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番狂わせレポート




op、好き。



背景の濃淡を自在に作り出せるのはVtuberの決定的な強み、不可欠な要素と言って過言じゃない。


彼女の活動の中心もとい大部分は歌唱であるために世界観が崩れにくく、さらに歌と「虚」の動機、志を連関させることで視聴者を巧みに惹きこむ。





ただ今はとにかく、「わっち」と「私」の間に何があるのか知りたい。

彼岸から火の子に歌い、語りかけていたのが前者だとするなら、後者は一体どんなカタチをしているのか。




もし「私」になることが虚でなくなるという意味であるなら、それは実に素敵なことだと思う。

けれど、彼女を表す「虚」が当初のそれと変わらないとは思えない。


「虚」が最早虚でないのなら、「私」になる必要も失われたのではないだろうか。





しかし、だからこそ其処には選択があり、自我があり。

これまでとこれから、双方をあれ程まで大切にしている彼女が敢えて一方を摘み取ることには、きっと価値がある。






勿論、彼女はどちらも手放さないくらいには欲張りだと信じているのだけれど。











開けて、始まりは『斜陽』と共に。


何十何百回と聴いて耳に馴染んだその歌は、哀しみと強かさの迫間にゆらり浮かんでいるよう。

気が付く頃にはその責め立てるような安らぎに呑まれてしまうのが常だった。


しかし今日は、今日に限っては、そうして深くに沈んでいることは叶わないと諭される。












第一声。






彼女の喉に薄く走る緊張が、歌声に微かな震えを重ねる。

そして例え微かであれ、音源の馴染んだ耳にはその響きの差異がはっきりと伝わってくる。



「此処は『今』だ」と。


そう突きつけられる。





そうして俄かに、彼女の五体が視界をジャックした。














動く。



柔らかく、これでもかと自由に。



すらりと伸びる脚が床を踏みしめる。

吐く息に合わせて上体が揺れる。

嫋やかな腕を掲げ、引き付ける

ゆっくりと瞼を降ろし、そうして——。








『斜陽』のうねるような感情が却って緊張の糸を弛ませ、次第に取り去っていくのを感じる。


マフラーと、膝まで届こうかという程長い髪。

何に縛られることもなく打ち振られるそれらはひどく満足げだった。 





そうして二度目のサビの終わり、ロングトーンが切れる瞬間。


そこで私は、彼女がまさに「全身で歌う様」を目の当たりにした。










なおも優美さを増しながら一曲目を歌い上げ、息を吐く間もなく続いたのは『果実』だった。

前曲同様彼女のオリジナル曲であり、つまりこれも数え切れない程聴いている筈。


いいね、と口をついて軽い言葉が出る。

  





