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紅さんと眞言さん・習作

「なぜここがわかった」
 眞言の声は硬い。
「だって君、ここが好きだって言ってたじゃない」
「そんなことは言っていない」
 確かに、『好き』というニュアンスではなかった。しかし。
「『ここに来た時はカグツチ会のことも忘れられた』って」
 今はもう営業していない、遊園地の跡である。五年ほど前に閉園してからは廃墟となった。人を拒むために立てられた白い仮囲いには、よからぬ輩が残した落書きがいっぱいに描かれている。
 眞言がここに来るかどうかは、賭けだった。俺の真剣な気持ちから逃げた眞言が、まったく違う場所へ逃げ込んでいる可能性も、充分あった。
「『ここでだけはただの子供でいられた』……って」
「……なんでそんなことを覚えている」
「好きな人の言うことなら、どんなことでも忘れられないよ」
「――それだ!」
 眞言は叫んだ。涙の香りが、その声にはあった。
「俺などのことを好きだと――やめてくれ」
「なんで」
 三メートルほどの距離がある。眞言の姿は薄暗い電灯に照らされているだけだ。それでも俺には、シャープな頬を流れる涙が見えた。
「俺ではお前を幸福にできない。お前の愛情を返してやれない。俺は――蛇神に呪われている」
 やはり眞言は、何もわかっていない。実家の宗教団体のいざこざに巻き込まれて己の感情を抑えつけられていたことは知っている。そして――真偽はわからないものの、『蛇神』に『犯された』と思っていることも。
 しかし。
「君は何も気にしなくていい。俺が、君といることで勝手に幸せになるんだから」
「お前は、いったい何を……」
「君が俺といて幸せになれないとしても、俺は俺の幸せのために君を抱きしめる。エゴイストだからさ」
 俺はナルシストだと誤解されることがある。確かに自分の顔を『美貌』だなんて言うのはおこがましいだろう。しかしそのことは俺にとっては事実だ。
「大好きな君と一緒にいられれば、俺はそれで幸せなんだ。ただ――」
 とびきりの笑顔を作る。ファッションモデルとして鍛えた顔面筋は、きちんと仕事をしてくれる。
「俺といることで君が幸せになれるのなら、俺はもっと嬉しい」
「……お前という、男は!」
 三メートルの距離を一気に詰めて、眞言は俺に飛びついた。反射的に腕を広げ、俺はその立派な体躯を受け止める。
 眞言の頬はべそべそになっている。俺の肩口に顔を埋めてくるから、シャツが濡れる。しかしその感覚も、今は愛しい。
「お前は、俺を、どうしたいんだ……」
「恋人にしたい。決まってるじゃないか」
「そういうことではっ……!」
 泣き声を上げる眞言のうなじに、俺はくちづける。
「悪い男に捕まったんだ。諦めて、俺と幸せになってよ」
 低い声が震える。眞言の嗚咽が止まらない。
 愛しい人をこれほど惑わせ、乱せている。かたくなに守ってきた外向きの顔を壊すことができている。今の眞言は、カグツチ会の後継者候補ではない。ただの恋する男だ。
「どこかで休む?」
 休むだけでは済まない、と言外ににじませるが、眞言は素直にうなずく。
「今、無性に、お前が欲しい……」
「わかってるよ」
 改めて笑顔を向けると、眞言はくしゃくしゃの泣き顔のまま白い歯を見せてくれた。
 あぁ、俺は最高に幸せだ。

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