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ジャンダルム登山、前後の温泉

私は先日ジャンダルムに登って来た。日本で最難関の登山道である。もちろんバリエーションルートの方が難しいのだろうが、私のようなアマチュアが行くには充分最難関である。
さて、この記事ではその前後に入ったお風呂について話したい。


まず、先に入ったのは、上高地の奥にある横尾の山荘の風呂である。四時から入ることが出来るが、三時に着いた私は四時まで山荘前の横尾大橋の前のベンチに仰向けになって雲を見ていた。雲の動きは実に面白かった。雲は複雑に気流に流されてあそこでは渦を巻き、あそこでは広がり消えていく、千切れたりくっついたり複雑すぎて頭の中で再生するのは難しく思えた。だからただ見るしかなかった。しかし、雲の動きをアニメで表現するにはどうしたらいいだろうか、などと考えていた。今ならばコンピューターで出来るのかもしれないが、一枚一枚複雑に動く雲のカタチを手で描いて、パラパラ漫画みたいに動かすことが出来たら天才だろう。天気予報のようにマクロな雲の動きは予測できるだろうが、複雑なミクロの動きは人間の脳みそではとても把握できないと思う。まあ、難しいことはどうでもよく、ただ雲の動きを見ていると時を忘れることが出来た。
さて、四時である。私は山荘に入り風呂に向かった。
貴重品を百円ロッカーに入れて、脱衣所へ入った。狭い脱衣所は込み合っていた。
浴場に入ると、洗い場がくの字に三カ所しかなく、浴槽は四人も入れば一杯になると思われた。狭いので、洗い場のおじいちゃんが立って股間にシャワーを当てると、そいつが後ろの浴槽の中にいるおっさんの顔にもろにかかって、おっさんは渋い顔をしていた。最悪である。浴槽はジェットバスで、いい湯だった。これがジャンダルム登山前の最後の風呂である。
そして、登山後の風呂は、さわんど駐車場近くに、さわんど温泉郷がありそのうちの「しもまき」という日帰り入浴をしている宿に入った。入り口を入ると、右手になぜかミニカーとか電車の模型が置いてあった。こういう宿や店はたまに見かけるが、宿屋の主人の趣味だろうと思うが公私混同のような気がする。だが、私はそういうところは嫌いではない。浴場に入る前に部屋があり、ロッカーとソファなどがあり、まるで銭湯みたいな雰囲気があった。脱衣所は狭く、たしか棚が六つしかなかったと思う。私が服を脱いでいると男性が浴場から出てきて、棚の上の桶を「ラッキー」とか言いながら取ってまた浴場に入って行った。私も裸になり中へ入ると、洗い場がふたつしかなく、ひとつは親子が使っていて、もうひとつは別の男性が使っていて埋まっていた。もうひとり、さきほど「ラッキー」と言っていた男が浴槽の湯を汲んで体にかけていた。浴槽にはふたり入っていてもうひとり入れば一杯になりそうだ。そのうちひとりが出て行った。浴槽にはホースから水が出ているらしく、どうやら源泉の温度をそれで冷ましているらしかった。このシステムは八ヶ岳の赤岳鉱泉の風呂と同じだなと思った。洗い場がひとつ空くと、「ラッキー」の男が洗い場の椅子に座り体を洗い始めた。一番あとに入った私はずっと全裸で入り口付近で立って待っていた。こういうことは初めてである。結局、私は空くのを待って空いたら体を洗い、浴槽に入った。全員が順に出ていって、私は最後にひとりで浴槽を独占していた。床も浴槽も檜だかなんだか知らないが木で出来ていて、悪くなかった。私はゆっくりと湯に浸かっていた。さっきは子供も含め七人もいたのが、私が脱衣所に出ても誰も入ってこなかった。なんだったんだ、あの人口密度は?私は服を着て脱衣所から外へ出た。食堂があったが、もう昼飯は上高地でカレーを食べてきていたから、用はなかった。車の中で飲むペットボトルの飲み物が欲しかったが、中には売っている様子がないため、外へ出て自販機で買った。通りを挟んで向かいには湖が見える温泉を唱っている宿があった。あちらのほうが駐車場が広く客も多いようだ。私もあちらのほうがよかったかとも思ったが、ただ、ジャンダルムを登って来た私にとって湖が見えるだのなんだのというのはどうでもいい気がした。絶景は充分に見ていた。いや、ジャンダルムに登って来たんだぞ。私はその事実になにかにやけてきてしまう自分がいて面白かった。

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