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「科学的管理法」の見直し


「科学的管理法」の読み方

ダイアモンド社から出ている、テイラーの「新訳:科学的管理法:有賀祐子訳」の読み方について、少し書いておきたい。この本は、そのままで現在に通用し内面も多いが、考え方は現在にも通じる。

特に、学生時代に真面目に学んだ新入社員に、学問知識を仕事上で活かすためのヒントになるし、管理職になった人は、管理職のあり方について、考える切り口になると思う。

なお、旧訳は手に入りにくいことを考慮して、新訳で議論するが、適宜旧訳も参照する。

まず、従来のテイラー観は

「銑鉄運びを正業とするのに何よりも必要な条件は、鈍重で才気に欠け、例えて言えば雄牛のように力はあるが不器用な大男であることだ。」p71

ダイヤモンド社『科学的管理法』

あるいは、これをまとめた

「雄牛のような男シュミット」

と言うような表現が一人歩きしている。しかし、前書きにもあるように

ティラーは「人間観察」を確りし、そこから「人間理解」に基づくソリューションである。
pⅱ~pⅲ

同上

と人間観察を重視している。そして、科学的な方法で、労働者と協同して生産性向上を図っている。

現在では、生産性向上に関しては、「トヨタ生産システム」等の日本的手法を、有効とする向きが多い。しかし、この主体は現場に依存する部分が大きく、ティラーの言う

「自主性とインセンティブ」p36~p41
又は旧訳の「精進と奨励」

同上

の管理に傾くことが多い。

しかし、確りした管理者や技術者の責任を明確にする

「科学的管理」は「マネジャーと最前線の働き手が、仕事と責任をほぼ均等に分け合う」p45~p47

同上

は、もう一度高学歴なデスクワーク社員の存在価値を、明確にするためにも、見直すべきだと思う。

主要部の抜き出し

大切と思うところを、抜出してみた。まず序章の言葉は、科学的管理が、ある程度いきわたった現在でも、そのまま通用しそうである。
序章 p4から

国全体がたちどころに物的資源を保全する重要性に目覚めた。大がかりな運動も起きており、目的をうまく果たせそうである。ところが「国民の効率を高めるというさらに大きな問題」の重要性はおぼろげにしか認識されていない。

同上

序章 p5

 よりよい、より有能な人材を探す動きはかってなく活発になっている。そして、有能な人材への需要と供給の間にもかつてなく大きな開きが生じている。
 ただし、誰もが即戦力ばかりを探している。つまり、どこかで鍛えられてきた人材だ。すでに他者の手によって鍛えられた人材を探すよりも、計画的な協力により、期待に応えてくれる水準にまで人材を鍛えることにこそ、自分たちの義務と機会があるのではないか。

同上

次に第1章の内容だが、もう一度基本に立ち返って、管理職と経営者のあるべき姿を、考えるには良い機会である。

第1章p10

 マネジメントの目的は何より、雇用主に「限りない繁栄」をもたらし、併せて、働き手に「最大限の豊かさ」を届けることであるべきだ。

同上

このことを忘れて、安い労働力に飛びつく経営者がいかに多いか?
第1章 p29~p30

 本書の全体を通して明確にしたいのは、科学の法則に従って仕事をするためには、これまで現場の労働者に任せ切りにしてきた仕事の多くを、マネジャーが引き取り、自分たちでこなさなくてはいけないということである。労働者の果たすべき作業のほぼすべてについて、よりよい成果がより迅速に上るように、マネジャーが何らかの備えをすべきなのだ。くわえて、一人ひとりの働き手に対して、上に立つ人々が日常的に助言を与え、親身になって手を差し伸べるのが望ましい。高圧的な態度を取ったり強い調子で発破をかけたりするのも、その逆に、何の助けもせず本人の工夫にすべてを委ねるのも好ましくない。

同上

これも現在の「現場任せ」の空気に猛省を迫っている。

 第2章からは、科学的管理法の具体論がある。現在の目で見れば、稚拙な面もあるが、知識の活用と言う面では、重要な内容を含んでいる。
まず、p44の新しいマネジャーの任務は、もう一度確認して欲しい。

