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とくべつ読み切り【美王女戦士ヴィヴ・ラ・アントワネット】

「おはよー!」
「おはようございまーす!」
ここは日本のとある私立中学校の校門。今日は週に一度の身だしなみチェックの日。登校してきた生徒たちが玄関前で待ち構える先生と生徒会に挨拶をしてる。そんな光景を少し離れたところから見守る少女が一人。

「はあ、今日も三村(みつむら)はステキ……」
ため息をつきながら風紀委員を見つめる少女の名前は安藤 麻璃亜(あんどう まりあ)。ちょっとぽっちゃりした中学2年生の女の子だ。安藤が見つめる先の三村は、同じ中学2年生とは思えないくらい大人びた佇まいで生徒たちに挨拶をする。

「まったく、三村なんぞのどこがいいんだか……」
「どわあ!」
突然の背後からの声に驚き振り返る安藤。
「こら!天出(あまで)!びっくりさせるな!」
「いやあ、わりぃわりぃ」
天出と呼ばれた少年はぐちゃぐちゃに寝癖のついた髪をどうにかしようと四苦八苦している。

天出 或人(あまで あると)は、安藤と同じく中学2年生だ。安藤とは家が近く小さい頃から一緒に遊んでいて……つまり幼馴染というやつだ。
「あんたその髪、また寝坊?」
「夜遅くまでちょっとな……」
「まったくもう……三村くんとは大違いよ」
「お前なあ、そりゃオレだって……」

二人が口喧嘩になろうとしたときだ。
「コラァ!天出!何だその髪型はぁ!」
天出を見つけた教師が指を指して叫ぶ。
「やべえ!見つかっちまった!」
慌てて校舎内に逃げ込む天出。
「寝癖にしたって限度があるだろ!また寝坊でギリギリか!こら待て!」

「すみませーーん!ホームルームまでには直しておきまーーす!」
天出は先生に追いつかれる前に校舎内に駆け込んでいった。
「まったく……。なあ、安藤、お前からもなんとか言ってやってくれないか?家も近いんだろう?」
困った先生は安藤に助け舟を求める。

「いつもはわたしが起こしに行くと慌てて飛び出してくるんですけど……身だしなみ検査の日に限って全然起きてこないんですよ」
「そうだったのか……いや、その、なんだ。お前は十分やってくれているな」
先生は半ば諦めたような顔で安藤を憂いる。

「む、そろそろホームルームが始まる。お前も送れないようにな」
先生が腕時計を見ると同時に予鈴が鳴った。
「うわあ!もうそんな時間!?」
安藤も慌てて走り出し、校舎の中へと入っていった。

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「きりーつ!れい!ちゃくせき!」
日直の号令でホームルームが始まった。安藤と天出は同じクラスだ(天出の髪は強引な寝癖直しでビショビショになっていた)。
「えー、今日の放課後なんだが、生徒会が手伝いを募集している。だれか、今回の代表者に立候補する者はいるか?」

(三村くんと二人っきりで話チャンス……!)
安藤たちと三村は別のクラスなので、こういうことでもない限りなかなか話すタイミングがない。
(三村くんと二人っきりなんてキャーッ!ようし、きょ、今日こそは!)
安藤が妄想に浸っているそのスキに手を挙げる女子生徒が一人!

「はぁーい!わたくしが立候補しますわ!」
素早く堂々と手を上げたのは手針 真里(てばり まり)。口調からわかるように手針財閥のガチお嬢様である。
「よし、それじゃあ手針、頼んだぞ」

「はぁーい。お任せください!」
得意げに胸を張る手針。そして、ちらりと安藤の方を見る。
(三村様はワタクシのものでしてよ)
(ムキーッ!くやじい……)
……読者の皆様には、そんな二人の会話が繰り広げられたように見えたかもしれない。あるいは、二人の間に目線の火花が散る光景か、大怪獣同士の決戦直前の絵画か。ともかく、そういう迫力があった。

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放課後。
「それではワタクシ、三村様と用事がありますので、御免遊ばせ!」
手針はわざわざ安藤に言い聞かせるように高笑いして教室を去っていた。
「ぐぬぬ~っ!」
安藤と手針も、小学校の頃は一緒に遊んだ友達だった。しかし、三村に出会ってからは完全に恋のライバルとなったのだ。

「ぐぅ……」
今日のところは安藤の完全敗北といったところか。もはやぐぅの音しか出ない。幼馴染の天出にたかって買い食いでもしようかと思ったが、軽音楽部の天出は今日も音楽室へまっしぐらだ。帰宅部の安藤は特にやることもないので、敗北感を背負ってカバンを持ち、ボテボテと帰路についた。

……安藤がボテボテと帰宅していると、移動パン屋さんのワゴンを見つけた。
「あ!おいしいパン屋さん!」
ワゴンには『パン・デ・ピエール』と書かれている(「ピエールのパン」という意味だよ)。安藤の通う学校にも昼休みにパンを売りに来ており、特に本格的なフランスパンが人気だ。

安藤がワゴンに駆け寄ると、本場フランス人ピエールの元気な声が聞こえてくる。
「オーウ!いつもお買い上げアリガトウゴザイマース!」
ピエールのワゴンが来てからというものの、安藤は毎日のようにパンを買っていたので常連として覚えられるまでになったのだ。

