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小指がほしい

 何が欲しい、と聞かれ、彼女は少し戸惑った。
「何が欲しい? どうせお別れなんだからさ」
 高くもなく低くもない彼の声を彼女はいつでも聞きたがった。
「何でもいいの?」
「何でも。何が欲しい?」 
 絡めた指は暖かくて、柔らかかった。
「指が欲しい。一本でいいから」
 彼の指だからではなく、何でもくれると言ったからでもなく、ただ欲しいと思った。
「どうしようか。今、あげようか」
「今でなくてもいいけど、きっと頂戴」
 しばらくして、彼女の元に小指が届いた。
 小さな硝子瓶に入った小さな骨は軽い音を立てて踊った。一緒に黒い縁取りの手紙があったように思うが読まれることはなかった。
 彼女は大いに満足した。
 いつも持ち歩くでもなく、彼のことを思い出すでもなく、彼女は硝子瓶を秘密の引き出しにしまった。そうして時々取り出しては、彼が自分の手の中にいることを確かめた。
 これが彼女の「愛」である。

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