週刊・主観 その34 『短編脚本 老女』

【登場人物】
・老女
・ヘルパー  

  とある養護老人ホーム。
  一人の老女が編み物をしている。
  ヘルパーがやって来る。

ヘルパー 今日は何を編んでるんですか?
老女   靴下。田口さんが、夜足が冷えて寝付けないんですって。
ヘルパー 大人気ですね、トモエさんの手編みグッズ。わたしも今の時期このカーディガン手放せないです。
老女   あら、じゃあもう1枚編んであげますよ。
ヘルパー ほんとに?
老女   予約いっぱいだから、編み上がる頃には春になってるかもしれないけど。
ヘルパー 春でも着ますよ。わたし寒がりなんで。
老女   そう(笑う)
ヘルパー トモエさん、昔から編み物されてたんですか?
老女   最初はねぇ、中学生のときだったかしら。お母さんからお古の編み棒を譲ってもらってね。お小遣いで毛糸買って、マフラー編んだの。
ヘルパー へぇ。誰に?
老女   ・・・同級生の男の子。
ヘルパー うわぁー!
老女   もう、大袈裟ねぇ。
ヘルパー 初恋ですか?
老女   そうかもね。
ヘルパー えー、めちゃくちゃステキじゃないですか!
老女   ステキじゃないわよ。下手糞でボロ布みたいなマフラーだった。人様に差し上げるようなものじゃなかったわ。
ヘルパー 大事なのは出来じゃないですよ。心ですよ。
老女   あれからずーっと、わたしは編み物を続けてるの。親友の誕生日には朱色の手袋。両親の銀婚式にはお揃いのマフラー。息子には毎年セーターを。中学に上がったら恥ずかしいって突っ返されたけど。全部覚えてる。
ヘルパー ご主人にも編んで差し上げたんですか?
老女   えぇ。毎年毛糸を10個も20個も買って、帽子やらセーターやら、最期に来てたカーディガンも腹巻も靴下も全部・・・。
ヘルパー そうですか・・・。旦那さん、幸せ者ですね。奥様の愛情に包まれて亡くなるなんて。
老女   ふふ。
ヘルパー いいですね、編み物。トモエさんの靴下って、売ってる毛糸の靴下よりずっと暖かいんです。トモエさんの愛情の分、暖かいんでしょうね。
老女   儀式みたいなものかもね。
ヘルパー 儀式?
老女   毛糸じゃなくて、思いを編むの。自分の抱えている思いを隙間なく編みこんで、かたちにする。そしてそれを相手が身に付ける。思いを纏う。纏わせる。そういう儀式。
ヘルパー なるほど・・・。
老女   だって、なんとも思ってない人に手編みのものなんか贈らないでしょ?
ヘルパー 確かに。儀式って言うか、おまじない、みたいな?
老女   おまじない・・・。そうね、わたしは数えきれない程、このおまじないを使ってきた。初恋の人も、一緒になった人も、生涯の親友も、みんな。・・・やり方、教えてあげましょうか?
ヘルパー やってみたいです! あー、でもわたし不器用だからなぁ。
老女   関係ないわよ。大事なのは心、でしょ?
ヘルパー えへへ、そうですね。
老女   それに、案外難しくないわよ。ここをここに通して・・・。(やって見せる)これを繰り返すだけ。
ヘルパー 見てるだけなら簡単そうですけど、やってみるってなると・・・。
老女   それと、このおまじないのコツはね。

  老女、自分の頭から長い白髪を一本抜き取り、毛糸と一緒に編み込む。

ヘルパー え・・・?
老女   (編み続けながら)私が中学生の時、お母さんが教えてくれたの。効果は本物よ。親友のフミちゃんも、フミちゃんのことが好きだったあの人も、ずーっと私の傍に居てくれた。手編みのモノを嫌がるようになった息子は、私の元を離れて行方知れずになった。
ヘルパー ・・・。
老女   だから私は編み続けるの。死ぬまで。(もう一本髪の毛を抜き)寂しいのは嫌だもの。

  ヘルパー、咄嗟にカーディガンを脱ごうとする。老女、突然ヘルパーの手を掴み、その指に自分の髪の毛を巻き付ける。

老女   私、あなたのこと、好きよ。
ヘルパー ・・・。
老女   だから、私のこと、大事にしてね。

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♦ 作者コメント ♦
 先日、プロの脚本家として活躍されている方のお話しを聴く機会がありました。
 その方はテーマに悩んだ時、偉人の名言から引っ張って来ることがあるそうです。歴史に名を遺したり世界的に成功した人の言葉は、普遍的で多くの人の共感を生みやすいから。
 なるほどー! と思い、今回はわたしも偉人の名言をもとに作品を書いてみました。
 選んだ名言はこちら。

我々の性格は、我々の行動の結果なり

アリストテレス

  かすってもなくない??????


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