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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』10

五、キト
 
 ライたちは四つ目の峠を越えていた。
 森の中で野宿することに決めた。
 ライは言ってみた。
「なあ、レン、ルミカ。今晩は魚を食べないか?そこの川に美味そうな魚が泳いでいるんだ」
ルミカは言った。
「あなたは僧でしょう?動物を食べるなど・・・」
レンは言った。
「ルミカは、お城にいる頃から菜食主義者なの?そういえば、送別の夕餉では肉が出たね。僕は食べなかったけど」
「俺も食べなかったよ。食べたかったけど」
と、ライは言った。
ルミカは言った。
「わたしは出家した以上、食肉はできないわ」
ライは言った。
「つまらねえな。俺はここ十年ほど菜食主義に付き合って来たけどそろそろ・・・」
「ダメだ、ライ。僕たちは僧侶だぞ。シャンバラは僧侶の国だ。肉を食べるのは穢れだ」
レンがそう言うと、森の中から声がした。
「肉ならあたしが持ってるよ」
「誰だ!」
レンたちが森の中を見ると、若い女が立っていた。
 髪の毛は茶色で短く、皮の衣に肩パッドと胸当てをして、手甲をはめ、脛にも当てものをして腰には刀を差している。まるで戦士だ。
「久しぶりだね、ライ」
と、十代と見える若い女は言った。
レンはライの顔を見た。
「知り合いか?」
ライは記憶の糸を手繰った。その女の顔と過去に出会った女の顔を一致させようとした。それは思いのほか早くできた。過去に出会った同世代の女など数えるほどしかいない。幼い頃は父親と山での生活だったし、闘林寺では女人禁制だった。
「キト・・・か・・・?」
ライは思いついた名を言った。
 女の顔はパッと明るくなった。
「覚えていてくれたんだ!」
「覚えてるもなにも、俺の命を救ってくれた恩人だ。忘れるわけがないさ」
「命の恩人・・・それだけか?」
「え?」
キトは言った。
「約束したのは覚えてないのか?」
「約束?」
ライの頭の中は「?」でいっぱいになった。しかし、思い出した。
「結婚のことか?」
キトの顔は本当に晴れやかな顔になった。
「覚えていてくれた。よかった」
レンはライに訊いた。
「結婚?なんだ、それは?初めて聞いたぞ。誰だよ、この人は?」
「俺の父親がグルドに殺されたときに、俺の縄を切って逃がしてくれた人だ。そのとき将来結婚する約束をした」
レンは訊いた。
「結婚するのか?」
ライは答えた。
「うん、約束だから」
ルミカは言った。
「シャンバラへの旅はどうなるの?」
ライは言った。
「それなんだけど・・・キト、俺たちの仲間に入ってくれないか?」
「え?」
キトは意外な申し出に驚いた。
「だけど、あたし・・・」
ルミカは言った。
「いいじゃない。命の恩人が仲間になってくれるなんて。結婚はライが僧侶をやめるかどうかで決まるけど、ただ旅の仲間に加わるだけなら闘林寺の禁制は犯すことにならないわよね。あなた、腕は立つの?戦士みたいな格好してるけど」
キトは答えた。
「まあ、山の中で暮らしてるから」
ルミカは言った。
「決まりね。キト・・・だっけ?」
「うん」
キトは頷いた。ルミカは言った。
「キトはわたしたちの四人目の仲間!」
キトもライも、キトが山賊グルドの娘であることを言い出すチャンスを失った。ライはそれを告げたうえで仲間にするかどうかを話し合いたかったが、結局言い出せなかった。ただ、重要なのは、ここにキトがいるということは近くに山賊グルドの一味がいる可能性が高いということだ。
 肉はキトだけが食べることとなった。
 
 
 グルドは宿営地で鹿の肉を頬張りながらスネルの報告を聞いていた。
「ふ~ん、キトがルミカ姫たちの仲間になったか、うめえな、この肉・・・ほんとにうめえ・・・って、なにぃ?キトがルミカ姫たちの仲間になっただとぉ?」
子分のパンチョは横で鹿肉を頬張りながら言った。
「親分、今のセリフはギャグにしてはレベル低いっすね」
「うるせえ、パンチョ。で、スネル、あいつらはキトが俺の娘だとわかっているのか?俺たちのいることは知られたのか?」
スネルは答えた。
「それが、どうもルミカ姫はそのことに気づいてないようなのでして・・・どうします?」
「まあいい、あいつらがシャンバラを目指して旅を続けることが第一だ。俺たちにはあいつらに付いていくしか道はない。とくにルミカの霊感が頼りだ。それから、あのふたりの震空波がなければ、シャンバラへの門は開かない。泳がせるしかあるまい」



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