賞味期限は無限大
早いもので、劇場に足をはこぶようになって、はや6年が経とうとしています。いまやこの世界に肩までどっぷり漬かってしまった私ですが、最初に友人から誘われたときは、
「舞台なんて、ましてやミュージカルなんて、突然、歌ったり踊ったりするんでしょう? そんなの耐えきれずに噴き出しちゃうし、他のお客さんに変な目で見られちゃうよ!」
と冗談まじりに受け流していました。
自分の中の演劇のイメージは、某芸人さんのライオンキングで凝り固まっていたのです。理由をつけてのらりくらりとかわす私を、その友人は「観たらぜったい気に入るって! お願いだから一緒に行こう!」と根気づよく誘ってくれました。
そんな彼女と連れ立った日のことは、いまでも鮮明に覚えています。いきなり劇場に入るのはハードルが高いだろうと、ちょうど近くの映画館で中継されている作品を観に行きました。そこでスクリーン越しでも伝わってくる演技の熱を感じ、幻想めいた華やかな場を目にしたのです。
まばゆいばかりの世界で、あなたの姿はひときわ輝いて見えました。これまで演劇に触れたことがなかった私に、全身の血が駆けめぐる高揚と、稲妻に打たれたような衝撃を与えてくれたのです。この人が演じる姿をもっと観てみたい、この人を応援しようと固く決意する私のとなりで、友人は罠にかかった獲物がここにいるぞ、と言わんばかりの顔をしていました。
おとぎの国に誘い込まれ、まっさかさまにうさぎの穴へと落ちた私は、劇場に足しげく通うようになりました。「舞台は生ものなんだよ」と語る友人の言葉どおり、ひとつの公演が観るたびに変化していきました。おなじ演目でも、その日の役者のコンディションやお客さんの反応で、まったく別のものに変わるのです。私は一度きりの瞬間を見逃すまいと、まばたきすら惜しんで物語に没頭しました。こんな日がいつまでも続くと、そう信じていました。
2020年、未曾有の脅威が世界中を襲い、演劇はぴたりとその足を止めました。公演は相次いで中止になり、先行きの見えない不安に、未来の予定はごっそりと削り取られてしまったのです。それでもなんとか前を向こうと、たくさんの人が奔走し、2020年の夏、無事、再開へとこぎつけました。そうして迎えた自粛あけの舞台は、奇しくもあなたを知るきっかけになった作品の再演でした。
映像でしか観ることのなかった公演をこの目に焼き付ける日がやってきたのです。なんとしても初日の客席に入りたかった私は、必死の思いでチケットを取り、晴れて劇場の椅子に座っていました。ひさしぶりの生の観劇と、4年も待ったあの作品に会えるという二重の喜びを胸に、幕がひらくのを待ちました。
会場を包んでいた音がじわじわと大きくなるにつれ、客席の電気が静かに落ちていきます。隣の人の顔がぎりぎり見えるかどうかの暗闇の中、舞台の上だけが明々と照らされていました。
一瞬の静寂のあと、誰かの雄たけびが響きます。それを合図に役者がかわるがわる出てきました。ですがあなたは一向に出てきません。しかしこれは知っている話、登場するタイミングはわかっています。その瞬間を逃さないよう、ステージに目を凝らし続けます。
待ちに待ったその瞬間、舞台袖から駆けてきたあなたは鮮烈な雰囲気を放ちながら出てきました。初めて観たときとそっくりそのままの姿で、けれどもまとう空気は研ぎ澄まされていました。抑圧によって蓄積された思いが、演じる役にことなる色彩を添えているように感じたのです。場面ごとに転じる照明の光があなたの影に色を落とします。暗がりに溶けてしまいそうなほど真っ黒な衣装に身を包んでいても、あなたは色あざやかに存在していました。
再演と言えど、初演をもとの形のまま持ってくるわけではありません。舞台のセットも細かい演出も変わっていました。それでも、夢にまで見た光景が目の前に広がっていたのです。私がこの景色にめぐり合えたのも、あなたが役者を続けてくれたおかげです。出会えてよかったと心から思います。
ここまで読んでくださってありがとうございます!もしあなたの心に刺さった文章があれば、コメントで教えてもらえるとうれしいです。喜びでわたしが飛び跳ねます。・*・:≡( ε:)