しょんぼりしたときでも、美味しいものを食べれば元気いっぱい、それが安藤だ。……天出に体型を心配されることもあるけど、育ち盛りだから心配ないもん!
「ピエールさん!まだパン残ってる?」

「今日はもうコレダケデース」
ピエールはクッペを1つ差し出した。クッペは肉まんくらいの大きさの小ぶりなフランスパンで、安藤にとってはおやつに丁度いいサイズのパンだ。
「それください!」
「売れ残りデスヨ?」
「ピエールさんのパンは全部美味しいから!」

安藤の言葉を聞いて、ピエールは満面の笑みで答える。
「嬉しいデース!イツモアリガトゴザイマース!」
ピエールはそそくさと紙袋にパンを詰めて安藤に手渡す。
「うへへ、なんか照れるなあ」
安藤はお金を払ってパンを受け取り、ピエールに向かって元気に手をブンブンと振って歩いた。

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「ただいまー!」
家に帰った安藤は元気に帰宅挨拶をする。だが、返事は帰ってこない。両親はまだ仕事で帰ってきていないのだ。ゆえに、安心して買い食いができるというものだ。
「ふん♪ふん♪ふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら安藤はリビングに向かう。

安藤はソファにどかんと座ると、いそいそとピエールのパンを取り出してまず香りを楽しむ。
「うーん、小麦のいい匂い……」
それから目で楽しむ。
「こんがりきつね色に焼き上がって……」

さらにパンに指を這わせて手触りを楽しむ。
「売れ残りって言ってたけど、湿気ってなくてパリッパリ……」
フランスパンは皮のパリパリが命。それが伝わってくるような手触りだ。
「……はあ、こんなの絶対美味しいやつじゃない」

安藤は食べることが好きだ。もちろんそれは味覚に限らず、全身の五感で味わうのだ。
「それじゃあ、いただきまーす」
安藤がにやけた顔で大口を開けてパンに限りつく!だが!
「ングゥッ!?」
あまりの硬さに噛み切れない!

(な、なにこのパン!?こんな硬いパン初めてだよ!)
戸惑う安藤。だが、同時に確信していた。
(ピエールさんが食べられないパンを売るわけない!!)
安藤は力を込めてパンを噛む!
「ふぬぬぬ……ぬうう!」

バキバキバキィ!!

轟音とともにパンが砕け散った!

皮の硬さに関わらず、中の生地はふんわりとしていて小麦粉の味が強く、しっかりと熟成したパンの味がした。いつもならこの味わいに浸る安藤だったが、今回は違った。
「……え?なに?」
目の前に、手のひらサイズのフランス人形のようななにかが浮かんでいたのだ。

「妾はアントワネットじゃ」
戸惑う安藤にフランス人形は堂々と答える。
「アントワネットって、もしかしてフランスの……?」
「そうじゃ」
戸惑う安藤にアントワネットは堂々と答える。

(え???どういうこと???フランスパンがアントワネットで空飛ぶ人形がフランスパン???)
混乱している安藤に言い聞かせるようにアントワネットが声をかける。
「ふうむ、どうやら、あやつは何も言わずにオヌシに鍵をわたしたようじゃな」
「鍵って?」

「紙袋の中を見よ」
アントワネットの言葉に従ってパンが入っていた紙袋の中を見ると、不思議なデザインの南京錠があった。
「なに……これ……?」
安藤が南京錠を手に取る。フランスパンをモチーフとした不思議な南京錠で、首飾りにできるようにチェーンが付いている。

かなり不思議な雰囲気を感じる南京錠だ。ただ、もっとも不思議に感じたのは、鍵穴が存在しないことだ。
「この鍵、鍵穴がない?」
相違言いながら、安藤は無意識のうちにチェーンに首を通してネックレスのように南京錠を首にかけていた。

「まあ、とにかく、詳しい話はパン屋のピエールに問うことじゃな」
フランス人形はある意味で腹をくくったようだ。安藤を相棒にするしかないと。
「そんなこと言っても居場所が……」
「それならば妾が感知できる。さあ、走るのじゃ。それともなにか?そのブヨブヨの体では走るのも億劫とでも?」

「むむむ~っ!」
アントワネットの言葉に安藤が立ち上がりプライドを燃やす。
「ブヨブヨじゃないもん!ちょっとおっきいだけだもん!」
言うが早いか、安藤は玄関でランニング用のスニーカーを履いき、勢いよく玄関の扉を開いていた!

「案内して!」
「うむ、その意気じゃ」
アントワネットの案内で安藤はボテボテと走る。安藤は食べるのがスキな食いしん坊で、同時にちょっと太めの体型も気にしていた。それゆえにスリムな体に憧れがあり、日々のランニングは日課となっていた。

しばらく安藤がボテボテと走り、ピエールの家にたどり着いた。多少息は切れているが、さすがは普段のランニングの成果か、ヘロヘロというわけではない。

「オヌシ、なかなかやりよるようじゃな」
「はぁ……はぁ……伊達にいつも走ってないもんね!」
安藤は家のチャイムを鳴らしピエールを呼ぶ。
「ピエールさーん!」

「ハーイ、おやおや、ソレは……ハッハッハッ!」
出てきたピエールはアントワネットを見て、笑った。
「笑い事じゃないですよ!もう!これ、なんなんですか?」
「アー、スミマセン。説明します。どうぞコチラへ」
安藤は家の中に案内された。

