見出し画像

色とりどりの花が咲く

「舞台俳優のどこに魅力を感じるか?」

と聞かれたら、

「それはもちろん花があるところだよ!」

と迷わず答えます。

「この人が出てくるとステージがパッと華やぐよね」

「あの人には花があるね」

わたしが俳優さんを褒めるとき、よく口にする言葉です。じゃあ、この花って一体なんなのでしょう?

 芸能にたずさわる方は、何かしら光るものをもっています。それは天性の才能だったり、努力に裏打ちされて得られる自信だったりします。そういう体の奥からにじみ出てくる煌めきを「花」と呼び慣わしているのだと思います。

しかし、あなたの花には、他の人がもつ花とは別の意味あいがあるように思えるのです。

 あなたの魅力は、見るものを惹きつける存在の強さにあります。観客の視線をすべてかっさらってやると言わんばかりの気概に満ちた姿は、視界に入った瞬間から片時も目を離すことができません。

ステージの0番に立って煌々と輝く照明に照らされながら演技をする様子などは、ため息が出るほど美しく感じます。ですがそれと同じくらい、台詞もなく、ただ舞台上に居るだけの時間にも、わたしは心惹かれるのです。

 今まででいちばん、ことさらに真剣な面持ちで観たシーンがあります。2020年の夏、天体の名前を冠した劇場で、星の名前がついたタイトルの作品が上演された日のことです。

この作品の舞台セットはすこし大がかりで、人の力でくるくると動かせる仕組みになっていました。和風の造りをした2階建ての構造物には、上手から下手を通る一本の通路があります。

この道は舞台袖から役者を迎え入れる役割を果たしたり、ときには客席を向いて奥行きを演出したりと、いろんな使い方がされていたのです。たしか、真ん中に引き戸もついていて、扉の開け閉めでひと悶着おきる場面もありました。あなたと、もう1人の役者がささいな言い合いをしながら出てくるシーンでは、先に扉をくぐった後にすかさず閉めたりして、からかって遊んでいましたね。

 主要なキャストの全員が物語の核になる楽曲を歌っているときのことでした。それぞれが心の内に秘めている葛藤と、交錯する思いを歌詞に乗せて歌い上げる壮大な一曲です。

曲の途中でセットが動きはじめ、上に下にと、役者が決められた立ち位置に従って舞台を巡り歩きます。通路の端が客席を向く頃、まばゆい光を浴びながら舞台のへりに立っていたあなたは引き戸に駆け寄り、扉を開いて中に入っていきます。スポットライトも当たらない薄暗い空間にたたずんで、なにやら思慮ぶかい表情を浮かべていました。

さっきまで力強い歌声を明かりの下で響かせていた人とは思えないくらい、まったくの別人に見えました。夢物語の住人が、突然、煌めきを消して現れた、そんな感じがします。溢れんばかりの輝きを手のひらで覆い隠すような演技に思わず息を呑んだのです。わたしは呼吸の仕方さえ忘れていたのかもしれません。

それはほんのわずかな、3秒にも満たないシーンでした。セットは絶えず回り続けているし、あなたは歩を進めてすぐに通路から外れてしまいます。それでもあの一瞬の姿が目に焼きついて離れなかったのです。

 わたしが気づかなかっただけで、今までも影をたたえた姿を見せていたのかもしれません。そんな明と暗の対比に、知らずしらずのうちに魅了されていたのだと思います。自分の演技を押し隠す勇気は、それもまた、あなたがもつひとつの花なのです。


ここまで読んでくださってありがとうございます!もしあなたの心に刺さった文章があれば、コメントで教えてもらえるとうれしいです。喜びでわたしが飛び跳ねます。・*・:≡( ε:)