていった。


 では、この兄妹はどうだろうか?


 妓夫太郎は鬼の姿のまま薄暗い場にいたが、梅は人間の頃の姿に戻り、その後ろは明るい光に包まれていた。まるで、梅を天国に導いているかのような光だ。ちなみに、原作のこの場面はどちらも真っ暗に描かれているが、妓夫太郎が梅に向かって「明るい方へ行け」と言っていることから、やはり妓夫太郎から見ても梅側の方が明るく感じていたのだと思う。


 梅が天国へ行ける条件を考えてみると〈人を殺めていない〉という事が大前提で必要になるが、梅も妓夫太郎も数え切れないほどの人間を殺めているはずである。


 そこで、私なりに2つの仮説を立ててみたので、お時間がある方はもう少しお付き合いいただきたい。



1.妓夫太郎だけが罪を引き受けた


 2人の兄弟は限りなく狭い世界で暮らし、助けてくれる人間に巡り合えず、孤独と絶望を抱えながら死んでいく。妓夫太郎は自分の意思で鬼となるが、妹はそうではない。瀕死の状態から梅の意思に関係なく鬼となった。妓夫太郎は何事も最優先にしているのは妹を守ることだ。だから、堕鬼が宇髄に頸を落とされたときも、伊之助に頸が切られ持ち出されたときも真っ先に妹を助けに向かった。
 そして、自分では叶えることのできなかった妹の幸せな未来を誰よりも願っている。妓夫太郎は梅の頸が消えゆく間、妹を鬼にしてしまった事を後悔し、取り立てろと教えたのも自分、何も知らない妹を本人の意思なく鬼にしてしまい、妹には無縁だったはずの業を背負わすことになってしまった。鬼となって犯した罪は何があっても許される事ではないが、今までの罪の全てを自分が背負うことで、妹の罪を帳消しにしたのではないかと思う。


2.人を殺めていたのは妓夫太郎だけだった

 花魁として遊郭に潜んでいる間、妓夫太郎は堕鬼の背中にずっと張りついていた。基本は堕鬼の危機にしか出てこないため、日常的に人間を捕らえていたのは堕鬼である可能性は高い。 
 堕鬼が人間を襲う際、帯を使用しているが、その帯は堕鬼のものではなく背中にいる妓夫太郎の一部なのではないだろうか。帯を操るのは堕鬼なので戦闘力などはそれ相応になってしまうが、あくまで堕鬼は帯を操っていただけで、実際に人を殺めたのは帯と一体化している妓夫太郎。堕鬼の攻撃は基本的に帯での物理攻撃のみだったため、そのように考えれば合点がいく。妓夫太郎自体、堕鬼の体に融合したり、視覚を与えるなどの能力を分散できる力があるとすれば、帯に妓夫太郎の一部を常に融合しておくことも通用するように思える。
 また、今まで対峙してきた柱について妓夫太郎は柱を殺したと言わずに「妹は柱を7人喰った」と言っている。これも、実際に人を殺めていたのは妓夫太郎だったからそういう言い方になっているのではないかと思う。 
 ちなみに、原作では妓夫太郎の首と腕の飾り布、堕鬼の打掛(仕掛)と帯が蛇柄のような似た模様になっている。それらは一連して関係性を持たせているように見えてしまう。


 


ここまで読んでくださりありがとうございました。どちらも妓夫太郎が梅を守るにはどういう風にするのが最善なのだろうと考えた結果です。もちろんこれが正解ではないですし、いろんな方のいろんな考えがあると思います。
 作中では兄の想いに反して、梅はお兄ちゃんと一緒に行く道を選びましたが、これは今までのように兄の後ろをただ着いて行った訳ではなく、梅自信が選んだ道であり、我儘を言って甘えても、それをちゃんと受け止めてくれるお兄ちゃんといつも一緒にいるということが梅の幸せだったんだなと思うようになりました。
 この2人にも来世への道が開ける時が来るのなら、兄妹揃って幸せに暮らせる未来が訪れますようにと願うばかりです。










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