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『剣岳、見参!』9、たいしてヤバくないカニのヨコバイ、ただその油断がヤバイ

九時四十五分、剣岳山頂で充分休んだ私は下山を開始した。
今までの教訓で事故は下山時に起きる、ということを自分に戒めつつの下山だった。カルピスのことなど考えるのは御法度だった。ああ、カルピス、剣山荘に着いたら飲むぞ~。こういう思いがダメなのである。ただ、私の心配は水だった。私は小休止の際、水を飲む。それで疲れを癒やすのだが、今回アタックザックに入れてきた水分は五百ミリのペットボトルの水二本と、五百ミリの水筒のコーヒー一本である。コーヒーは山頂で飲み干した。水は山頂までに一本空けている。残りは五百ミリの水が一本だけだ。もし、滑落などしてどこかで動けなくなったらヤバイ。しかし、大きなザックに入れてあった一リットルのボトルはアタックザックに入れなかったのは正解だったと思っている。なぜなら、その重さのためにカニのタテバイで両腕が体重を支えきれなかったかもしれない。しかし、塩分を取るためにもしょっぱい飴でも持ってくればよかったと思った。さあ、下山時にも多くの鎖場がある。最難関はカニのヨコバイだろう。カニのヨコバイは最初の一歩の足を乗せる窪みがわからないと評判だ。私はどんなものかと色々想像しつつ、今歩いている岩場を降りることに集中しろと常に言い聞かせた。左手の親指の痛みはその痛みで警告することで、もっと大きな怪我から私を守っていたかもしれない。
カニのヨコバイはプレートを見落としたので、これがカニのヨコバイだろうと自己判断するしかなかった。しかし、噂とは裏腹に、足の置き場もきっちり赤いペンキでド派手に塗ってくれてあったので、簡単に通過することができた。簡単にとは言っても命がけであることに変わりはないのだが。

下山道でも鎖で登らなければならない場所がある


ところで私は今回の鎖場を経験してわかったことがある。それは鎖場では怖がって岩に体を貼り付けるのは危険であると言うことだ。むしろ怖がらずに体をある程度岩から離して足場もしっかり確認しながら冷静に移動することが大切だ。ネットで見ていた写真などには恐怖を煽る写真などがたくさんあったが、そういう写真ではたいてい岩に貼り付いてビビっている人が写っている。私は今回の剣岳アタックで本当に限界と戦ったのはカニのタテバイだけだ。しかもこれは普段腕を鍛えていない私の感想である。スポーツをして腕を鍛えている人には限界と戦うまでもないかもしれない。
剣岳は登山道と下山道が違う。下山道で怖かったのは落石だ。たまたま今回は落石はなかったが、登りルートに浮き石が多い地点があり、その下を下りルートが通る区間がありそこは怖かった。落石は自分にはどうしようもない運であるからだ。

剣沢キャンプ場方面


下山時も前剣がどこかわからなかった。ルートを外れて登ろうとしたが、怖くてやめた。安全第一である。一服剣まで来ると目指す剣山荘が眼下に見えてきた。その頃にはペットボトルの水も残りわずかとなった。私の頭の中はカルピスを飲みたい欲望と安全第一主義の戦いだった。今回はめでたく安全第一主義が勝った。そして、十一時五十八分、剣山荘に到着した。予定よりも二時間早かった。

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