「ササ、どうぞオカケクダサイ」
奥の部屋に案内された安藤は、ピエールの言われるがままに食卓につく。それを見たピエールは、まるで安藤が来ることを予測していたかのように紅茶を用意する。
「あの、えっと……」
「ササ、どうぞ」
「あ、どうも……」

紅茶を一口飲んだ安藤は安心したのか、あるいはピエールのペースに巻き込まれたのか、とにかく落ち着きを取り戻した。相変わらずアントワネットは安藤のそばに浮いているが……。
「それで、これ、なんなんですか?」
安藤はアントワネットを指差して問う。

「いろいろお話しなければいけないこと、沢山アリマス。でも、その前にオネガイがアリマス」
「お願い、ですか?」
「ハイ、どうか、ワタシタチを助けて欲しいのデス!アナタは、ワタシタチが求めている力がアリマス!」

「力……?助ける……?」
安藤混乱している。もはや、何から聞けばいいかわからない状態だ。
「順番に説明シマス。ワタシタチ、あるものを追って日本にキマシタ」
「あるものってなんですか?」
「フランスのゴースト……この国の言葉だとたしか、”怨霊”というやつデス」

「なんでフランスの怨霊がわざわざ日本に?」
安藤は紅茶を飲みながら質問する。とにかくわからないことを片っ端から質問するモードになっていた。
「それがよくわからないのデス。とにかく、ワタシタチはゴーストを封印するためにやってキマシタ」

「あの、さっきから気になっていたんですけど……」
「ナンデス?」
「わたし”たち”って、ピエールさんの他にも仲間がいるんですか?」
「それは余だぞよ」
突然ピエールの背後から手のひらサイズのフランス貴族が出てきた。
「余はフランス人の王、ルイ16世……の霊ぞよ」

「ルイ16世って、えっと、たしか……フランス革命で処刑された」
「うむ、そのとおりぞよ。そして、ほれ、そこにいる余の妻アントワネットも、余と同じくクレ・デ・ヴィヴにより呼び出された善良な霊である」
「くれで……びぶ……?」

「クレ・デ・ヴィヴ、生命の錠前である」
ルイ16世がそう言うと、ピエールが錠前型の首飾りを安藤に見せた。
「あ!それ!」
それは工作道具をモチーフにしているが、安藤の持っている錠前に近い雰囲気を感じた。

「フランスに危機が訪れたとき、クレ・デ・ヴィヴは目覚め、偉人を呼び出しマス。ですが、ゴーストが日本に逃げてきた今、もはやフランスだけの危機ではアリマセン!」
「えー……そんなぁ……」
安藤は完全に巻き込まれた形だ。訝しむのも無理はない。

しかし、実際にアントワネットたちが見えている現実が安藤に重くのしかかる。
「というわけなのデスガ……ム!」
ピエールが具体的な説明をしようとしたとき、急におどろおどろしい雰囲気が周囲に満ちた。安藤もそれを感じ、肌がざわつく。

「何この感じ……」
「ゴーストが覚醒シマシタ!時間がアリマセン!一緒に来てクダサイ!」
ピエールは立ち上がり店の外に駆け出す。
「あああ!ま、待ってくださいよぉ!」
安藤は残った紅茶をグイッと一気にあおって飲み干し、ピエールのあとを追いかける!

安藤とピエールは移動販売車に乗り込みゴースト反応のする方向に向かって爆進!そしてたどり着いた場所は学校だ!
「アレを見てクダサイ!」
ピエールが指差した先を安藤が見る。
「そんな……」
安藤はそれを見て驚愕した。

「オーッホッホッホッ!ここは素晴らしい世界ですわ!」
そこには漆黒の中世フランスドレスに身を包む手針が屋上で高笑いしていた。それだけではない。校舎中を得体のしれないゴーストたちが飛び回り、生徒たちが大混乱しているのだ。
「あれは手針さん!」

「友達デスカ?」
「友達……っていうか、ライバルっていうか……。でも、なにか雰囲気が違う気がする」
普段からなんだかんだで手針と競い合っている安藤は、手針の態度に違和感を感じた。
「ハイ、ゴーストに操られてイマス。このままでは……」
「こ、このままでは……?」

「この地域一帯がフランスになってしまいマス!!」
「ええーーー!!??」
日本の一部がフランスに!もしそんな事があれば国家間の一大事だ!
「アナタとアントワネットの力でゴーストをナントカしてほしいのデス」
「ナントカってそんな!?」

「安心してクダサイ。ゴーストも弱らせればクレ・デ・ヴィヴに封印デキマス」
「弱らせるってどうやって!?」
「あの人に訴えかけてクダサイ。乗っ取られている体が意識を取り戻せばゴーストの支配も弱くナリマス」
「ようし、わかった!わかりましたよーっ!」

とにかく頭が混乱していたが、それゆえにやるべきことがあるとわかって飛びつく安藤。
「世界と日本と学校のピンチ、わたしが救ってやろうじゃない!」
安藤は拳をグッと握りしめ、手針の待つ校舎屋上を睨む。
「その意気デス!もし、どうしようもなくなったら、この袋を開けてクダサイ」

ピエールは安藤に紙袋を渡した。
「わかりました!行ってきます!」
安藤は紙袋を受け取ると移動販売車から飛び出し、手針の待つ校舎屋上へと駆け出した!
「ふおおおおお!」
安藤は全速力でグラウンドを突切り上履きに履き替え階段を一気に駆け上った!