  1. 一人ひとり、一つひとつの作業について、従来の経験則に代わる科学的手法を設ける。

  2. 働き手がみずから作業を選んでその手法を身につけるのではなく、マネージャーが科学的な観点から人材の採用、訓練、指導などを行う。

  3. 部下たちと力を合わせて、新たに開発した科学的手法の原則を、現場の作業に確実に反映させる。

  4. マネージャーと最前線の働き手が、仕事と責任をほぼ均等に分け合う。かっては実務のほとんどと責任の多くを最前線の働き手に委ねていたが、こらからはマネージャーに適した仕事はすべてマネージャーが引き受ける。

第2章3「銑鉄の運搬作業における取り組み」から
 
この節は、単純作業でも科学的な力を発揮することを示している。

まずp52

その第一歩は、科学的な視点に立った人材選びだった。科学的管理法の下では、融通に欠けるにしても、一度に大勢ではなく、一人の働き手だけに対応せざるをえない。強みや弱みは十人十色であるし、マネジメントする側としても、人材を十把ひとからげにするのではなく、一人ひとりの作業効率と豊かさを最大化するのが狙いだから。

同上

これは、人間観察を大切にする、テイラーの手法の特徴を示している。

次に、p59~p65の体験は、自分で読んで欲しい。テイラーの工員との過酷な闘争を理解せずに、テイラーの言動を批判してはいけない。当時の稚拙な管理下では、工員の怠業を引き起こすことは多くあった。現在の自分の認識で、他の人々を批判する態度は、慎まなければならない。

さらに、 p65~p70のテイラーの経験談は、科学的な現場への対応法として、現在にも通じるものである。工学部の学生でも、このような知識と言うか智慧をきちんと身に付けているのは、少ないと思う。

まずp65

私は科学的管理法を構築するにあたり、一人ひとりが一日にどのような仕事をどれだけこなすべきかをマネジャーが十分に理解していないことこそが、現場の働き手とマネジャーの協力を妨げる最大の要因だと気が付いた。

同上

このように、根本問題を認識することがまず重要である。そして、p66~p67の

 つまり、重労働が筋金入りの作業者に及ぼす疲労度を探ろうとしたのだ。
 その第一歩として、大卒の若手を雇い、このテーマを扱った英語、フランス語、ドイツ語の文献をすべて調べさせた。
 ~一部略~
しかし、記録はごくわずかにすぎず、意味のある法則性は導き出せなかった。
 そこで、みずから実験に着手した。
 ~一部略~
二人にはあらゆる種類の作業をしてもらい、それを大卒の若手が毎日ストップウォッチ片手に観察して、一つひとつの作業の適正な所要時間を測定した。作業と少しでも関わりのある要因のうち、成果に影響を及ぼしそうなものについては丹念に調べて記録した。

同上

確りした観察を行った。これを読めば、現場を見るということの一端が、わかると思う。さて、このデータから一般法則を読み取ろうとして、テイラーは失敗している。この部分は、物理学知識の現実への適用と言うことで、興味深い問題である。まずテイラーの目標は間違っていた、p67

最終的な狙いは、人間は一日何フィートポンド分の仕事ができるのか、見極めることだった。

同上

これは、物理学で言う『仕事』の概念に振り回された結果である。物理学の言う仕事は、力の向きと、物の動きの向きが一致しないと仕事にならない。しかし人間の体は、そのようなものではない。ただこれだけで終わらないのがテイラーの凄さである。p68とp69~p70の記述を続けて見て欲しい。

 ただし私は、腕利きの人材が一日にこなせる最大作業量をめぐっては、明快な法則が存在するに違いないと、以前にも増して確信を深めていた。データは丹念に収集、記録してあったため、必要な情報はその中にあるはずだという信念めいたものがあった。