穏やかなイントロから、間奏へ。












「ーーーっっさァ!!!番狂わせ!!!!!」









ドライバーがビリビリと震える。

私の、油断していた観客の目を鋭く醒ます。








「ライブ」であること。



それは生歌であるということ、だけでなく。

アーティストと同じ空間を共有できるということでもあった。




『果実』は前曲とは打って変わって非常に動的。

一言で表すなら、ノれる曲。


そんな曲なら間違いなく「ノせてくれる」のが百瀬ヒバナだろうに。





気怠く、苛立ちを孕んだAメロ後半のクラッピング。

最高にキマってる。




洒落たBメロの心地良さを跳躍板にした先では、

いっそもう全てを預けてしまおう。












背後に流れるMVにふと焦点を合わせる。


彼女を知ったひと月前、たったひと月前のことを思い出していた。




まだ3Dの肢体を手にする前のことで、顔も名前も知らなかったあの夜の宴。


けれど、目の前の光景に最も近い記憶。





何に惹かれ、何を求めて彼女についてきたのか。


あの感情を、再び腹の奥から引き摺り出されていた。
















「『私』が此岸で獲たこの身体」



「今日来てくれた『貴方/貴女』の心を握って放さない」


「『私』の歌で、『貴方/貴女』の心を燃やす」







「私」がその肉体と魂を併せて呼称されるものなら。


「貴方/貴女」もまた「火の子」という心のカタチではなく、心身を併せ持つ「ヒト」としての呼び名になるのだろうか。

















次曲からはフィジカルの強さが光るプログラムが連なる。


『CH4NGE』はカバーが動画として上がっているものの、激しく踊りながらというのは相応に歯応えのある挑戦だったに違いない。

それでも彼女は期待を遥かに上回るキレとしなやかさを見せつけつつ、見事に歌い上げてみせる。


つい笑ってしまうくらいに、彼女にはステージという場所が似合っていた。






MCのターンでは息を切らしながらも笑顔を絶やさずに楽しませてくれる。

どうにもやはり、ライブに向いていて。





さらに事前の期待に応える形で、マイクを置いての『チキチキバンバン』。

左手の自由によって動きは一層軽やかに、彼女は一層楽しげに。

三曲分の疲れなど溶けて消えてしまったかのように踊ってみせる。







カメラワーク、背景映像、ステージエフェクト、どれも素敵なものばかりだった。


百瀬ヒバナの俗世離れした美しさと曲のイメージをダイレクトに伝えておきながら、

写実的なセットは彼女が「生きている」ことを鮮烈に印象付ける。


MVの数々は、思い出の起爆剤としては出来過ぎなくらいにキいていた。











再び幕が上がり、『阿修羅ちゃん』。


優れたフィジカルを持ちながら、それ以上に喉のスタミナが並外れていることを思い知らされた。

清々しい程素直にがなり、けれどその声の柔らかさや実の詰まったビブラートが枯れることはないのだから。





ただそれ以上に、二番のサビ。


ライブは中盤。

既に五曲目。







不意に、声が詰まる。



数瞬。








直後。


絞り出した声は呻き声でなければ、もちろん言い訳でも泣き言でもない。






ステージ上の自身と観客が抱いた微かな不安を跡形もなく吹き飛ばす、「声」






それは、私が百瀬ヒバナを大好きな理由そのものだった。













続く『I beg you』では3Dの身体を存分に活かしてみせる。



不安定なメロディラインはそのまま体幹から四肢の、指先の動きに投影され、

ただでさえ重層的な歌声に、今初めてもう一つの次元を重ねていく。



ダークな雰囲気は似通いつつも、両曲の曲調は対照。

ステージ上にあってそれを軽々と乗りこなすスキルにも、気づけば息が漏れている。











休憩を挟まず、『蝸旋』へ。

ここで遂に、ただ圧倒されてしまった。




知り顔で「上手い」だなんて、口が裂けても言えない。


表層に浮かぶ理性はかき消され、連続歌唱も意に介さない激烈な音圧と抑揚によって剥き出しの感情が呑まれていく。








悲しいかな。

これは、あくまで配信だった。





コール&レスポンスもクラッピングも、実際にスタジオの空気を震わせることはできない。





ライブの魅力は空間の共有。

音楽の前で一体になることであるのに。









けれど、もう一つ。


時間の、瞬間の共有。

今この刹那にステージ上で紡がれる「それ」に、触れられること。





たった今彼女の喉を震わせる歌声は空を伝わり、この時間を見事に共有する。


その熱量から紡がれるそれは音源のクオリティを悠々と凌駕するもので、「ライブ」の価値を最大限に引き出してしまったのだった。

















「私」は、きっとどこまでも行ける。

そしてその道中には「わっち」のままでは行けない場所、立てないステージ、歌えない曲があるのかも知れない。


MCの最中。

視界を閉じて一瞬、そんな空想に耽ってしまった。



思考にかかる靄を押し流す、次なる曲は。













『烈火』














まざまざと、見せつけられる。

「百瀬ヒバナ」が大きく一歩踏み出す様を。




数年来の火の子たちの目にはどう映ったのだろう。


絶え間ない前進の過程を知っている彼らは、また「次」へと繋がるかけがえのない歩みだと考えただろうか。

或いは長く険しい道程を見守ってきた分だけ意味深く、蝶が濡れた翅を広げる瞬間にでも見えただろうか。






この瞳の奥には、不意に未来が映り込んだ。


どれほど先のことかは見当がつかない。

けれど確かな未来に、彼女は歌っている。

それは最早火の子だけに聴かせるための歌ではなく、「虚」の歌ですらなく。



眼前の痩身から漏れ出る響きは光となって際限なく広がり、彼方のその景色を鮮明に照らしていた。




そうして『烈火』に晒されながら。




ーーこれ以上を今は書くことができない。

いつかきっと、素直な言葉にしたい。













さあ、『不死鳥』へ。



胸焼けする程に濃厚で膨大な熱量を詰め込んだ時間の終わり。

それなら、これくらい強い薬で丁度良い。


最後のナンバーは思い出の要なのだから、痺れるくらいのやつを。






胸を満たして今にも溢れようとする今日の感動と、

あの晩に叫べなかった分の後悔と。


すべてを載せて、思い切りノってみせた。









……けれど。

やはり彼女自身が誰より楽しそうで、


それ故にとても綺麗だと思えた。





























既に触れた通り、初めて彼女の歌に触れたのはたったひと月前のこと。

これまでの活動についても知らないことの方がずっと多いままだ。


ただ彼女は、ひどく立派な器しか持ち合わせていないらしい。

その上、遠慮やら引け目やらを瞬く間に溶かす美酒がなみなみと注がれている。



だから細かいことは預けてしまって、「好き」だけ沢山ぶつけたい。






今度のライブはいつになるだろう。

今度の歌枠はいつになるだろう。



早く次を聴けるよう願っている。








(ほぼ自分用)好きなタイムスタンプ

35:35
37:47
38:11モーションも顔も良~
42:20
43:06
43:48
43:56表情好き
44:54
45:15次曲のネタバレ
47:45
48:00 ウインク素敵
50:32謎ポージング
53:59謎ポージング②
56:21目線好き
57:01百瀬ヒバナを好きな理由
57:38
58:43
59:17
1:00:02
1:03:01
1:06:24
1:32:39


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