バァン!屋上の扉が開く!
「はぁ……はぁ……。て、手針さん!」
安藤は漆黒中世フランスドレスに身を包んだ手針に声をかける。
「……あら?アナタ、だあれ?」
「がーん!!」
完全に自分を理解していないという事実に思わず声が出てしまった安藤。

「わたしよ!安藤よ!」
「あんどう……?はて、だれじゃ?」
完全にゴーストに乗っ取られた手針には言葉が通じない。
「うわー!もうだめじゃん!完全に乗っ取られてるよー!」
会話による説得は不可能。となれば、もはや安藤に残された道は一つ。
「そうだ!ピエールさんの紙袋……」

安藤はもはや神頼みでピエールの紙袋に手を突っ込み、中身を掴んで引きずり出した!
「……これは!」
安藤が手にしたのは……ビスケットのような小さなパン1つだった。
「でえーー!?こんなのでどうしろって言うのよーー!!」
慌てふためく安藤。だが、手針の表情はこわばった。

「キサマ、それをどこで……」
まるで小さなパンを恐れるかのように震える手針。
「安藤!早くそれを食べるのじゃ!」
今まで黙っていたアントワネットが、急に安藤を急かす。
「え?ええ??」
「いいから早く食べるのじゃ!」

「んもーっ!わ、わかりましたよぉ!」
安藤はパンを口に持っていき咀嚼しようとした。だが!

ガキィンッ!

「ふぬぅぁ!?」
もはや食べ物とは言えないほどの咀嚼音だ!
「か、かんあの、かにきれあいよ!(こ、こんなの……噛み切れないよ!)」
想像を絶する硬さに躊躇する安藤。

「大丈夫じゃ!オヌシなら食べられる!噛め!噛むのじゃ!」
「ふんぬぬぬぬぬぬぬ……」
アントワネットの言葉に答えて必死に噛み砕こうとするが、なかなか噛み切れない。それを見た手針の震えがさらに高まり、助けを求めた。
「いやーん!助けて!サンソンちゃーん!」

手針の呼びかけに応えるように、どこからともなく手針のそばに現れた者が一人。
「どうしたのかね?我が愛しのマリよ?」
突如現れた漆黒中世フランススーツを身にまとった少年は悠然と答える。
「んぬぅ!?」
安藤はパンを咥えながらも驚きの声を隠せなかった。

「んつむらふぅん!?(三村くん!?)」
手針を守らんと現れたのは、服装こそ中世フランススーツだが、顔つきはまごうことなく三村だ。顔つきどころか背格好まで三村だ。間違いなく三村なのだ。
「サンソンちゃーん!助けてー!」
手針が三村にしがみつくように抱きつく。

(そんな……三村くんまでも……)
あこがれの人がゴーストに乗っ取られている。それ以上に好きな人がライバルに抱きつかれている。その状況を目撃し、安藤の中で何かが吹っ切れた!
「ぬあああああああ!!!!」
安藤は超強度のパンを噛み砕かんと、凄まじい形相で全身に力を込める!

バキィイイイイン!!!!

パンが噛み砕かれ、光となって安藤の体に吸収される!

安藤の体が強烈な光を放ち、手針と三村はたまらず目を閉じる!
「なんなんですの!?」
「こ、これは!?」
アントワネットが安藤の体に入り込むように突進!
「今じゃ!」
何が起こったかわからない安藤が雄叫びを上げる!
「のあああああ!!!????」

強烈な閃光が周囲を埋め尽くし、その光が収まったとき。
「な、」
「な、」
手針が、三村が、驚きのあまり言葉を失う。だが。
「なにこれーっ!?」
一番驚いていたのは、中世フランス風バトルドレスに身を包む安藤だ!

安藤はいつの間にか、中世フランス貴族のようなドレスに身を包んでいた。しかしスカートの丈は短く、袖も二の腕丸出しほどに切り詰められ、とにかく動きやすさを最重視した変則的なドレスだった。そしてなにより……。

「うわーっ!なにこの体!?お腹が!?出てない!?」
安藤のややぽっちゃりボディは面影もなく、全体的に細く引き締まり、しかも胸だけは元々のサイズという信じられない体型になっていた。

「うわあああ!!脚!細!腰!細!うおおおおお!!」
あまりの変貌っぷりに嬉しさと混乱がぐちゃぐちゃになってテンション爆アゲの安藤。

「その姿はまさか……ユニゾン!」
手針が怯えて三村にしがみつく。
(そうじゃ、これこそがヴィヴランシウムによって為せるユニゾン!よくぞ妾と融合をはたしたのう!)
安藤にアントワネットの声が聞こえる。だがあたりを見渡してもアントワネットがいない。

(オヌシの噛み砕いたパンにはヴィヴランシウムが大量に練り込まれておる。ヴィヴランシウムは生命エネルギーの塊。それを摂取したことにより、妾との一時的な融合を果たしたのじゃ)

(そういうことなの!?)
(そういうことじゃ!!)
安藤は心の中でアントワネットと会話する。
(それにしても、あやつらはかなり厄介じゃぞ)
(あやつらって、手針さんと三村くんのこと?)
(うむ……)
二人が沈黙の会話をしている間、手針たちはまだ動揺していた。