同上

 収集した事実データに基づいて法則を導き出す仕事は、仲間うちで最も数字を得意とするカール・G・パースに依頼した。私たちはこの課題に新しい角度から挑もうと決めた。作業の各要素を図示して、全体像をつかめるようにしたのだ。パースは、重労働が腕っぷしの強い男たちに与える疲労について、さほど時間をかけずに法則性を見つけ出した。

同上

 法則の中身は、「押す、引くといった動作をしている時間は、一日の労働時間の一定割合にすぎない」というものである。  

同上

このようにして、92ポンド(41.7kg)の銑鉄を運ぶ場合には、実際に物を持つ時間は42%で、残りは重荷から開放しないといけないことを発見した。こうして合理的な、作業量を見出して、従来の12.5トン/一日から、47トン/一日の上げることに成功した。

この部分の考え方は、現在でも理論知識の実用化に応用できると思う。なおテイラーは、人間性にも十分配慮していた証拠として以下の部分も上げておく。p67

私たちが探ろうとしたのは、短時間あるいは数日間でこなせる最大作業量ではない。優れた人材が、まる一日働いた場合の成果である。

同上

他の事例

残りの部分の事例は、それぞれ教訓があるが、時間がないなら読み飛ばしてもよい。以下で各節について味うべき点を述べたい。

5.ショベルすくい作業の研究
 シャベルすくい作業は、銑鉄運びと同様に肉体労働の要素が大きい。従って、最適量を見出す過程は、重なっている。しかし、

「鉄鉱石から米粒炭のように多様な対象物に対して、最適な大きさのシャベルを会社側で準備して管理する。」

同上

等現在では常識となっている、工場の間接・管理業務について、1900年ごろの時代では、新規提案であったことは、理解して欲しい。

6.レンガ積みにおける検証
ギルブレスのレンガ積み研究は、それ自体として独自で学ぶ価値がある。しかし、この本では、不要動作の除去に関する、研究方法を示していると理解すべきであろう。

7.ベアリング用ボールの検品に対する考察
この節では、個人能力差を科学的に判定し、作業者を選別することの重要性を示している。なお、ここでも休息の設定など、人間的な配慮をきちんと行っていることは、理解すべきであろう。なお、現在の工業化では、このような業務はできるだけ、機械化し個人の能力に依存する部分を押さえる方向に向かっていることも、付記しておく。

8.高度な金属切削業務における探求
この部分は、テイラーがもっとも力を入れ、26年研究した部分である。この改善に関しては、現在の目で見れば、大したことではないと思う人も多いであろう。しかし、学校の理論を、実務で活かすためには、このような苦労が必要と言う話しは、現在に通じるものがある。

特にp125~p131の、12の独立変数の方程式を解こうとして、全国の数学者に問い合わせても、答えが得られず、自分たちで計算尺にまとめた話は、学問知識と実用のギャップの越え方の参考になる。ただし現在なら、パソコン上で強引に計算してしまうだろう。

9.科学的管理法の実践
この部分は、前の部分をきちんと読み込んだ人が、読むべきであろう。これだけ読んで、直ぐ実行に移すと失敗する。ただし、p115の

「(導入に関しては)とにかく『これでもか』というくらい、ゆるやかなペースで進めたほうがよい」

同上

と、p157~p158の「消費者の存在」に関しては、現在の経営者が確り理解すべきであろう。

特に科学的管理法は、現場の改善に依存する「自主性とインセンティブ」(旧訳では「精進と奨励」)管理に対する概念で、管理職の科学的知識での改革を要求していることを、もう一度確り理解して欲しい。

|新訳|科学的管理法
著者:フレデリック W.テイラー
販売元:ダイヤモンド社
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付録

さて、テイラーの科学的管理法に対しては、その後の追従研究者のうち

ホーソン実験で明確になった
人間的要素重視

が、反論として取り上げられることが多い。
ホーソン実験 - Wikipedia

しかし、この問題はすでにテイラーが

感情などの要素の影響は認め
それを最小化した理想化

で、成果を出したことを考慮しないといけない。逆に言えば

ホーソン実験は
初期の実験目的の環境設定失敗
から生まれた成果

である。これを考えると

「雄牛のような男」

という表現には、大きな意味がある。


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