『空中都市アルカディア』12

七、   アカデメイア入学試験

  アカデメイア入学試験は約一万人が受験する。そのうち合格者は上位千人。

 当日の朝、シロンとアイリスはアクロポリスの中に南側の大きな白い石の門から入った。この門は多くの政治機関があるアクロポリスの下にある堅牢な門だ。一般市民がアクロポリスに入ることは禁じられているので、ふたりが入るのはもちろんこれが初めてだった。受験生は世界中から集まっていた。肌の色や顔つき、髪の色、様々な人種がいた。丘の下にあるソフィア堂で受験をした。丸天井の巨大な会場に机が並べてあり受験生が全員入場できた。ソフィア堂は一万人収容でき、シロンとアイリスは受験番号が離れていたので離れた席だった。

 試験の問題の冊子と解答用紙が試験官により配られた。

 ホイッスルが鳴った。

 試験開始だ。

 全員が問題用紙を広げた。

 シロンは問題を解いていった。わからない問題が多かった。倫理、人格を問う問題ならばわかるかと思って先にやったが、ほとんどわからなかった。わからない問題は後回しにした。すると後回しにした問題がとても多いことに気づいた。焦った。冷汗が流れた。

「これに落ちたら、次の試験は四年後だぞ」

自分に言い聞かせた。すると頭が真っ白になった。

「しまった。わけがわからん。あの写真のせいだ。誰が送り付けて来たんだ。俺の学業の成就が失敗に終わると喜ぶ奴・・・。ああ、ダメだ、俺は何を考えている」

午前の試験は終わった。

午後の部まで昼休みだ。受験生はソフィア堂から出ることが禁じられていたため、昼食は席にてサンドイッチなど持参したお弁当を食べた。

午後の部もシロンはほとんど問題を解けずに終わった。

シロンとアイリスは他の受験生とともにアクロポリスの門から外に出た。外にはライオスとマリシカが待っていた。

「シロン先輩、アイリス先輩、どうでした?」

シロンは疲れ切った顔をして答えた。
「まあまあかな」

アイリスは言った。
「まあまあ?シロン、すごいわね。わたしはわからない問題が多くてちょっとダメかも」

ライオスは言った。
「アイリスがダメなわけないだろ。万年一位なんだから」

背の低いマリシカも笑って言った。
「アイリス先輩が落ちるわけないですよ」

「じゃあ、俺は落ちるよな」
シロンは力なく笑った。

 四人はアクロポリスの門の近くのレストランで食事した。テーブル席にてマリシカが言った。

「ライオス先輩はもうアルカディア行きが決まってるから、あとはシロン先輩とアイリス先輩の合格発表を待つばかりですね。いいなぁ、三人でアルカディアかぁ。わたしは次回、四年後、二十一歳で受けます。先輩たちはラッキーですね。ちょうど受験資格の得られる十八歳がオリンピアの祭典の年だなんて」

ライオスは言った。
「俺たちは昔からアルカディアを目指してきた。俺はホバーボードで行くけど、ふたりは学問だ。アイリスもシロンも優秀だから受かるだろう」

 

 

 八月、中旬。アカデメイア合格発表の日だ。暑い日だった。昼過ぎ、シロン、アイリス、ライオス、マリシカは四人でアクロポリスの門の前にいた。そこには掲示板が出されてあり、その前には合格発表を待つ世界中の受験生やその家族などがいた。

 午後二時、合格者の受験番号が貼り出された。声を上げて喜ぶ者、泣く者、いろいろだった。人だかりが多くシロンたちはなかなか掲示板まで辿り着けなかった。人をかき分けかき分け行くとついに掲示板の前に出た。アイリスとシロンは自分の受験番号を探した。

アイリスは叫んだ。
「あった!あったわ!」

ライオスは笑顔になった。
「そうか、やったな、アイリス。さすがだ」

「シロン先輩はどうです?」

マリシカはシロンの顔を見た。シロンの顔は青くなっていた。

「ない。俺の前の番号はある。俺の番号はない。俺の四つ後ろの番号まで飛んでいる。ダメだ。ない。落ちた」

シロンは項垂うなだれた。

ライオスは慰めた。
「シロン、おまえなら四年後、合格するよ」

シロンはライオスをにらんだ。
「おまえだろ?」

「は?」

「ライオス、あの写真を送り付けたのはおまえだろ?」

シロンはライオスの胸ぐらを掴んだ。

「な、何のことだ」

シロンは言った。
「とぼけるな、あの写真だよ!」

ライオスは言った。
「なんだ?あの写真って?」

「違うのか?」

シロンは手を離した。

「すまん、ライオス。俺はおまえを疑った」

ライオスは訊いた。
「なにかあったのか?」

「恥ずかしくて言えない」
シロンは項垂れていた。

ライオスは言った。
「俺たち親友だろ?」

シロンはライオスの眼を見た。そして、わっと涙を流し泣き叫んだ。

「俺は、俺は・・・うわぁあああああ」

シロンは泣いた。自分が情けなくて情けなくて仕方がなかった。

 

 

 八月の下旬、アルカディアへ出発するアイリスとライオスを見送るため、シロンとマリシカはアクロポリスの門の前まで来ていた。他にも多くの人々が自分の家族や友人との別れを惜しんでいた。

 アイリスとライオスは手に大きなトランクを持っている。ライオスはエンジ色のホバーボードを抱えている。

マリシカは言った。

「おふたりとも、アルカディアではがんばってください。わたしも四年後に行きます」

シロンはアイリスと握手をして言った。

「四年後、俺はアカデメイアに行く。それまで待っていてくれ」

「うん、待ってるわ」

青い瞳のアイリスは微笑んだ。

 次にシロンはライオスと握手した。

「ライオス・・・またな」

茶色の瞳のライオスは微笑んだ。
「ああ、四年後、アルカディアで、いっしょにホバーボードをやろうぜ」

「ああ」

 ライオスとアイリスは振り返り手を振りつつ、門の中へ姿を消した。

 

 

 シロンとマリシカは町の広場に出た。そこから、パルテノン神殿を発つ空中列車を見た。「あの列車にライオスとアイリスが乗っている。ここにいる俺は何だろう?」

シロンは憂鬱になった。

 列車は蛇行し、ネオ・アテネの東の空に浮いている空中都市アルカディアに向かって昇って行った。

 

 

 数日後、紺碧のエーゲ海の静かな海面をシロンは独り憂鬱な表情でホバーボードに乗って東に向かって滑っていた。水平線上の青空に空中都市アルカディアが浮かんでいる。




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