(手針とかいう女、あれはデュ・バリー夫人じゃな)
(デュ・バリー夫人?)
(簡単に言ってしまえば、妾の宿敵じゃな)
(しゅ、宿敵……)
(そして三村とかいう男、あれはシャルル=アンリ・サンソンか……)

(しゃるる……なに?)
(シャルル=アンリ・サンソン、ギロチンで妾を処刑した処刑人じゃ)
(ギロチン!?)
(もっとも、サンソンに処刑されたのは妾だけではない。たしか2700名以上だったとか)
(ひええ……)

(あれはフランス革命のときじゃった。王族は次々とサンソンにギロチン処刑されてのう……デュ・バリー夫人は例外じゃったが)
(例外って?)
(ま、妾の死後ゆえこれは口伝だがのう、処刑台で泣きわめいて命乞いをしたらしい。その結果、サンソンに処刑されなかったとか)

(へえ、サンソンも優しいところがあったんだね)
(まあその後サンソンの息子にギロチン処刑されるんじゃがな)
(うわあ……)
(まあ、そういう時代だったのじゃ)

安藤とアントワネットの精神会話がひとしきり区切りの良いところまで進んだ時、急に落ち着きを取り戻した三村は右腕を揚げて宣言した。
「罪人、沖田総司をここに」

三村の言葉と同時に、周囲の時間が凍りついた。いや、正確に言えば、安藤の意識はあったが、体を動かすことができなかった。
(なに……これ……)

突如、三村の前に断頭台が形成される。首をはめる穴の開いた木、空に向かって伸びる2本の柱、そして、重力によって罪人の首を切断する時を待ち構える刃、……ギロチン。数多の命を切断してきた処刑道具だ。

カツン……カツン……断頭台に向かって歩みをすすめる足音が響く。その影は地底より現れた白装束の幕末剣士。ああ、新選組の組員が見ていれば驚愕しただろう。かの姿はまさしく、新選組の沖田総司だ。
「汝が犯した罪に対して意義あるか?」
三村の問いに影は沈黙を持って答える。

「よろしい。吾輩が汝を断罪する」
沖 田 総 司は抵抗らしき抵抗もせず断頭台に首を備える。
「汝の魂に■の加護があることを」
三村は祈るように断頭台の紐を切断する。

 刃 が振り落とされる。

沖 田 総 司 の

首 が飛ぶ。

沖|田 総 司

斬 首

切られた首は即座に霧散し天へと帰る。だが、まだ儀式は終わらない。
「首無き者よ、吾輩の慈悲を受けよ」
三村が手をかざすと、周囲を漂っていた怨霊の力がすべて集中し、斬首された田総司がむくりと起き上がる。
「さあ、吾輩の下僕となり、あやつを再殺するのだ」
暗黒白装束に身を包み立ち上がり、刀を構える田総司。

その頭部は、いびつなギロチンに置き換えられていた。

「ギロギロ!」

もはや頭部を失った田総司に自我はなく、斬首のみを目標としたギロ田総司となったのだ!
「うわわあ!」
ギロ田総司が安藤に襲いかかる!

「どうするのどうするのどうするの!?」
(慌てるでない!こちらにもなじみの武器があるのじゃ。いでよ!)
アントワネットの声に呼応するように、安藤の目の前に突如パン焼き窯が飛び出した。
「ギロォッ!?」
ギロ田総司はパン焼き窯に吹っ飛ばされて三村の後方まで後退!

「これが武器!?」
(いいや……)
パン焼窯の扉が開くと、中には1つのパンが。
(さあ、これがオヌシの、いや、妾たちの武器じゃ!引っこ抜けぇい!)
安藤は言われるがままに窯に手を突っ込み、パンを握りしめて引っこ抜いた!
「これって……」

安藤は抜パンしたパンを見る。
「ただのフランスパンじゃないのよー!」
安藤が手にしたのは見ての通りのフランスパンだ。
「ギロギロォ!」
いつの間にかパン焼窯は消え、安藤の目の前にはギロ田総司の姿が!
「ひええええ!」
安藤は恐怖に身をすくめ、とっさにパンを構えた。

「もうだめだー!しぬー!」
ガキィイイン!!
「……え?」
死を覚悟し噴水のように吹き出ていた安藤の涙が止まった。いや、止まったのは涙だけでない。安藤と、そしてギロ田総司の刀だ!
「ギ……ギロ……!」
予想外の事態にギロ田総司は飛び下がり距離を取る。

(ヴィヴ・ラ・フランス(意訳:素晴らしい)!そのパンはただのパンではないのじゃ。ヴィヴランシウムが大量に練り込まれたそれは、もはや鋼鉄以上の強度を持ち、重さはフランスパンのままじゃ)
安藤はフランスパンを素振りする。確かに軽い。そして、ギロ田総司の刀を受けてパンくず1つこぼさない。

「ヴィヴ・ラ・馴染むわ……」
いつの間にか安藤の口から自然とヴィヴラが溢れる。高濃度ヴィヴランシウム武器を手にしたことで、アントワネットとのユニゾンがより強くなったのだ。
(今のオヌシは安藤にあらず……妾とのユニゾンを更に強めた、ヴィヴ・ラ・アントワネットじゃ!)

「ヴィヴ・ラ・アントワネット……!」
安藤が、いや、ヴィヴ・ラ・アントワネットが、己が名を口にする!

