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切手はどこへゆく【第十五話】

学校が休みの日の部活は、いつもより時間が長いけどあっという間だ。
空腹が通り過ぎた頃に部活は終わり、体育館の隅っこで、後輩たちがモップ掛けをするのを眺めながら、ストレッチをしていた。

今日は、悔しい思いをした。
最高のタイミングで来たボールを、シュートした瞬間に、後輩に弾かれてしまった。いままで簡単に入れられていたはずなのに、あのタイミングで弾かれたこともなかったはずなのに。

なぜ決められなかったのか、その原因を頭でずっと考えていた。体の動きも悪くなかったはずだし、シュートもミスをしたわけではない。後輩のことも視界に入っていたけど、わたしはシュートを決められると、何の疑いも持っていなかった。

「遥夏、完全に動き読まれてたよね。」
「え、」
「さっきからずっと、あっち見てるから。」
部長が突然、声をかけてきた。

部長が指を指す「あっち」には、丁寧にモップ掛けをする後輩がいた。ボールを弾いた時と変わらず、真剣な表情をしているのが、またわたしを悔しくさせた。

「2年生の中で、一番真面目にやってるし。あっきー先生が動画撮ってるのも、送ってもらって研究とかしてるらしいよ」
「……研究。」
「そそ、なんか勝手に研究とかやってて、ちょっとむかつくけどね」
部長はそう言った後に、部室に帰っていった。

あの真剣な表情は、きっと向上心からくるものなんだろう。そう気づいたら、また悔しさが上乗せされた。
わたしだって、学年の中では誰よりも練習してるし、レギュラーだって、今まで外されたこともなかった。
遥夏にボールを回したら点が入ると、冗談半分だけど、そうやって言われることだってあった。
それなのに、なんで。

油断、という言葉が頭に浮かんできて、また悔しくなった。
頭に浮かんだ言葉を必死に消そうと頭を掻いたところで、一度自分の中に、ふつふつと湧いてきた言葉を消すことはできなかった。部長からの、みんなでファミレスに行こう、という誘いを断って、一人駐輪場に向かっていた。

今日のプレーを振り返りながら歩いていると、まだ消えない悔しさが燃料になって、足がずんずんと進んでいった。

「おい、稲村。」
どこかから声をかけられて立ち止まると、古谷がいた。

「もう女バス終わった?」
「……とっくに終わってるよ。」
「あっそう。」
古谷を無視して帰ろうと足を進めると、また呼び止められた。

「稲村さ、明日って空いてる?」
「……なに?」
「三上とさ、駅近くのでっかい公園で、バスケコートあるの見つけたんだよ。」
「へえ、」
「今度、練習しに行こうって三上と話してさ、稲村も来るかなって思って。」
練習、という言葉が、今日ばかりは、なんだかわたしを苛つかせた。

「……練習ってさ、わたしが、練習してないように見える?」
「はあ? ……お前、何言ってんだよ。」
「練習だって真剣にやってるし、試合だって戦略立てもやってるし、レギュラーだって取ってるのにさ、まだ練習不足だって言いたいの? わたしってそんなにできない奴なの?」

悔しい気持ちと惨めな気持ちが混ざって、古谷に言うべきでないでない言葉ばかりが、棘のようになって古谷を襲っている。八つ当たりだとわかっているのに、口から言葉を出すのを止めることができなかった。

「できない奴とか言ってねえし。」
古谷はそう言ってため息をついた後、少し真剣な顔をした。

「……稲村、中学の時言ってたじゃん、高校では後悔したくない、って」
「あ……」
古谷の一言で、記憶が一気に蘇ってきた。

中学最後の大会で、試合終盤まで点の取り合いになっていた。後一つ点を取れたら逆転勝利、という場面で、わたしにボールが回ってきた。

残り時間もあと5秒、シュートをするしか選択肢がない、わたしが決めるしかない、そう思って迷わずシュートをした。ボールがゴールを弾いて、そのままゆったり放物線を描いて床に落ちていく様は、いつもよりゆっくりに感じたのを、鮮明に思い出した。

わたしのせいで、最後の大会が終わってしまったのだ。

「稲村の後悔って、よくわかんねえけどさ、たまには部活以外で、ボール触ったらいいんじゃねえの?」
そういう古谷の言葉が理解できずに、黙っていると古谷がまた言葉を続けた。

「俺は、バスケ好きでやってるから、……部活のせいで、バスケ嫌いになりたくねえんだよ。」
「……どういうこと?」
「まあ、いいだろ。明日、13時に公園集合だから。場所、後で送っとく。」
わたしの返事も聞かずに、古谷はそう言って体育館に向かって行った。

なんだか納得がいかないまま、腕時計からカレンダーを開くと、明日の予定は真っ白で、少しため息が出た。

適当なことを言って、断ってしまおうか。
そう思いながら自転車を引き出して、校舎を出た。家について携帯電話を開くと、ファミレスで楽しそうにしている、同級生たちの写真が部長から共有されていた。

何枚か写真をスワイプして見ると、どれもほとんど似たような写真で、どれもみんな楽しそうに笑っていた。
一つため息をついて、そのままベットに倒れこんだ。

悔しい、という気持ちは少しずつ形を変えている気がする。後輩に負けて、自分が油断していたと言う事実を見せつけられて、古谷に苦い思い出を引っ張り出されて、わたしの気持ちも知らないでみんなへらへらしてて。

「……なんかなあ……」
なにも動く気がしなくて、目を閉じてしばらくぼんやりしていた。

あと少しで眠れそうだなと思っていたら、腕時計のバイブレーションで、一気に現実に引き戻された。腕を目の前まで持ってきて、目を薄く開けると、三上から連絡が来ていた。

『明日の場所送るわ! よろしく!』
短いメッセージと、地図のURLが送られていたのを見て、また目を閉じた。

なんで三上から連絡がくるんだ、と普段だったら文句の一つや二つ言っているんだろうが、今日はなんだか、そんな気分にもならなかった。

いつもより少し多く息を吸ってから、深いため息をつくと、少し気が楽になった気がする。
もう、なにも考えないで寝てしまおう。

目が覚めるころに、今日の悔しさも惨めさも、全部消えていたらいいのに。

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