『空中都市アルカディア』15

三、悩める若きオナン

 シロンは勉強する意味を考えるようになった。リュケイオン大学ではアカデメイアを目指す者もいるが、目指さない者もいる。ただ、遊んでいるとしか思えない者もいる。シロンも遊びたい。特に女と遊びたいと思った。だが、それでは徳を重んじるアルカディア人にはなれない。

 だが、性欲は泉のように常に滾々こんこんと湧き出てくる。シロンは毎日のようにひとりで性の遊戯に耽った。それが終わる度に後悔した。

 ポルノ写真は見なかった。ポルノは犯罪だった。

 シロンはポルノに興味があった。以前見た写真が目に焼き付いていた。それは自分の中の悪しき部分だと自分を責めた。するたびに自分の罪深さを思った。

 学業がそのためにはかどらなかった。アイリスにはそういった悩みはなかったのだろうか?シロンは思った。

 いやらしい写真を思い出した後、必ずアイリスの笑顔を思い出した。穢してはならない笑顔だった。

 親友のライオスに悩みを打ち明けるべきだったのかもしれない。しかし、そのライオスは今、アルカディアにいる。

 シロンは逆境をどう乗り越えるかも、倫理道徳の人間力が問われることかもしれないと思った。

 シロンは考えた。

「オナニーとはセックスの代替行為であって本来あるべき行為ではない。性行為ができる年齢になっても親のもとで学校に通う者は、子供を作って育てる力がないため、避妊をしなければならない。その避妊が、俺にとっては不自然で罪深いものに思える。そして、ひとりで処理する行為も不自然で罪深く思える」

 理想の性生活など存在しないのか?

 アルカディアにもカルスの姉に手を出したような性のスキャンダルがあることはシロンにとって衝撃だった。シロンにとってアルカディアは完璧なものの象徴だった。理想郷だった。だが、実際はそうではないのか?人間はどこに行っても同じということなのだろうか?

 しかし、シロンはアイリスを想うと心が落ち着いた。彼女を抱きしめてみたいと思った。そう思うことはけっしていやらしいこととは思えなかった。シロンは自分の心の中の奥深くを見つめた。そして、ひとつの答えが見えた。

「俺はアルカディアに行き、アイリスと結婚したい」

心は決まった。アイリスと再会し結婚するにはどうしてもアカデメイアの入学試験に合格しなければならなかった。独りで耽ることで悩んでいる場合ではなかった。

「ポルノのような下品で不道徳な女を想像してオナニーをすることは罪だ。だが、アイリスならば、アイリスの体だけではなく心の中、彼女の人格、共に過ごした思い出、すべてを想ってオナニーすることならばけっして汚いことではないだろう。もしそれが汚いのだとしたら、性自体が汚いものか、人間存在そのものが汚いか、それとも、アイリスが汚いかだ。まさかアイリスが汚いわけがないだろう」

アイリスは近くにいた存在だったが、シロンにとっては理想の女性だった。彼女が空高く理想郷にいることは、当然のことと思えた。シロンの前に一本の道が見えた。それは空高くに浮かぶ、空中都市アルカディアへの道だった。

 

 

 そして、ネオ・アテネ上空にアルカディアが来て、次のオリンピアの祭典が来た。





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