「ヴィヴ・ラ・アントワネット……!」
手針に乗り移ったデュ・バリー夫人が恐怖する。
「ヴィヴ・ラ・アントワネット……!」
三村に乗り移ったサンソンが何かを思い出す。

「ニヤリッ」
ヴィヴ・ラ・アントワネットが自分に満ちる力を感じ、ビュンビュンと風をきるようにド派手にフランスパンを振り回し、杖術の達人めいてパンを構えた!
「さーあ!どっからでもかかってきなさーい!」
もはや自信過剰かというぐらいの大仰な構えは、いろいろな意味で周囲を圧倒した。

「サンソンちゃーん!あんなやつチャチャっとやっちゃって!」
手針がサンソンの腕にしがみつく。
「うむ。即刻処刑する。やれ!」
三村は表情を変えずに指示を出す。
「ギロギロギロォォォッ!!!」
ギロ田総司は再び刀を構えて突撃!

沖田総司の特技といえば刺突。ギロ田総司も連続刺突で確実にヴィヴ・ラ・アントワネットの体を串刺しにせんとする。
「ギロ!ギロ!ギロォ!」
しかしヴィヴ・ラ・アントワネットはパンで華麗に受け流す。
「えい!やあ!ええい!」

ギャリィン!ギャリィン!ギャリィン!
「いける……ヴィヴ・ラ・強いわ!」
激しい打ち合いが続くが、もはやすべての太刀筋を見切られたギロ田総司が圧倒的に不利だ。このまま押し切ろうとしたとき、デュ・バリー婦人が叫んだ。
「やーん!負けちゃうーっ!みんなー!私に力を貸して!」

(ぬう、もしや……)
アントワネットは嫌な予感を感じる。そして、その予感は的中した。
「手針様!」
「俺の力を使ってくれー!」
「おお、素晴らしき人よ!」
次々と男子生徒たちの目がハートになり強制的に生命力を吸い取られていく!恐るべき魅了!

(あやつは昔から節操のないやつじゃった。悪霊となった今でもその力は残っておるどころか、”死してなお盛ん”といったところじゃのう)
集まった生命エネルギーがギロ田総司に注がれる!
「ギロギロギロギロギロギロ!!!!!!」

ギロ田総司が纏う邪悪なオーラは更に強大になり、ヴィヴ・ラ・アントワネットに怒涛の連続攻撃!
「ふぬくかぐ、ぐわあ!」
怒涛の連撃をさばききれずに吹き飛ばされるヴィヴ・ラ・アントワネット。
(ヴィヴ・ラ・フランス!(意訳:ちくしょうですわ!)とんでもなく強くなっとるんじゃ!)

「オーッホッホッホ!みんなー!ありがとう!」
愛想を振りまく手針。
「さあて、トドメですわ!おとなしく再処刑されなさい」
手針の斬首催促に、三村は無言でうなずき右手を上げる。それに呼応してギロ田総司が刀を高々と振り上げ、斬首の構えを取る。

「ひーん!こんどこそしぬー!」
ヴィヴ・ラ・アントワネットの両目から噴水のように涙が吹き出す。このまま斬首されてしまうのか。……否!
「フォルテッシモ!!」

突然の声とともに、音速のエネルギー弾がギロ田総司に炸裂!
「ギ……ロ……」
ギロ田総司は音速エネルギー弾の衝撃で動きを止める。
「な、なんなんですの?」
手針が慌てふためきあたりを見る。
「あれは……」
三村が見るその先、屋上出口上に立つその姿は!

「どうやら俺様のコンサートは間に合ったようだな」
逆光の夕日を背負って立つ少年は、宮廷音楽家装束を身にまとい、音楽室で見覚えのあるクルクルの髪型をしている。
「ヴィヴ・ラ・アントワネット、助けに来たぞ」
「だ、誰……?」

「おいおい、誰とは心外だなあ」
少年はヴィヴ・ラ・アントワネットのそばにふわりと飛び降り、膝をつくヴィヴ・ラ・アントワネットの顎を指でクイッと上げて目線を合わせる。
「”大きくなったら俺様の嫁にしてやる”って言葉、忘れてないよな?」
「……え、ええ~~~~!?」

突然のプロポーズにヴィヴ・ラ・アントワネットは赤面。
「いや、そ!そんな!そんなの、き、聞いてないし!知らないし!!」
ヴィヴ・ラ・アントワネットは突然現れた少年の顔に見覚えがなかった。不思議なマスカレイドマスクのせいで素顔の判別がつかないのだ。

(ははーん、オヌシ、アマデウスじゃな?)
アントワネットが気づく。
「いかにも、俺様はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、洗礼名ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モーツアルト、稀代の天才音楽家さ」
アントワネットの声は少年に届いているようだ。
「モーツアルトって、あの有名な?」

「ほほう、あれから何百年たった今でも俺様の名は残っているのか!うーむ、素晴らしい!」
少年は天を仰ぐようなオーバーリアクションしながらも鍵盤をぶっ叩く。
「あの、あなたは、えっと、わたしたちの味方ってことでいいんだよね?」

「もちろんさ。そうだな、君の名前を借りて、ヴィヴ・ラ・モーツアルトとでも名乗ろうか。君のためならどんな音楽でも奏でよう」
「ヴィヴ・ラ・モーツアルト……」
ヴィヴ・ラ・アントワネットがヴィヴ・ラ・モーツアルトの瞳を見る。なぜだろう、初めて見た気がしない。

