見出し画像

かわらけ

 私の妹は四十日前に行方不明になりました。
 兄の私が言うのもなんですが、それはそれは可憐な妹だったのです。あの子が笑えば誰もがその可愛らしさに夢中になりました。丸い目をいたずらっぽく細めて笑ったのです。おさげの髪を気まぐれに丸めて帽子の中に隠しました。少年のような無邪気さでした。細い手足を精一杯広げて喜んだのです。
 両親は非常に悲しみ、出来うる限りの手を尽くして妹を探しました。警察や青年団、時には怪しげな探偵も雇いました。駅では一体何枚のビラをまいたのでしょう。母など仕事も辞めてしまったくらいです。学校が休みの日には私も手伝いました。
 小学校の傍でいると先生が顔を出しました。若い女の先生で、ブラウスの具合など、私とそれ程歳も変わらないように見えるのです。
「妹さん、心配ね」
 私はいつも曖昧な返事しかできずにいます。この若い先生は妹を最後に学校から送り出してくれました。今なおそのことを悔やみ、私以上に妹の行方を気にしてくださるのです。私はこの美しい先生が眉を顰め、泣きそうな顔をなさるのが心苦しくてなりません。


 家に帰ると制服姿のお巡りさんが玄関の前で立ちすくんでいました。この白髪の目立つ眼鏡のお巡りさんは妹がいなくなった日に最初にいらした方です。きっと良い報せではないのでしょう。
「この家の長男です。ご用があれば、父を呼びますが」
 詰襟の私を見てもお巡りさんは絞首台に立ったままの表情です。ああ、どうかそんな顔をしないでください。お巡りさんが悪いわけではないのですから。
 妹は薄い素焼きの皿を二枚重ねたような入れ物に入って帰ってきました。私は神棚で似たような皿を見たことがあります。かわらけ、といったでしょうか。そっと上の皿を取ると、ぺらぺらのお骨が数欠片入っていました。
 父の安心した顔が目に焼き付きます。幼いとて女の子でした。血塗れで戻ってくるより幾分か救われるでしょう。母にはきっとこの気分は理解できない。
 背広姿の刑事さんが何か仰いました。誰にも聞かれない言葉でしたけれど。


 変質者が捕まったと、警察から連絡がありました。
 電話口の私を父だと勘違いしていたようです。私の知りえなかった情報を色々と教えてくれました。女子児童が何人も行方不明になっていたこと、連続事件として捜査されていたこと、妹のことは何も話さないこと、かわらけがいくつも発見されたこと。
 彼には申し訳ないことをしたかもしれません。
 確かに、ほとんどの犯行は彼によるものです。被害児童をおびき寄せる手口は芸術と言ってもいい程に洗練されていましたが、妹だけは引っかかりませんでした。
 教えてあげましょう。私はあなたの芸術に惚れ込んでしまったのです。どうしても妹を芸術にしたかった。あなたは親切に教えてくれました。美しいお骨の作り方など。
 あなたは明日、首を吊られます。後悔などいたしません。すべてを教えてくれたのですから、私はいつでもあの素晴らしいかわらけの紐をほどけるのです。
「もっときれいになれたのに」
 一体誰のことでしょう。死にゆく人の妄言です。勘違いをしたのでしょう。
 私は七つを超えた者に興味などはありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?