ヴィヴ・ラ・モーツアルトが誰かはわからないけど、安藤は不思議なトキメキを感じていた。見つめ合う二人……一瞬、ヴィヴ・ラ・モーツアルトの演奏が途切れた。そのタイミングを逃さず手針が立ち上がる!
「今よ!サンソンちゃーん!早くあいつをなんとかしちゃってーっ!」

「行け!断罪せよ!斬首せよ!」
「ギロギロギロォ!!」
ギロ田総司がヴィヴ・ラ・モーツアルトの呪縛を振り切り再び動きだす。
「んぎゃあ!!」
とっさに飛び退いて斬首を回避するヴィヴ・ラ・アントワネット。
「どーすんのよこれ!結局振り出しじゃない!!」

「いや、そうでもないさ」
ヴィヴ・ラ・モーツアルトはショルダーキーボードを演奏!その曲は聞いたこともない曲だ。だが、そのメロディは聞く者すべての心に響くようだ。
「ギ!ギロォォォォォ!!」
ギロ田総司が苦しむ。これは一体!?

「俺様特製、ギロチン怪人ギロ田総司に捧げる即興の鎮魂曲だ。たっぷりと聞くがいい!」
天才音楽家モーツアルトの手にかかれば、各個人ごとの人生を咀嚼して専用の鎮魂曲を即興で演じることなど雑作もない!とはいえ、ギロチン怪人の魂を完全に鎮めることはできない。

「今だ!ヴィヴ・ラ・アントワネット!」
鎮魂曲がクライマックスに差し掛かる!おお!読者諸氏には電子鎮魂曲が処刑用BGMめいて脳内再生されていることだろう!
「はい!」
ヴィヴ・ラ・アントワネットは頭脳で理解する前に本能で理解していた、自分のやるべきことを!

「ギロギロギロギロォッ!」
ギロ田総司が苦し紛れの最後の刺突!それはヴィヴ・ラ・アントワネットの喉に一直線に向かって伸びる。

「それを読んでたわよぉ!」
フランスパンをレイピアめいて構えたヴィヴ・ラ・アントワネットがギロ田総司の刺突に真っ向からフランスパンをぶち当てる!そのままギロ田総司の刺突はフランスパンにぶっ刺さり二度と抜けない鞘となった!

武器を奪われたギロ田総司になすすべなし。ヴィヴ・ラ・アントワネットは超硬質パンを噛み砕く顎を噛み締め全身をバルクアップ!右ストレートがギロ田総司のギロ部分に炸裂!
「ヴィヴラァッ!」
「ギロォ!」

追撃の左ストレート!ヴィヴ・ラ・アントワネットの双拳はヴィヴランシウムによって輝き、常人には不可能な速度でラッシュを叩き込む!
「ヴィヴラララララララララァァッッッ!!」

怒涛の連撃でギロ部分にヒビが広がり、ついにトドメの拳が叩き込まれる!
「ヴィヴ・ラ・フラーンス!!(意訳:ぶっ飛びやがれですわ!!)」

ギロ爆散!!
「ギロロロロオオオォォォォ!!!!」

ギロ|田総司!!
再斬 首!!

切断されたギロチン頭部は浄化蒸発!残された沖田総司の魂も、ヴィヴ・ラ・モーツアルトの鎮魂曲によって天へと帰っていった。もうギロチン怪人になることはないだろう。

「ムキーッ!悔しいですわ!サンソンちゃん、今日のところは引きますわよ!」
「ふむ、致し方なし……」
デュ・バリー夫人とサンソンの意識はどこかへと消えていった。同時に、手針と三村は意識を取り戻す。

「あら?ここは?」
「ボク、なんで屋上に?」
困惑する二人にヴィヴ・ラ・アントワネットはざっくりと状況を説明した。
「わたくしの体がフランスの悪霊に乗っ取られた?冗談も大概にしてほしいですわ!」
ごもっともである。

「えー……信じてくれないの……」
「信じるもんですか!それよりも生徒会のお仕事がまだ残っていましてよ。三村くん、行きますわよ!」
手針は三村の腕をぐいっと引っ張り校内へと戻っていった。

手針に引きずらる三村は、去り際にヴィヴ・ラ・アントワネットの方を見て、”ありがとう”と言うように頷いた。
(おあー!み、三村くんがわたしを見てくれた!うおあーっ!)
ヴィヴ・ラ・アントワネットの脳内では三村フェスティバルが開催されようとしていたが、そんな場合ではない。

(そろそろ妾とのユニゾンも解除されるのじゃ。このままだとオヌシの正体モロバレじゃぞ?)
「どわああああ!!」
アントワネットの言葉に慌てふためくヴィヴ・ラ・アントワネット。あたりを見渡すと、いつのまにかヴィヴ・ラ・モーツアルトは姿を消していた。

「あばばばば、早く逃げなきゃ!!」
ヴィヴ・ラ・アントワネットは下半身に渾身の力を込めてしゃがみ込み、一気にジャンプした!
「それでは皆様、ヴィヴ・ラ・フラーンス!(意訳:ごきげんよう!)」
ヴィヴ・ラ・アントワネットは遠く人気のないところへと飛び去った。

…………場所は変わって体育倉庫裏。安藤は元の姿に戻っていた。服装も、そして、体型も。
「元に戻っちゃった……」
安藤はお腹の肉をつまんでムニムニする。
「ユニゾンは一時的なもの。オヌシの体型は元通りじゃ」
アントワネットも元の姿に戻っている。
「そんなぁ~」

「な、世の中そんなに甘くないということじゃ」
「ぐぅ……」
ぐぅの音しか出ない安藤であった。
「おーい!安藤!」
安藤を見つけて駆け寄ってくる姿があった。天出だ。
「あ!あんた!?どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、大騒ぎだったろ?どこ行ったかと思って探してたんだよ」

「え、あ……。いやーその、逃げて隠れてたっていうか……ナハハ……」
安藤は笑いでごまかした。天出はそれを見てとにかく安心したようだ。
「なんだよ、心配して損したぜ」
「むお?損したって何よ。わたしが無事だったんだから大儲けでしょうが」
安藤は天出に言い寄るように顔を近づける。

「ま、まあそうだけどよ……」
天出は赤くなった顔を隠すようにプイッとそっぽを向いて歩き出す。
「ほら、早く帰るぞ!」
「うん」
安藤があとに続く。背中にはいつの間にか隠れるようにアントワネットがしがみついていた。

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翌日の放課後。安藤はピエールの家にいた。
「昨日はオツカレサマデシタ!」
ピエールが紅茶を入れる。
「ありがとうございます。でも、少し気になることがあるんです」
安藤は紅茶を一口飲んで、口を開く。
「なんデスカ?」

「昨日のこと、あまり大きな噂になってないみたいで、何より、三村くんと手針さんも普通に学校に来てたし、もしかして、みんな昨日の事は覚えていないんですか?」
「そこのところは安心してクダサイ!ギロチン怪人を倒したときの余剰エネルギーで色々と都合のいいことにナリマス!」

「ふーん、そういう感じなんだ」
「何かが壊れても元通りデース!だから安心してクダサイ!」
ピエールの言う通り、屋上で戦った痕跡は全て消滅していた。
「しかし、くれぐれも油断は禁物じゃぞ」
ルイ16世が現れて釘を刺す。

「元通りになるのは、あくまでギロチン怪人を無事に倒した時だけじゃ。ゆえに、お主らが負けることは許されぬ」
「うわあ、責任重大だ……」
安藤はスコーンを食べながら話を聞く。

「それに、サンソンとデュ・バリー夫人のクレ・デ・ヴィヴも見つかっておらぬ。どこかに持ち主がおり、三村と手針とやらを操っておるのじゃろうな」
「え、それってつまり」
「まだまだ戦いは続くということじゃな」
「ええ~~~~!?」

「なあに、妾がついておる。安心するのじゃ。オヌシとの相性が良いらしいからのう。いつでも力を貸してやるのじゃ」
アントワネットが得意顔で安藤にアピールする。
「それに、モーツアルトもイマース!」
ピエールも自信ありげに安藤にアピールする。

「あ!そうだ!あのモーツアルトって誰なの!?」
安藤が身を乗り出してピエールに問う。
「知りまセン!」
「ええ!?ピエールさんがクレ・デ・ヴィヴを渡したんじゃないの!?」
「違いマース。ですが、確実にあなたの味方デース」
「どういうことなの??」

「それについては余から説明しよう」
ルイ16世が口を開く。
「余がこしらえたクレ・デ・ヴィヴの一部は悪霊によってこの国に持ち去られたと考えておった。しかし、一部のクレ・デ・ヴィヴは、悪霊を追うために自らこの国に飛び、ユニゾンできる者を探しているようなのじゃ」

「味方だけど正体は不明ってことなのね」
「そういうわけじゃ」
「誰だかわからなくても味方は味方デース!次の戦いでも必ず駆けつけてくれることでショウ」
ピエールはいつも前向きだ。その前向きさが安藤を安心させる。

「でも、いきなり、プ、プロポーズしてきたのは、ちょっとドキドキしちゃったな」
実際はちょっとどころではなかったが、思い出したら恥ずかしくなってしまい紅茶のカップで顔を隠した。見かねたアントワネットが助け船を出す。

「アマデウスのやつは昔からそういうやつじゃったからのう。おそらくじゃが、ユニゾンした肉体の持ち主は、ほとんど意識を乗っ取られているような状態かもしれぬのう」
「ってことは……」
「あのプロポーズは妾に向けた言葉じゃな」
「なるほど……」

安藤は安心したような、ちょっとやきもちを焼くような、同時にドキドキもあるとても複雑な気持ちになった。
「うむむむむ」
「なあに、そう悩む必要もなかろう。次のギロチン怪人が現れれば助けに来ることは必然じゃ。言いたいことがあるなら、そのときに言えばよかろうなのじゃ」

「うーん、そうか、そうだよね!」
安藤はアントワネットの言葉に納得し、紅茶をぐいっと飲み干す。その姿を見てピエールは安心した。
「その意気デス!」
「うん!ようし、やるぞ!!三村くんを助けるんだ!」
安藤は立ち上がり右手の拳を握りしめて高々と掲げる!

ヴィヴ・ラ・アントワネットの戦いはこれからだ!
三村くんをサンソンから解放することはできるのか?
恋のライバル手針さんとの決着は?
モーツアルトの正体とは?
ヴィヴ・ラ・アントワネットの戦いは始まったばっかりだ!

【おわり】


※以下、有料部分に、この話を書くに当たって整理したキャラ設定とプロットを記載します。気になる人は購入して除き見してみてください。

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